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ロシア軍事侵攻1年半 ウクライナ 試練の独立記念日

安間 英夫  解説委員

ロシアがウクライナに軍事侵攻してから、24日で1年半となりました。
ウクライナはこの日、もっとも重要な祝日である独立記念日を再び戦時下で迎えました。
侵攻1年半にあたり、ウクライナのゼレンスキー政権が、長期化する戦争にどう対処しようとしているのか、その試練について考えたいと思います。

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【解説のポイント】
・進まぬウクライナの反転攻勢
・ゼレンスキー政権の課題
・停戦や和平に向けた動き

【戦時下の独立記念日】
8月24日、ウクライナは、32年前ソビエトから独立を宣言した日を祝う記念日を迎えました。
首都キーウ中心部の大通りでは、戦闘で破壊されたロシア軍の戦車などが展示されましたが、ロシア軍の攻撃への警戒のため、ことしも大規模な行事は行われませんでした。

キーウを象徴する巨大な「祖国の母」の像は、ソビエトの国章がつけられていましたが、ことしの独立記念日に向けて取り外され、ウクライナの国章に付け替えられる工事が進められてきました。
ソビエト時代に支配された歴史と決別する姿勢を鮮明にしたと言えるでしょう。

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ゼレンスキー大統領は独立記念日の演説で、「われわれはウクライナの独立は手放さないという思いで結ばれている。世界で何が起きてもみずからの力で自国を守らなければならない。われわれは必ず勝利する」と述べ、国民の団結を呼びかけました。

【ウクライナの反転攻勢は】

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ウクライナ軍は、ことし6月からロシア軍に対して反転攻勢を進めてきました。
ことし6月と最新の戦況を比較しますと、ウクライナ側はこの地図でマリウポリの北西にある集落などを奪還したものの、双方の支配地域はほとんど変わっていません。
ゼレンスキー大統領も反転攻勢について、8日、「望むより遅く進んでいる。これほど長く戦い、兵器が不足していれば、非常に難しい」と述べ、思うようなペースで進んでいないことを認めました。

双方の政府は犠牲者の数を発表していませんが、アメリカの有力紙ニューヨークタイムズは18日、複数のアメリカ政府当局者の話として、これまでの両軍の死傷者は50万人ちかくにのぼり、ロシア軍の死者はおよそ12万人、けが人が最大18万人、一方、ウクライナ軍の死者はおよそ7万人、けが人が最大12万人と推計されると伝えました。
両国にとって第2次世界大戦以来の消耗戦となり、今後もこのペースで死傷者が増加することも懸念されます。

【相次ぐ無人機攻撃】

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一方このところ相次いでいるのは、首都モスクワなどロシア領内に対する無人機の攻撃です。
7月末には、モスクワ中心部のビジネス街が無人機の攻撃を受け、市民に衝撃を与えました。

ウクライナのゼレンスキー大統領は「戦争は徐々にロシアの領土に戻りつつある」と述べたほか、政権幹部から一連の攻撃への関与を示唆する発言も相次いでいます。
こうした攻撃はウクライナとの国境から遠く離れた地域でも起きていることから、ロシア国内にウクライナの協力者がいるのではないかという見方も出ています。
ゼレンスキー大統領は、無人機の国内での製造をさらに増やす方針を示しています。

一方ロシア側も、ウクライナに対して無人機やミサイルによる攻撃を続けています。
イギリス国防省は、ロシアがイラン製のものをもとに無人機の国産化を進め、数か月以内に量産しようとしていると分析しています。

双方の無人機による奇襲攻撃は、今後さらに増えることが懸念されます。

【欧米の武器支援は】

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ゼレンスキー大統領は8月も活発な外交を続け、欧米に武器支援を呼びかけました。

ゼレンスキー大統領は、オランダ、デンマークなどを相次いで訪問し、両国からアメリカ製の戦闘機F16の供与を受ける合意を正式に取り付け、「勇気づけられる決定だ」と歓迎しました。
しかし、操縦する兵士の訓練に時間がかかり、F16が実際に配備されるのは来年以降となる見通しです。
当面、戦況を大きく変える威力とはなり得ず、長期戦の構えとならざるを得ません。

【ゼレンスキー政権の課題は】

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ではここからは、ゼレンスキー政権の課題について見ていきます。

ゼレンスキー大統領は、2014年にロシアに一方的に併合されたクリミアを含め、全領土の奪還を掲げています。
ウクライナの世論調査では、クリミアを含め「領土問題で妥協すべきではない」という意見が80%を超える高い支持を得ていますが、具体的にどう実現するのか、その道筋は見えていません。

長引く戦闘で、徴兵をめぐる問題も浮上しています。
ウクライナでは、ロシアによる軍事侵攻以来、18歳から60歳の男性が徴兵の対象となり、出国が禁じられています。
しかし、各地の徴兵事務所の責任者に賄賂を贈るなどの汚職があとを絶ちません。
地元メディアの報道では、南部オデーサの徴兵事務所長の収入が賄賂などで日本円で7億円を超え、親族がスペインで高級住宅を購入したとも伝えられました。
ゼレンスキー大統領は今月、こうした汚職で100件以上の捜査が進められていることや、州レベルの徴兵責任者を全員解任することを明らかにしたうえで、「国家に対する反逆」だとして厳しく対処する姿勢を示しました。
このような実情は、戦時下にあってウクライナの長年の課題である汚職を根絶できていないこと、長期化する戦闘に徴兵を忌避する動きがくすぶっていることを示しています。
ゼレンスキー大統領にとっては、政権への信頼や支持をとり続けることができるかどうかが大きな課題となっています。

【停戦や和平に向けた動きは】

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では最後に停戦や和平に向けた動きについて見ていきます。
ウクライナ側はクリミアを含めた全領土の奪還とロシア軍の撤退を目標に掲げているのに対し、ロシア側はクリミアやウクライナ東部と南部の4つの州はすでにロシアの領土であり、ウクライナ側にそれを認めよと迫り、双方の立場は異なっています。

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それでも和平をさぐる国際社会の動きは続いています。
8月も、各国の政府高官が出席する協議がサウジアラビアで開かれました。
この協議はことし6月にデンマークで行われた協議に続いて2回目で、G7やグローバルサウスの国々など、参加した国と国際機関はあわせて40以上とおよそ3倍に増え、中国が初めて参加する一方、ロシアは招待されませんでした。

協議では、ゼレンスキー大統領が去年11月に示した▼ウクライナの領土の一体性や▼ロシア軍の撤退など10項目にわたる「平和の公式」について意見が交わされ、ウクライナ政府も「各国が関与する姿勢を示した」と評価しました。
ゼレンスキー大統領は、この協議の延長として、ことし後半に首脳級の和平サミットを開催したいとしています。

ただ中国やインド、アフリカ諸国といったロシアと関係の深い国々が、ロシア軍の撤退といった項目まで支持するかどうかは疑問で、ゼレンスキー大統領は、欧米や日本以外の国々からもどう支持を取り付けていくのかが課題となります。

【おわりに】
ウクライナの戦場では消耗戦が続き、今後も戦闘の長期化が懸念されます。
戦闘で苦しんでいるのは、前線で戦っている兵士、そして戦時下のウクライナの人たちです。
ゼレンスキー大統領は、こうしたウクライナ国民、さらには国際社会の支持をつなぎ止めていかなければならず、いっそう厳しい戦いを迫られていくことになりそうです。


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