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高まる核の脅威~分断深まる世界で~

鴨志田 郷  解説委員

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広島と長崎に原爆が投下されてから78年になります。
核廃絶の悲願をよそに、いま世界では核保有国のロシアがウクライナへの軍事侵攻を続け、戦争が長期化する中で、核兵器が実際に使われる懸念は絶えることがありません.。
オーストリアの首都ウィーンで開かれている、世界の核軍縮を議論するNPT=核拡散防止条約の準備委員会では、国連で軍縮部門のトップを務める中満泉事務次長が、強い危機感を示しました。
「冷戦終結後、これほど核兵器が使われる恐れが高く、それを防ぐ手立てが脆弱だったこともない」。
世界はいま核をめぐりどのような状況に置かれているのか。
差し迫る核の脅威の現状と、危機に瀕する世界の核軍縮の取り組みについて、考えます。

【ロシアの軍事侵攻と核】

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(ロシア側)
ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアは、今もことあるごとに核兵器による威嚇を繰り返しています。
これまでは核兵器を使えば国際社会の猛烈な反発を招くうえ、ロシア側にも被害が及びかねないことから、プーチン大統領も踏み切れないだろうという見方が支配的でした。
しかし、欧米の支援を受けたウクライナ軍の反転攻勢を前に窮地に追い込まれれば、事態を打開するために小型の戦術核を使う可能性も捨てきれないと、欧米の軍事関係者は警戒しています。
また、ロシアは同盟関係にある隣国のベラルーシに戦術核兵器の配備を進めているとされ、ベラルーシのルカシェンコ大統領は7月、大部分の兵器を搬入したと発言しています。
さらにロシアが支配下に置くウクライナ南部のザポリージャ原発では、戦闘や破壊工作が行われているとしてたびたび緊張が走り、「兵器ではない原発の破壊」がもうひとつの「核の脅威」となっています。

(NATO側)
対するNATO=北大西洋条約機構では、ロシアと国境を接するフィンランドに続いて、これまで欧州でも反核の議論が盛んだったスウェーデンも近く加盟を果たし、「アメリカの核の傘」の下に入る見通しとなりました。
また、これまでNATO加盟国のうちドイツやイタリアなど5か国で国内の基地にアメリカの核兵器を配備する「核共有」が行われてきましたが、ベラルーシの核配備に対抗してポーランドも「核共有」を求めるようになりました。
戦争が長期化する中で、難局を乗り切るために、核による威嚇を振りかざしたり、核の抑止力に頼ったりする動きが広がり、「核が核を呼ぶ負の連鎖」が起きているのです。

【東アジアの核をめぐる緊張】
一方で日本の目の前の東アジアでも、危うい状況が進んでいます。

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(中国)
まず、中国は国防白書の中で、「国家の安全保障に必要最低限の核戦力を保有し、先行使用は行わない」としています。
しかし、世界の軍事情勢を調べているストックホルム国際平和研究所は、中国の核弾頭はことし1月までに去年より60発増えて410発になったと見ていて、どの国よりも速いペースで核軍備が進め、もはや国防に必要な最低限の水準を超えつつあると分析しています。
アメリカ国防総省は、2035年までには中国が1500発以上の核弾頭を保有する可能性があるとして、警戒を強めています。

(北朝鮮)
次に、北朝鮮はキム・ジョンウン総書記が掲げる「国防5か年計画」の3年目に入り、すでに30発程度の核弾頭を保有していると見られ、核兵器を運ぶ弾道ミサイルの発射実験をかつてない頻度で繰り返しています。
先月にはアメリカ全土を射程に収める新型のICBM級のミサイルの発射実験に成功したとしているほか、韓国や日本の一部を射程に入れる短距離弾道ミサイルも次々に発射し、今後は核弾頭の小型化・軽量化に向けて、7回目の核実験を行うことが懸念されています。

