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GDP3期連続プラス 「実質賃金」のプラス化が持続的成長のカギ

佐藤 庸介  解説委員

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ことし4月から6月までのGDP=国内総生産は、物価の変動を除いた実質で、3期連続で前の期を上回り、着実な成長が裏付けられました。

その一方で、詳しく中身を見ると、依然、のしかかっているのが物価高です。今回は、物価高を乗り越えて、成長を持続するために何が必要なのかについて、かみ砕いて説明します。

【GDPは3期連続のプラスに】
まずは15日発表されたGDPの結果を振り返りましょう。

GDP=国内総生産は、今の日本の経済力を表します。日本経済にとってのいわば「通信簿」と言ってよいでしょう。内閣府が3か月に1度、発表しています。

前の3か月と比べた伸び率は、実質でプラス1.5%、年率換算でプラス6.0%でした。

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成長率がプラスになったのは3期連続で、率の数字そのものも、市場予想を大きく上回りました。複数のエコノミストから「サプライズだった」という声が聞かれました。

この間の景気、何がけん引役だったのでしょうか。もっとも大きかったのは「外需」、つまり海外の需要です。具体的には2つあり、1つは自動車の輸出、もう1つは外国人観光客です。

【けん引役① 自動車好調 輸出も国内販売も】
まず、自動車です。

自動車は、ここ数年、半導体不足に直面し、「欲しい」という要望があるにもかかわらず、十分な生産を行うことができずにいました。その結果、前に受けた注文が残った状態が続いていました。

それがことしに入って少しずつ半導体不足の影響が和らぎ、生産は増加に転じました。

その結果、ことし上半期の輸出台数は、202万台あまりと、前の年の同じ時期に比べて、およそ17%、増えました。

また、国内の販売も回復しています。上半期に国内で販売された新車は245万台あまりと、こちらも前の年をおよそ17%、上回りました。

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輸出に加えて、消費の面でも自動車が経済成長をリードしました。

【けん引役② インバウンドも顕著な回復】
次に外国人観光客の消費の増加です。統計上、これはサービスの輸出、「外需」にあたります。

ことし上半期、日本を訪れた外国人旅行者数は、1071万人とコロナ後、はじめて1000万人を突破しました。まだコロナの前、2019年に比べるとおよそ36%の減少ですが、ベトナムやシンガポール、アメリカなど、一部にはコロナ前を超えている国もあります。

16日発表された7月の外国人旅行者数も、ひと月で230万人を超え、さらに回復傾向が鮮明となっています。

注目すべきは、消費金額です。観光庁の調査によると、ことし4月から6月の1人あたりの旅行支出は、円安の効果もあってほぼすべての国でコロナ前を大きく上回っています。たとえばシンガポールはおよそ62%、アメリカはおよそ54%増えています。この結果、旅行消費額はコロナ前の水準近くに回復しています。

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加えて先週、中国政府が中国人の日本への団体旅行を解禁しました。中国はコロナ前、1人あたりの旅行支出が多かったことから、消費額を押し上げる可能性があります。

【肝心の個人消費がさえない】
しかし、今回の結果について、多くの専門家が「数字ほど前向きに評価できない」という意見で一致しています。

外需は確かに大きいプラスでしたが、輸入が大きく減るといった一時的な要因もありました。持続的な成長を果たすには、GDPの中で半分以上を占める個人消費の盛り上がりが欠かせません。

ところがその肝心の個人消費が、物価高の影響もあって振るいませんでした。

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GDPで個人消費は、マイナス0.5%と3期ぶりにマイナスとなりました。内閣府は、この間、新型コロナの「5類移行」に伴い、外食や宿泊が増えたものの、食料品や白物家電などが減ったと説明しています。

消費の伸び悩みは、様々な統計に現れています。たとえば家計調査で、2人以上の世帯が1か月間に支出した金額は、ことし6月、実質で前年より4.2%減りました。減少は4か月連続です。

