経営危機に陥っている中国の不動産大手「恒大グループ」が、今月、アメリカの裁判所に連邦破産法の適用を申請し、不動産不況が招く中国経済の失速に警戒感が強まっています。今日は中国経済が抱える問題点について考えていきたいと思います。
1)恒大が示す不動産不況の深刻さ
2)懸念される中国経済全体の失速
3)日本への影響と対中ビジネスの課題です。
1) 恒大が示す不動産不況の深刻さ
まず、恒大グループが今回の措置にいたった背景についてみてゆきます。
恒大グループは、不動産市場の低迷を背景とする業績の悪化から今年6月末時点の負債総額が、日本円で47兆円あまりに上っていて、当局の支援も受けながら債務返済の負担を軽くするための交渉いわゆる再編交渉を進めています。アメリカの裁判所に適用を申請した連邦破産法15条は、外国企業がアメリカ国内にもつ資産を保護するもので、認められれば中国政府の意向が及ばないアメリカ国内でも、債権者による差し押さえなどの動きを回避できるようになります。恒大グループは、今回の措置について、「債務の再編に関する通常の手続きであり、破産の申し立てではない」とコメントしていますが、再編交渉がうまく進んでいないことを示すものとみられ、中国の不動産業の不振を象徴する動きと受け止められています。
恒大グループは、1996年の創業以降、中国各地で不動産事業を急拡大し、巨大デベロッパーにのし上がりました。しかし、経営を多角化する過程で巨額の負債を抱え、その後、政府の不動産規制強化で大きく躓くことになります。
中国では長年にわたり住宅価格の値上がりが続き、マンションは投機の対象となってきました。その結果、住宅の価格が庶民の手に届かない水準にまで値上がりしたことから、習近平指導部は、「家は住むものであって投機するものではない」と警告。不動産業者への融資や、マンションを購入する際の頭金などの規制を強化し、価格の抑制に乗り出します。その結果、投資のためのマンションの購入が手控えられ、不動産市場の低迷につながっていきます。こうした中で恒大グループは資金繰りを悪化させ、借りた資金を期限までに返せないデフォルト=債務不履行を引き起こすなど経営危機に陥ったのです。おととい発表された今年1月から6月の決算も日本円でおよそ6600億円の最終赤字と、再建の道筋はたっていません。
2)懸念される中国経済全体の失速
では、今後中国の不動産市場が回復する見通しはあるのでしょうか。結論から言うと、悲観的な見方がひろがっています。中国の今年1月から7月までの不動産開発投資額は、前の年の同じ時期と比べて8.5%の減少。マイナス幅は前の月から一段と拡大しています。さらに先月の主要70都市の新築住宅の価格指数をみると、指数が前の月に比べて下落した都市は、全体の7割にあたる49都市に上り、市場の低迷は全国に広がっています。
こうした中で不動産会社の経営悪化は恒大以外にも広がっています。中国内外で上場する不動産デベロッパー55社のうち、すでに32社がデフォルト=債務不履行を起こしたと報じられています。
さらに懸念されるのが、一つの不動産会社の経営悪化が伝えられると、消費者が別の不動産会社の経営も危ないのではと疑い、物件の購入に二の足を踏むようにことです。
実際に先月には、経営が比較的健全と見られていた大手デベロッパーが半年間の決算で1兆円前後の赤字に陥ったと伝えられ、経営悪化の連鎖がすでに広がっているという見方も出ています。こうした中で不動産会社が銀行から受けている融資を返済できなくなり、銀行の不良債権が増加。その結果かつての日本のように貸し渋りが起きて、経済全体の足をひっぱるおそれもでてきます。
もうひとつ、心配されるのが、不動産市場の低迷がもたらす消費へのマイナスの影響です。中国の不動産産業は、関連産業も含めると、GDP=国内総生産全体の4分の1程度を占めるといわれます。中国のマンションは、いわゆるコンクリートの打ちっぱなしの状態で販売され、購入した人は、まず内装にお金をかけます。さらに住宅の購入をきっかけに家具や家電製品も買い替えたりしますが、こうした消費も、住宅の販売が落ちこめば期待できなくなります。実際に消費の動向を示す「小売業の売上高」の前の年に比べた伸び率は、2.5%にとどまり、前の月から縮小。消費の低迷が続いています。
こうした中で、にわかに注目を集めているのが中国国内の物価の動向です。中国の先月の消費者物価指数は、前の年の同じ月と比べて0.3%下落。2年5か月ぶりのマイナスとなりました。この背景には、エネギー価格が下がっていることもありますが、住宅販売が低迷する中、家具や家電製品の価格が下落していることや、すでに住宅を保有する人々が住宅価格の今後の値下がりを懸念して、消費者心理を冷え込ませているためだという指摘も出ています。このように中国では不動産の価格が下落、加えて消費者物価もマイナスということで、専門家の間では、今後、かつての日本が経験したようなデフレに陥るのではないかという指摘も出ています。
これに対し中国政府は、いまのところ有効な対策を示せていません。中国の中央銀行に当たる中国人民銀行は、先週、金融機関が企業などに融資を行う際の目安となる1年ものの金利を0.1%引き下げて3.45%としました。この金利は6月に引き下げたばかりで、企業向けの貸し出しや不動産市場への資金供給を増やして景気の下支えを狙ったものと見られます。ただ、銀行の経営にも配慮したためか、引き下げ幅は大きなものではなく効果は不確かです。
一方で、財政面でも大規模な対策は期待できないという見方もあります。中国では地方では土地は国有で、地方政府は不動産業者に土地を利用できる使用権を与えて、使用料を受け取り、地方財政の主要な財源として依存してきました。しかし、不動産開発事業の需要が落ちる中、地方政府も土地使用料による豊富な財源を得られなくなっています。苦境の不動産業者を資金面で支援するのにも限度があるとみられます。中国政府は、不動産の回復につながる手立てを見いだせていないようです。
3)日本への影響と中国ビジネスの課題
こうした、中国経済の変調は、すでに日本にも影響を及ぼしています。
先月、日本からの中国向けの輸出は、前の年の同じ月に比べてマイナス13.4%と大幅な減少となりました。企業への影響を見ると、不動産市況の低迷を受けて、油圧ショベルなどの建設機械のメーカーや、家電製品などに使われる樹脂の材料などを製造する化学メーカー、工作機械メーカーなどが少なからぬ影響を受けています。今年4月から6月の業績を見ると、多くの企業が中国向けの売り上げを前の年より大幅に減少させています。企業の中には今年度の中国需要の見通しを下方修正するところもでています。
中国では長い間不動産市場が、経済の成長を支える主要な動力源となってきました。
それがいま、急速に出力を失い、中国経済全体の失速を招いています。さらに中長期的にみても、住宅の主な購買層だった30歳前後の世代の人口減少が進み、不動産市場の回復は当面のぞめそうにありません。かつての高成長はおろか、安定した成長も期待できなくなるかもしれないという、新たな局面に入ったという見方もでています。こうした中で日本の企業としても、市場が力強く拡大することを前提に考えてきた中国とのビジネスの在り方や、リスクについて、見直す時期が来ているのかもしれません。
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