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介護離職増加 10万人超 仕事と介護の両立に必要なこと

牛田 正史  解説委員

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家族の介護を理由に、仕事を辞める人が後を絶ちません。
いわゆる介護離職の人数が増加し、去年は10万人を超えました。
国は「介護離職ゼロ」を目標に掲げ、介護休業など、仕事と両立するための支援制度の拡充を図ってきましたが、利用者が少ないという課題があります。
多くの人が、仕事と介護を両立できるようになるには、どんな対策が必要なのか考えます。

【介護離職が再び増加】

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家族の介護や看護で、仕事を続けられず、離職を余儀なくされる介護離職。
その人数は、2017年までは減少してきました。
ところが、7月に公表された国の「就業構造基本調査」では、去年、10万6000人と、再び増加に転じました。
年代別では、40代と50代、それに60代の離職が目立ちます。
この背景の1つには、高齢化に伴って、そもそも、家族を介護しながら働く人が、大きく増えているという点が考えられます。
去年は国内で365万人に上り、10年間で70万人以上増加しています。
働く人全体の約5%に達しています。
こうした中、介護と仕事が両立できなくなり、離職する人も相次いでいるのです。
国は2015年に介護離職ゼロの目標を掲げ、対策の強化を図ってきましたが、その目標が遠のいています。

【両立支援制度の利用が少ない】

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この介護離職を防ぐため、国が設けてきたのが、「介護休業」などの両立支援制度です。
しかし、今回の国の調査では、その利用が十分に進んでいないことも示されました。
例えば「介護休業」です。
家族の介護が必要になった時、会社に申請し、要件を満たせば、93日、つまりおよそ3か月間、仕事を休むことが出来ます。
原則、賃金のおよそ3分の2の給付金が、雇用保険の制度で支給されます。
この間に、ケアマネージャーと相談して介護計画を立てたり、利用できる介護事業所を探したりする、いわば、介護と仕事を両立する体制を、整えるための制度です。
ところが、去年の利用者は、家族などを介護している人の中で、わずか1.6%でした。
また、通院の付き添いなどで短期間の休みが必要な場合は「介護休暇」の制度もあります。
年に5日取得できますが、こちらも利用率は4.5%でした。
利用者の数は少しずつ増えているものの、まだまだ低い割合に留まっています。
これ以外に、短時間勤務や残業免除などの制度もありますが、いずれも数%の利用です。

【利用が進まない理由】
もちろん、3か月休業するだけでは離職を防げないという人も、一定程度いると思います。
一方で「休業を取得して体制が整い、仕事を続けられた」、「最初が非常に重要だった」という人もいます。
なぜ、せっかくの支援制度なのに、利用が少ないのでしょうか。

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国の調査研究事業では、介護をしながら働く人たちに、休業を取得しない理由を尋ねたところ、最も多かったのは「勤務先に制度が整備されていない」という答えでした。
正規労働者は43%、非正規の有期契約労働者でも37%いました。
「長期間、休業する必要が無い」と答えた人を上回っています。
「うちには、制度がないので利用できない」という人が多くいると見られます。
ところが、介護休業は国が定めた制度で、労働者の権利であり、例え、社内に規定が無くても、取得することが可能です。
要件を満たせば、どの企業に勤めていても取得出来るのですが、それが十分に知られていない可能性があります。
国などは、「法律で定められた権利」であることを、もっと周知していく必要があるのではないでしょうか。
もちろん、「社内に規定がなければ取得しづらい」という人も多くいると思います。
中小企業も含め、より多くの企業が規定を定めていくことも不可欠です。

【制度の周知不足】
また、こうした支援制度が、そもそも知られていないという問題もあります。

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休業を取得しない理由で、「制度を知らないから」と答えた人は、約3割にのぼっています。(正規労働者:26.5% 有期契約労働者:34.6%)
制度の周知も、まだまだ不足しています。
この点について、国の研究会は、ことし6月に、「例えば、介護保険料を支払う年齢となる40歳に到達した社員全員に対して、会社側が一律に支援制度の情報提供を行っていく必要がある」と提言しています。
これは重要な指摘です。
国は、例えば社員への一律の情報提供を企業の義務にするなど、制度の周知を徹底する仕組みを、早急に検討してもらいたいと思います。
また、介護休業の期間は3か月、介護休暇は年に5日で十分なのかも、利用者の声を聞きながら、検討を続ける必要があると感じます。

【対策に力を入れる企業も】

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実際、企業の中には、そうした取り組みを強化する所が出てきています。
このうち、電機メーカーの富士電機では、労使で、社員向けのガイドブックを作成し、介護サービスの利用法や社内の支援制度を紹介しているほか、メールマガジンを配信して気づきを与え、まだ介護に直面していない社員にも事前の準備を促しています。
また各工場や支部には、介護の相談窓口も設置し、在宅勤務や短時間勤務など、柔軟な働き方も積極的に取り入れています。
介護のための休職も、最大で通算3年(36か月)まで認めています。
この間は無給となりますが、社会保険料の自己負担分は支給されます。
こうした取り組みで、介護休業などを取得する人は少しずつ増えていると言います。
ここまで充実した制度を設けるのは簡単ではありませんが、会社が、「両立支援を積極的に進めていくのだ」という姿勢を示すだけでも、社内の雰囲気は大きく変わります。

【カバー体制の構築も重要】

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さらに、制度の周知に加えて、カバー体制を整えることも重要です。
「自分の代わりになる人がいない」という理由で、休業や短時間勤務などを選択できないという人も少なくありません。
そして無理を続けた結果、仕事を辞めざるを得ない所まで、追い込まれてしまう人もいます。
国は今年度、休業する社員のカバーとして、新たに人を雇うなどした中小企業に対し、助成金を出す制度を拡充しました。
企業にとっても、介護離職が相次げば、貴重な戦力を失うことになります。
助成制度などを活用し、体制を整えてもらいたいと思います。

【介護サービスの充実も鍵】
ここまで、介護休業などの支援制度や企業に求められる取り組みについて見てきましたが、介護離職を防ぐには、介護サービスそのものの充実も図っていかなければなりません。

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国の調査研究事業では、離職の理由として、「介護保険サービスなどを利用できなかった」または「利用法が分からなかった」という点を挙げた人が約3割にのぼりました。
特別養護老人ホームなどの施設に家族を入居させたいが、空きがない。
あるいは、介護職員の不足で、訪問介護などのサービスを十分に利用できない。
そんな事情から、結局、仕事を辞めざるを得ないというケースが相次いでいます。
介護の受け皿を整備し、職員も確保して、十分なサービスを提供していくことは、介護離職を防ぐ上で不可欠です。
特に介護職員は今後、かなりの人数が不足するという見通しもあります。
国や事業所は、賃金の引き上げや負担の軽減などを進めて、人材の採用、そして定着を一層進めていくことが求められます。

【まとめ】
人口が減少する日本において、介護離職は、貴重な労働力を失う大きな損失です。
経済活動、そして社会機能の維持にも深く関わる問題です。
支援制度の利用を広げ、必要な介護サービスを確保し、介護と仕事を両立できるようにすることが、国や企業には、いま強く求められています。


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