エアコンや洗濯機のような白物家電、多くの食料品の消費額が落ち込みました。毎日の買い物で値上げを実感し、消費意欲を冷え込ませたのではないかという見方が出ています。

今後は海外経済の減速が見込まれています。アメリカでは物価の高騰を利上げで抑制しようとしていますし、中国も不動産市場の低迷で回復は鈍い状況です。海外が期待できない中、個人消費まで伸び悩めば、日本の今後の成長に黄色信号がともります。

【キーワードは“実質賃金”】
それではどうすれば個人消費が持続的に増えるのか。カギを握るのは賃金、それも物価の変動を反映した「実質賃金」が増えるかどうかにあります。

どうして実質賃金が大事なのか、改めて説明します。

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たとえば賃金1万円で、1個1000円のスイカ、10個を買おうとしているとしましょう。

ここで10%の賃上げが実現して、賃金が1万1000円になりました。一方で、スイカが20%値上がりして、1個1200円になってしまいました。そうなると9個しか買えません。

つまりせっかく給料が上がっても、それ以上物価が上がると買えるものが減ってしまいます。これが、実質賃金が減ってしまった結果で、消費にもマイナスです。

では、最初の10個よりも多く、11個のスイカが買えるにはどうなればよいでしょうか。

それには給料が32%上がって1万3200円になる必要があります。これが、実質賃金が増えた状態と言えます。このときに初めて豊かさを実感することができます。

【生産性のアップが必須に】
しかし、実際には実質賃金は去年4月以来、15か月連続で前年比マイナスが続いています。ことし6月も速報でマイナス1.6%でした。

ことしは春闘の結果、大幅な賃上げが実現しましたが、それ以上に物価が上がっていて豊かさを実感しにくい状況が続いています。

個人消費を安定させるには、実質賃金をプラスにすることが重要です。

実質賃金がプラスになれば、消費者は消費を増やす余裕ができます。また、企業は値上げが可能となり、収益が増えます。そして、企業はふたたび賃上げができるようになるというプラスのサイクルが期待できます。

しかし、実質賃金のマイナスが続けば、次第に消費者が物価の上昇を受け入れられなくなる可能性があります。そうなれば値上げはストップ、企業は収益が悪くなる、賃上げも難しくなり、また足踏みするという悪循環に戻ってしまいます。

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プラスのサイクルを持続するために必要なのは、「生産性」のアップ、ごく大まかなイメージで言うと、働いている人、1人あたりの売り上げをどれだけ増やすことができるか、です。

【中小企業の生産性アップがより大事に】
とくに課題は中小企業です。

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たとえば、売り上げが100万円、従業員が5人の企業があるとします。1人あたりの売り上げは20万円です。これを25万円に増やすにはどうすればよいか。

まずは売り上げを125万円に増やせば達成できます。もしくは、従業員を4人に減らしても実現できます。簡単でないことは言うまでもありませんが、これができないと無理なく賃上げを持続することもできません。

生産性をアップできている大企業は、積極的に賃上げを続けるべきです。一方で、中小企業は、ことし、あまりもうかっていないにも関わらず、懸命に賃上げに踏み切った面があります。しかし、生産性が上がっていないと賃上げの元手が確保できず、いずれ賃上げに対応することが難しくなります。

【地道な積み重ねで成長持続を】
必ずしも目新しいことに取り組む必要はありません。たとえば小売りだとセルフレジの導入で、レジ担当の従業員を新商品の開発担当に回して売り上げを増やすというように、地道なデジタル技術の活用などから始めて生産性を高めることで、賃上げの原資を確保し、実質賃金の上昇につなげていく。また、政府が企業側の努力を政策で後押しすることも重要です。

こうした小さな努力が積もり積もれば、個人消費も堅調に伸び、内需が主導する日本の景気回復を持続的に図ることが可能となります。

賃上げ、そして物価の上昇は、日本ではバブル期以来の大きな動きになっています。最後の一押しで、物価と賃上げの好循環の道を進むことができるのか、日本経済は大きな岐路に立っています。


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