NHK 解説委員室

これまでの解説記事

TICAD30年 アフリカとどう向き合うか

二村 伸  専門解説委員

日本がアフリカの成長を後押しするためTICAD・アフリカ開発会議を立ち上げてから今年30年を迎えました。当初世界から取り残されていたアフリカは今世紀に入って急成長をとげました。2050年には世界の4人に1人がアフリカの人たちとなる見通しで、若く可能性を秘めた大陸に熱い視線が注がれています。しかし、日本はビジネスでは中国やヨーロッパなどと比べ出遅れ感は否めません。なぜ日本の存在感が低下しているのか、また今後何が必要か考えます。

j230907_01.jpg

先月、TICAD・アフリカ開発会議が始まってから30年を記念する外務省主催の催しが開かれました。

j230907_0.jpg

【TICAD30周年記念行事 8月26日東京】*外務省HPより

冒頭、岸田総理大臣はビデオメッセージで、「国際社会でのアフリカの重要性や発言力がますます高まっている」とした上で、「時代の変化を踏まえた議論がアフリカの発展と安全に繋がることを期待する」と述べました。
また林外務大臣はTICADを経済だけでなく対アフリカ外交を戦略的に進める場と捉え「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守る方針をアフリカと共有したい」と訴えました。国際秩序を揺るがす中国とロシアを念頭に置いた発言で、経済・外交両面でアフリカとの関係を強化し日本の立場への理解を得たいという狙いがうかがえます。

日本とTICAD
TICADが始まった30年前、アフリカは混乱のさ中にありました。
冷戦時代、東西両陣営のいわば草刈り場だったアフリカは冷戦終結により戦略的な重要性を失い、国際社会の関心も低下しました。TICADの2日前にはソマリアでアメリカ軍のヘリコプター「ブラックホーク」が民兵に撃墜されて兵士が犠牲となり、やがてアメリカ軍が撤退。エチオピアやルワンダ、アンゴラでも内戦が激しさを増し、アフリカは混迷の度を深めましたが、世界の注目度は低く悲劇が繰り返されました。当時現地を取材していて感じたのは、アフリカが国際社会から取り残され、希望がまったく見出せないことでした。


そうしたときにアフリカへの関心を呼び戻そうとTICADアフリカ開発会議が開催されました。会議にはアフリカ48か国の代表と国連や国際機関の代表らが出席し、アフリカが主体となって政治・経済両面の改革を押し進め、民主化と人権の尊重、よりよい統治を目指すなどとした東京宣言が採択されました。

j230907_02.jpg

その後、中国が2000年に同じような会議を立ち上げ、韓国やトルコ、インドなどが続きましたが、各国が自国の経済的な利益や二国間関係の強化を主要な目的としたのに対し、TICADはアフリカ自らの努力を促すオーナーシップと国際社会が対等の立場で参画するパートナーシップを重視し、アフリカ諸国からも評価されました。

j230907_001.jpg

【ケニアの稲作】

j230907_002.jpg

【人材育成の自動車工場“カイゼン”】

食料の自給率を上げるために日本はケニアなどで稲作の普及を支援し、コメの生産量を10年で倍増させる目標を達成しました。人材の育成や保健、教育などの分野でも地道に成果を上げてきました。

j230907_03.jpg
今世紀に入ってアフリカは資源価格の高騰などを背景に急成長を遂げ、援助の対象から投資先に変わりました。TICADでも民間投資の重要性が何度も強調されてきました。
しかし、アフリカへの投資は今のところ掛け声倒れに終わっています。
アフリカへの直接投資残高はこの20年で6倍以上となり、各国が投資を活発化させている一方で日本の投資は増えず、今では上位10か国にも入っていません。日本の企業が慎重なのは治安面を含めたリスクの大きさと法整備の遅れが理由と見られます。

アフリカの課題

j230907_04.jpg

アフリカは干ばつなどの異常気象と急速な人口増加によって慢性的に食料が不足し、ロシアのウクライナ侵攻が食料危機に拍車をかけました。とくに穀物の輸入をウクライナとロシアに依存している東アフリカの国々は過去数十年で最悪の干ばつにも見舞われ状況は深刻です。物価高への不満が強まればさらなる政情不安を招きかねません。

j230907_05.jpg

アフリカではこの3年間だけでクーデターが8回、未遂も含めると10回以上起きています。▼最近でも7月にニジェール、▼先週はガボンで軍事クーデターが発生しました。ニジェールはウランの主要な生産国、ガボンはマンガンや石油などの資源を抱えており、世界への影響も少なくありません。

そのアフリカに中国は莫大な資金を背景に道路や橋、空港や競技場などインフラ整備の支援を通じて影響力を強めました。資源の確保と54の国連加盟国を抱えるアフリカを味方につけ国際社会での発言力を強めたいという思惑からです。最近はロシアの動きが活発で、民間軍事会社ワグネルは要人警護や軍の支援のために戦闘員を派遣しダイヤモンドや希少資源の採掘権など巨大な利権を手にしました。ワグネル代表だったプリゴジン氏が航空機の墜落で死亡する直前に訪れていたのも中央アフリカで、アフリカと深いつながりを持っていました。
その結果、アフリカの国々は、中国の人権侵害への批判を避け、ロシアのウクライナ侵攻も容認はしないものの表立った非難は控えています。国連総会での採決でもロシアに配慮して慎重な立場をとる国が少なくありません。法の支配や民主主義が通じないアフリカの国々といかに協力関係を築くか難しい問題です。

アフリカとどう向き合うか

j230907_06.jpg

国際社会ではグローバルサウスが台頭し、アフリカから新たにエジプトとエチオピアがBRICSに加わり、GDPがアフリカ最大のナイジェリアはG20への加盟を申請する方針で、アフリカの影響力は今よりはるかに重みを増すことになります。一方で多くの国が多額の債務を抱え、2030年のSDGs・持続可能な開発目標の達成は困難と見られています。援助や投資が国民全体の生活の質の向上につながっていないのが問題です。
そうしたアフリカで日本が存在感を発揮するには気候変動への対応や食料安全保障、ガバナンスの強化などアフリカが抱える課題に正面から向き合い現地のニーズにしっかり応えていくことが求められます。そこで重要になってくるのが人への投資です。
インフラ整備の遅れは起業のチャンスでもありアフリカでは若い起業家が次々と生まれています。JICA・国際協力機構は新しい技術を使って社会的課題を解決するスタートアップを支援し、妊婦が自宅で安心して過ごせるよう携帯型超音波診断装置を使った在宅診断サービスやドローンを使って小規模農家に農地の様子や天気などの情報を提供するサービスなど様々なアイデアが生まれました。最近は日本の若者の起業も活発です。アフリカでのビジネスはリスクがあるから避けるのではなくいかにリスクを軽減するかという発想の転換が必要です。また、日本はビジネスでの決断や契約の締結まで時間がかかりすぎるとアフリカでもよく言われます。熾烈な競争に生き残るには意思決定プロセスの迅速化が不可欠です。出遅れている日本にとって先行するフランスやトルコ、それにアフリカの企業などとの連携も重要です。
日本は資金力や軍事力ではなくTICADで培った信頼関係とソフトパワーを武器に日本ならではの支援と投資が求められています。そして何より企業や私たち市民がアフリカにもっと目を向け、人の交流を深めていってほしいと思います。


この委員の記事一覧はこちら

二村 伸  専門解説委員

こちらもオススメ!