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関東大震災100年~地震火災はどこまで克服されたのか

松本 浩司  解説委員

関東大震災からきょうでちょうど100年になりました。地震防災の原点となった巨大災害ですが、特に火災による被害が大きかったことから、その後、都市の不燃化の努力が積み重ねられてきました。対策は大きく進みましたが、巨大化した都市には燃えやすい市街地が多く残され、今も地震火災の大きなリスクが隠れています。震災の教訓をあらためて考えます。

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【ポイント】
解説のポイントは、
▼首都を焼き尽くした火災の猛威
▼都市不燃化の歩み
▼いま地震火災のリスクはどのくらいあるのか
この3点です。

【首都を焼き尽くした火災の猛威】

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関東大震災では11万棟近い住宅が全壊し、津波や土砂災害も発生しました。
大きな被害をもたらしたのは火災で犠牲者10万5000人の9割を占めました。
東京市では134カ所から出火し強い風で燃え広がり、市の4割が焼失。
特にいまの東京・墨田区にあった被服廠跡と呼ばれる工場跡地では、避難していた4万4000人が火災で命を落としました。

火災はどのように燃え広がったのでしょうか。

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日本建築学会の委員会は当時の調査報告書をもとに火災の延焼をデジタル化しました。

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地震発生から数十分後、各地で同時多発的に火災が発生しました。

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火災は強い南風で燃えひろがって大きなかたまりになり、さらに勢いを増していきます。

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ここが多くの人が避難をした被服廠跡です。

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拡大すると、3時間半後の午後3時半頃には3方から迫る火災に囲まれ、逃げ道がほぼ失われます。南からの強風によって竜巻状の火災旋風が発生し、大勢の命が失われました。

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その後、風は西よりから北、再び南へとめまぐるしく変化してあらゆる方向に拡大、
46時間にわたって燃え続けました。

【都市不燃化の歩み】
関東大震災を教訓に「都市の不燃化」が大きな目標になり、対策が積み重ねられてきました。

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まず建物を燃えにくくする取り組みです。
震災後、初めて建物の強度規定が設けられ、のちの耐震基準につながっていきます。
戦後、耐震・耐火の基準は強化され、燃えにくい住宅や鉄筋コンクリートのビルも増え、改善されてきました。

次に延焼しにくい街づくりです。震災復興をさきがけに全国で広い幹線道路の整備や区画整理、避難場所になる公園の整備が進められました。また延焼を防ぐため幹線道路沿いに燃えにくいビルがならぶ街並みが作られました。

さらに、大きく進んだのは消防力です。戦災も経て全国で消防力は大幅に強化され、1960年代半ば以降、大火災の数は大きく減少しました。

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対策が進んだことで「都市での大火はほぼ克服されたのではないか」とも考えられるようになったのですが、それが否定されたのが28年前の阪神・淡路大震災でした。地震発生後、285カ所から出火し、およそ70ヘクタールが焼失。火災によって600人近くが亡くなりました。老朽化した木造建築が密集した地域だったこと、同時多発的に火災が発生し消防力が追いつかなかったことなど多くの教訓が残されました。

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この経験から古い木造住宅が建てこんだ「密集市街地」の解消が次の目標になりました。法律が作られ、危険性の高い地区を指定して解消をめざす10年計画のプロジェクトが2度にわたって行われました。その結果、特に危険とされる密集市街地は全国197地区から91地区に減少しました。

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こうした対策が進められるなか「それだけでは足りない」ことを示したのが、7年前に起きた新潟県糸魚川市での大規模火災です。料理店から出火して強い風で燃え広がりました。消火活動が追いつかず、4ヘクタール、147棟が焼ける大きな被害が出ました。

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防災関係者にとってショックだったのは、この地域は木造の建物が多かったものの道路は比較的広く、国が重点的に対策を進めてきた「密集市街地」には該当しない地域だったことです。つまり全国、どこにでもある街並みで、たった一か所から出火して燃え広がった火災を海岸に達するまで食い止めることができなかったからです。

特に危険とされる「密集市街地」以外でも強風下であれば大規模火災が起こること、それが地震による同時多発出火であればさらに規模が大きくなるおそれのあることが、この火災で示されたのです。

【いま地震大火のリスクは】
では、全国にどこにでもある糸魚川くらいの密集度合いの市街地で地震火災が起きたとき、関東大震災のような大きな人的被害は出るのでしょうか。

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東京大学生産技術研究所の加藤孝明教授の研究グループは、大地震で同時多発火災が起きたとき、どのくらいの人が逃げ遅れるおそれがあるのか、シミュレーションを行いました。対象は東京・杉並区と中野区のエリアで避難者は118万人。出火件数は都の被害想定を参考に100カ所としました。

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緑色の部分が公園などの避難場所で、青い点ひとつひとつが10人の避難者をあらわしています。
オレンジ色や黄色の部分が火災を示していて、火災が発生すると避難者は避難場所をめざして移動を始めます。

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1時間後には火災が広がって、つながりあう場所も出始めます。

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火災に囲まれてしまった場所には青い点が重なりあい、逃げ道を求める群衆が生じて危険な状態になります。

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こうしたシミュレーションを、出火場所を変えて3000回繰り返し、すべての延焼パターンを検証しました。

すると、逃げきれずに死亡する人数は、平均でも200人前後、最悪の場合5000人近くに達するという結果が得られました。

関東大震災のように風向きが変化したり、建物が倒壊して避難路をふさいだりした場合はさらに犠牲者が多くなると考えられます。

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加藤教授は「『大地震による大火は建物が特に密集した地区でしか起こらない』と考えている人が多いが、大火のおそれのある市街地は全国いたるところにある。また地震のときは大火災の危険を避けるため、まず公園などの広域避難場所に避難することになっているが、それを知らない人が多いので、避難の必要性と避難方法を確認しておいてほしい」

国の首都直下地震の被害想定では、最悪で2万3000人とされる死者の7割が火災によるものとされています。

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地震による火災から命を守るために何が求められるでしょうか。

建物の耐震化に加えて
▼揺れを感じ電気を遮断する感震ブレーカーなど火を出さない対策を進めること
▼次に初期消火です。世帯ごとに加え、自治会など住民による消火活動も重要です。
ただ火が部屋の天井に届くなど消し止められなかったら迷わず避難をする必要があります。
▼水害などとは異なる、地震の際の避難場所や避難路の確認や訓練も大切です。

関東大震災後の大きな目標だった「都市の不燃化」は着実に進んできました。それでも燃えやすい市街地は多く残されていて、大地震による同時多発出火に強風などの悪条件が重なれば大火災が発生し、誰でも巻き込まれるおそれがあります。1世紀前の大震災はいまも重い教訓を投げかけています。


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