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そごう・西武売却 ~"61年ぶり"ストライキが意味するもの~

井村 丈思  解説委員

経営不振のそごう・西武の売却をめぐり、先週、大きな動きがありました。雇用などの面から早期の売却に反発した労働組合が、大手デパートでは61年ぶりとなるストライキを行いました。一方、親会社の流通大手・セブン&アイ・ホールディングスは、売却を最終的に決議し、ストライキの翌日には、そごう・西武は投資ファンドの傘下に入りました。
そごう・西武の売却から浮き彫りになった、デパート再建に向けた課題と共に今回のストライキを契機に、企業の労使関係がどうあるべきか、考えます。

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ポイントは3つです。
1)“61年ぶり”のストライキに至る経緯
2)どうなる 売却後の雇用
3)今回のストライキが意味すること 

1)“61年ぶり”のストライキに至る経緯
まず、そごう・西武の労働組合による異例のストライキが起きるまでの経緯を労使双方の動きから振り返ります。

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そごう・西武をめぐっては、親会社のセブン&アイが去年11月、アメリカの投資ファンド「フォートレス・インベストメント・グループ」に売却する方針を決定。家電量販店大手の「ヨドバシホールディングス」がファンドと連携して、旗艦店の西武池袋本店など、首都圏の店舗に出店することを計画していました。これに対して労働組合は、こうした売却への動きが進めば、売り場が減って雇用が奪われかねないという危機感を高めました。
しかし、本来の交渉相手であるそごう・西武の経営陣は、詳しい情報を示さず、従業員に知らされないまま進んでいることに経営への不信感を強めていきました。事態がなかなか進まない中で、労働組合は、セブン&アイと直接交渉の機会を探りましたが、前向きな回答が得られなかったということです。
そこで労働組合は、交渉力を高めるためにストライキという手段を考え、組合員に対して、ストライキ権を確立するための投票を行うことを決めました。その結果、圧倒的な賛成多数でストライキ権は確立されました。

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その後、交渉の場に、そごう・西武の経営幹部だけでなく、親会社のトップらが出席するようになり、売却後の事業計画について説明を受けるようになりました。ただ、示された計画案では確実に雇用が維持されるか不透明だったとしています。

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こうした中で、8月に入り、親会社のセブン&アイは異例の対応をとりました。そごう・西武の社長を突然、交代させ、取締役の過半数をグループから送り込むなど、売却の手続きを確実にできるよう取締役会の構成を大きく変えたのです。さらに、9月にも売却が完了するという観測が広がったことから、組合側は反発を強め、早期の売却を阻止するためにストライキを行うことを決めました。

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ストライキを決めた背景について、そごう・西武労働組合の寺岡泰博中央執行委員長は「矢継ぎ早に売却を進めていこうという前のめりの姿勢が見え隠れしている。売却計画が事業の継続や雇用の確保につながるのか、まだまだ納得感が得られる状態には至っていない」と、説明しました。これに対し、セブン&アイは、「売却が遅れれば、新たな株主による投資が進まず、1日も早い売却の実現こそ、雇用の維持や事業の継続に最も資する」として、あくまで早期の売却に進んでいきます。

そしてついに、先月31日、ストライキが決行されました。主な大手デパートのストライキとしては、1962年の当時の阪神百貨店以来、61年ぶりでした。西武池袋本店の従業員およそ900人が対象で、そごう・西武の経営側は、通常の営業が困難と判断し、本店全館の営業を終日、取りやめました。また、この日は、ほかの大手デパートの労働組合なども加わり、300人規模のデモ行進も行われました。
一方、親会社のセブン&アイは、ストライキと同じ日に取締役会を開いて売却を最終的に決議しました。翌9月1日には投資ファンドの傘下に入り、結果として、ストライキで目指した早期の売却阻止には至りませんでした。

2)どうなる 売却後の雇用
異例のストライキにまで発展したものの、ファンドの傘下に入ったそごう・西武。その今後について見て行きます。

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新たな株主となったフォートレスは、「そごう・西武の事業継続を実現することに尽力する」としたうえで、200億円以上の改装と設備投資を行う方針をすでに示しています。
そごう・西武は、全国に10店舗を展開しています。このうち池袋、渋谷、千葉の3店は、ヨドバシが3000億円規模の投資を通じて、出店する方針です。焦点となっている旗艦店の西武池袋本店の扱いについては、ヨドバシが北側の一部のフロアに家電量販店を出店しますが、街の顔となる1階部分は当初の案より縮小させるなど、地元の懸念に配慮する方針を示しています。それでも、今のフロア構成からは大きく変わり、デパートの売り場が縮小することが予想されます。また、家電量販店が入居しない、そごう・西武のほかの店舗についても、雇用について、どのような対応をとるかも焦点となっています。
デパート業界に詳しい流通アナリストの中井彰人氏は、「今回の投資ファンドは不動産としての価値を最大化させて、その差益を投資の目的としているので、テナントビルの方が収益が上がると思われれば、どんどん売り場を減らされていく懸念が大きい」と指摘します。売り場が減れば雇用への影響が懸念されますが、その点について、セブン&アイは、「本店のリニューアルに伴い余剰人員が発生する可能性もあるが、当社も適切な範囲で人員の受け入れを含め協力する予定だ」として、売却後も雇用の維持に協力する立場を示しています。デパート業界の経営環境が厳しさを増す中で、新たな株主のもとで雇用の維持と事業の継続が本当に実現されるのか、今後の動向をしっかり見て行く必要がありそうです。

3)今回のストライキが意味すること

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“61年ぶりのストライキ”、その意味を改めて考えます。
日本ではストライキは、高度経済成長期以降、一貫して下火になっていきました。厚生労働省によりますと、半日以上のストライキの件数は、1974年の5197件をピークに減少傾向で、直近では33件と、二桁の件数にとどまっています。参加人数でも去年は744人でした。その意味で、今回のストライキは、大きな驚きをもって受け止められました。
しかし、本来、ストライキは憲法で保障されている労働者の権利です。欧米では現在も大規模なストライキが多く行われています。今回は経営側が、会社の売却という従業員の暮らしに関わる重要な事態にもかかわらず、情報を伝えないまま売却のプロセスが先行する中で、労働組合側もより強い、ストライキという措置に訴えざるを得ませんでした。会社側も、こうした声を重く受け止める必要があると思います。
一方で、今回のストライキからは、日本企業に広く浸透していた「労使協調路線」が、変化を迫られている、ということもいえるのではないでしょうか。企業の買収や再編の動きは当たり前の時代となる中で、経営側には、より多くの利益を求める株主からの圧力も強まっています。セブン&アイでも、海外の物言う株主から、株主総会で社長の退任を求められていました。
ただ同時に、企業は株主だけでなく、地域社会や消費者、それに従業員といったさまざまな利害関係者・ステークホルダーと向き合うことも不可欠です。企業が資本の論理で、買収や利益の追求を目指すとき、従業員はどう対抗し、雇用を守ってゆけば良いのか。デパート業界大手の61年ぶりのストライキは、新たな課題を投げかけているようです。


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