(米韓)
こうした北朝鮮の動きに対抗して、アメリカと韓国はことし4月、アメリカが核戦力を含む抑止力で同盟国を守る「拡大抑止」の強化で合意しました。
アメリカは1990年代に韓国から核兵器を撤去しましたが、先月には核兵器を搭載できる戦略原子力潜水艦をおよそ40年ぶりに韓国に入港させました。
ユン大統領はこのとき「北朝鮮が挑発すれば政権の終末につながる」と、北朝鮮を厳しくけん制しました。
ウクライナでの緊張の影で中国は着々と核軍備を進め、北朝鮮の核には米韓も核で応じる構えを見せ、「核と核が角を突き合わせるような」事態となっているのです。

【行き詰まる世界の核軍縮】
各地での緊張を受け、各国が長年にわたって知恵を寄せ合ってきた核軍縮の取り組みは、行き詰まりを見せています。

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(NPT)
いま会合が開かれているNPTは、冷戦さなかの1970年に発効し、国連のほとんどの加盟国が参加する、最大の核軍縮の枠組みです。
▼核兵器を保有するアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスの5カ国には核軍縮交渉を進めるよう求め、
▼それ以外の国には核の開発や保有を禁じる核の不拡散を定めています。
しかし、世界の核兵器の9割以上を保有するロシアとアメリカが戦略核兵器を制限するために結んだ条約、新STARTは、ことし2月にロシアが一方的に履行を停止し、米ロは核軍縮条約のない状態に陥っています。
また、米ロに続く核保有国の中国も、アメリカが呼びかける核軍縮の交渉に応じる様子はありません。
一方、核の不拡散をめぐって近年最大の焦点となってきたイランの核開発問題では、イランと欧米などが交わした核合意が崩壊の危機に瀕していて、イランがウラン濃縮を加速し核兵器開発に近づくことが懸念されています。

(安保理・北朝鮮制裁)
さらに、NPTから一方的に脱退を表明した北朝鮮の核・ミサイル開発に対してはこれまでは国連の安全保障理事会で繰り返し制裁決議が採択されてきましたが、ここでもウクライナ情勢をめぐる欧米とロシア、中国の対立から、北朝鮮に歯止めをかけられなくなっているのです。

(核兵器禁止条約)
一方、NPTの下で核軍縮が進まないことに失望した国々が2年前に成立させたのが、核兵器の開発や保有、使用を禁じる「核兵器禁止条約」で、これまでに68の国と地域が署名・批准しました。
しかし、核保有国や、核抑止力に頼る日本を含む国々は、「厳しい安全保障環境の下で現実的な核軍縮につながらない」として参加を拒み、条約の支持派と反対派の溝は深まっています。
差し迫った核の脅威を前に、長期的な軍縮を見据えた冷静な議論がますます困難になっているのです。

【日本のジレンマ】
唯一の戦争被爆国である日本は、核廃絶を悲願として掲げる一方で、安全保障政策においてはアメリカの「核の傘」に頼るという、ジレンマを抱えてきました。
世界で核の脅威が高まれば高まるほど、そのジレンマも深まっています。
ことし5月のG7広島サミットの際に発表された「核軍縮に関する広島ビジョン」は、▼核による威嚇や使用を許さず、▼核のない世界に向けた核軍縮の重要性を強調する一方、▼「核兵器は存在するかぎりにおいて防衛目的のために役割を果たし侵略を抑止する」と、核抑止力を前提とするものでした。
「広島」の名を冠する文書の中で、核兵器の意義が言及されたことに、核廃絶に取り組んできた人々からは、怒りや失望の声も上がりました。

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以前、国連で軍縮会議を取材していたとき、ある国のジャーナリストから、「核をめぐる日本のジレンマはそのまま世界のジレンマだ。君たちがこの難問を解決してくれれば世界も救われる」、と言われたことがあります。
核兵器がもたらす悲劇を誰より声高に訴えながら、核には核で応じるしかないという発想を転換し、核の脅威を減らす方向に世界を導くことができるのか。
日本人である誰もが諦めずに答えを探し続けなければならない。
「原爆の日」にあたり、その思いを強くします。


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