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福島第一原発の処理水海洋放出決定 人々の安心は確保されたか解説します

水野 倫之  解説委員

福島第一原発にたまり続ける処理水について、政府は早ければ24日から基準以下に薄めて海へ放出することを、きょう22日に決定。これに対し、地元の漁業者の反発は依然として強く、政府が関係者の理解を得る努力をし尽くしたと言えるのか疑問が残るままの決定となった。

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▽放出決定の判断について
▽漁業者との約束はどうなったのか
▽科学的な安全と安心について
以上3点から水野倫之解説委員が解説。

処理水の24日からの海洋放出は、きょうの関係閣僚会議で決定された。
岸田総理はおととい20日原発を視察、きのう21日は全漁連の会長とも面会し、関係者の一定の理解は得られたと判断して放出を決断。関係閣僚に対し、安全性の確保や風評対策など漁業者に寄り添った対応を徹底するよう指示。

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この放出決定に対する国内の反応は様々。
廃炉や福島復興を進めるうえで林立するタンクは邪魔でやむを得ないとする意見の一方で、特に地元の現場の漁業者が反発を強め、「放出は受け入れられない。」と批判の声を。
こうした反発が残る中でも放出を決めた理由について、政府はタンク貯蔵の限界を上げる。
先月福島第一原発を取材。
1号機の建屋上部はいまだむき出しで、雨水などが浸入。溶け落ちた燃料デブリと触れて、毎日90tの汚染水が発生。
東電は専用設備で浄化するも、トリチウムは水と一体化しているため取り除けず、処理水としてすでに134万tをタンクに保管。来年2月以降タンクが満杯になる見込み。
政府は今後燃料デブリの保管スペースも必要で、タンクの増設はできないという。

そしてトリチウムの安全性について政府・東電は、自然界にも存在し、放射線のエネルギーは比較的弱く、濃度が低ければ健康への影響は考えられず、規制委員会の確認も得ているとして、海水で基準の40分の1以下に薄めて放出する計画。
岸壁周辺は処理水を移送する配管や、海水をくみ上げるポンプ、そして処理水を海水で100倍以上に薄めて基準以下にする巨大な配管など放出関連設備で埋め尽くされていた。
また制御室では、濃度が高いまま誤って放出しないよう、放出スイッチはロックされ、責任者が毎回濃度を確認後に、ロックを解除して放出する体制が。

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しかしこうした安全策について内外の懸念の声はやまなかったため政府は原子力の国際的な権威、IAEA・国際原子力機関を頼った。
IAEAは処理水を分析するなどして、先月、国際的な安全基準に合致し、環境への影響は無視できるとする報告書を公表。
これに対して周辺国では中国が、報告書は放出の通行証にならないとして、今回の決定についても「身勝手で無責任だ」と批判。すでに税関当局が日本の水産物の検査を厳格化し、鮮魚の輸出が事実上止まっている。
ただ同じ周辺国でも韓国は、先週の日米韓首脳会談後の会見でユン大統領がIAEA報告を尊重する考えを示した。
また国内では閣僚がたびたび漁業関係者と面会して内容を説明。
きのう岸田総理と面会した全漁連の坂本会長は放出反対は変わりないとしつつも、「安全性についての理解は深まってきた」と発言。
こうした動きを受けて政府は、「関係者の一定の理解は得られた」と判断し、放出決定となったわけ。

しかし漁連の幹部とは対照的に、地元の現場の漁業者からは「政府との信頼関係は深まっておらず、放出は受け入れられない」など反発の声も多く上がる。
政府・東電は2015年に福島県漁連に対し、「関係者の理解なしに処分しない」と約束。これについて県漁連の幹部は「国と漁業者は復興へ同じ方向を向いており、約束は果たされていないが破られてもいない」としているが、現場の漁業者の中には、「約束がないがしろにされている」との思いも強く残っているわけ。

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現場の漁業者の強い反対の理由は何か。
それは科学的な安全と人々の安心感は別物だという点が大きく関係していると思う。
放出の安全性については、漁連の幹部が「理解は深まった」と述べているように、漁業関係者の多くはおおむね理解しているとみられる。
しかし現場の漁業者は、「安全と言うだけでは不十分で魚を買う消費者にはまだ安心感が確保されていない」とみて、この先の風評被害を懸念。

実際、福島の沿岸漁業は事故後、放射性物質の検査をして科学的に問題ないものだけを出荷したが、危険というイメージから安心できない消費者に敬遠される風評被害を経験。
それでも販売促進活動を続け、おととしから本格操業への移行期に入り、去年の水揚げは事故後最も多く。それでも事故前の2割にとどまり、今はこれを何とか増やそうと努力している最中。
しかし一部の漁業者には、放出されれば買わないという声もすでに届いていると言う。
消費者はほかに選択肢があれば、安心できないものを敬遠する傾向にあることから消費者が十分納得しないまま、安心感がないまま処理水が放出されれば、再び魚が売れなくなるのではないか懸念しているわけ。

これに対して政府も風評への備えを進めてはいる。
需要が落ち込んだ場合に冷凍可能な水産物を買い取りの支援などにあてるなどあわせて800億円の基金に加えて、既存の水産予算とは別枠で風評対策の予算を確保する方針のほか、実際に被害が出れば東電が賠償するという。

ただ忘れてならないのは、漁業者は、何も賠償を受けながら暮らし続けることを願っているわけではないということ。福島中心に地元での漁業を持続可能なものとするために事故前と同様に地元の海に出て自力で稼ぐ、そんな当たり前の漁業の姿を取り戻したいというのが願い。

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であれば風評被害が出ない対策に力を注ぐべきで、魚を買う消費者への周知にこそ力を入れなければならないはず。

この点、政府のこれまでの対応はどうだったのか。
確かに処理水に関する説明会は、海洋放出の方針決定後1500回以上、特に福島の漁業関係者に対しては数百回実施してきたという。しかし政府は放出にあたって理解を得るのは、まずは地元をはじめとする関係者だとして、説明会も関係者向けが中心だった。

消費者向けには政府はこれまでテレビCMや新聞WEB広告を通じての説明はしてきているが一方通行で、漁業関係者に対してしてきたような対話する機会はきわめて限定的で、政府の説明は十分に浸透していない。
処理水問題はなにも漁業者や福島を中心とした地元の人たちだけの問題ではなく多くの国民が関わる問題。放出しか方法がないというのであれば、今後も大消費地を中心に各地で説明していくのはもちろん、そこで出てきた疑問に丁寧に説明し対話する、消費者が安心感を持つまでこれを繰り返していくことが求められる。

処理水の放出は今後数10年は続くとみられ、風評被害が出ればその影響も長く続くおそれ。政府東電は風評被害の抑制、そして福島中心とした地元漁業が存続できるよう消費者ともっと向き合い、客観的なデータで対話を深めるなど、残された課題に対応していかなければ。


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