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東南アジア 後退する民主主義

藤下 超  解説委員

東南アジアの国々で、このところ、選挙結果がないがしろにされたり、選挙の公正性に疑問がもたれたりする、民主主義の後退ともいえる事態が相次いでいます。
日本とも関係の深い東南アジアの国々で何が起きているのか、そして、状況を改善するには何が必要なのでしょうか。

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【クーデター後泥沼化するミャンマー】
最初に2年半前、軍がクーデターを起こし、総選挙の結果をないがしろにしたミャンマーについて見てみましょう。

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軍は、先月31日、クーデター以降出している非常事態宣言をさらに半年間延長すると発表しました。
最大で2年という憲法の枠を超えて延長し、なし崩し的に支配を長期化させています。
民主派指導者のアウン・サン・スー・チー氏は、拘束されたままです。
1日、恩赦で刑期が33年から27年に短縮されました。
それでも、78歳のスー・チー氏が自由の身になるのは、100歳を超えることになります。
刑期の短縮は、軍による懐柔策と見られますが、これを機に対話が始まるような兆しは見られません。
軍と民主派勢力などとの戦闘は泥沼化し、人権状況は悪化の一途をたどっています。
ミャンマーの人権団体によりますと、軍の攻撃や弾圧により、2年半で少なくとも市民3861人が死亡しました。
特に深刻化しているのが軍による空からの無差別の攻撃です。
4月には北西部の村を空爆し、こどもを含む168人が死亡しました。

【軍は中国・ロシアから武器を輸入】
軍は、クーデターのあとも、ロシアや中国などから少なくとも10億ドルに相当する武器や原材料を輸入し、市民への攻撃を行っていると、国連の報告書は指摘しています。

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欧米が経済制裁を強化する一方、ロシアや中国が軍を支えるという構図が、はっきりしてきました。
日本は、新規のODA=政府開発援助の停止を表明して以降、新たな方針を打ち出せていません。
ある外交官は、取材に対し、「軍は聞く耳をもたず、日本を含め、誰も軍を動かすすべを持っていない」と話しています。

【選挙の民意が軽視されるタイ】
民主主義の根幹である選挙、その結果を軽視する動きは、隣国のタイでも起きています。
2014年には、軍がクーデターで政権を奪い、それ以後、軍の出身者が首相を務めてきました。

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ことし5月に行われた総選挙で、変革を求める人たちの支持を集めたのが、王制改革や軍の影響力の排除を訴えた野党・前進党です。
結成間もない改革派の政党が第1党となり、歴史的な勝利と報じられました。
8つの党が、ピター党首を首相とする連立政権の樹立で合意し、下院議員の6割以上を確保しました。
ところが、ピター氏は首相に指名されませんでした。
クーデター後に制定された憲法で、選挙でえらばれる500人の下院議員だけでなく、任命制の上院議員250人が首相指名に加わることになったためです。
上院議員は、軍政下で任命された保守派です。
ピター氏は、ほとんど支持を得ることができず、過半数に届かなかったのです。
前進党は、王室への中傷を禁じる不敬罪の改正も公約に掲げていました。
これが、上院議員の強い反発を招いたものと見られます。
さらに前進党は苦しい立場に追い込まれています。
憲法裁判所が、ピター氏の議員資格を一時停止したのです。
ピター氏が、放送局の株式を保有したまま立候補したことが、憲法違反にあたるかどうか審理するためだとしています。
タイの憲法裁判所は、これまでも改革派の野党を解党処分にするなど、保守派寄りの判断をしてきました。
首相選びは迷走し、議会では、前進党を排除して、軍に近い政党も入れた連立を模索する動きが出ています。
軍など支配層が影響力を保持するためにつくった様々な制度が、選挙で示された民意の実現を阻んでいるのです。

【しぼむ民主化の機運】

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タイやミャンマーも加盟するASEAN・東南アジア諸国連合は、社会主義国も含む、多様な政治体制の国々の集まりです。
それでも、2007年に採択されたASEAN憲章は、その目的に「民主主義」や「法の支配」、「人権の擁護」を掲げました。
東西冷戦終結後、世界各地で民主化が進んだことが背景にありました。
しかし15年あまり経った今、権威主義的な中国が国際的な影響力を強めたこともあり、民主化の機運は高まっていません。

【民主国家から事実上の一党独裁に】
それを象徴するのがカンボジアです。

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カンボジアは、ポル・ポト独裁政権と内戦の時代を経て、1993年に国連の管理下で選挙を行い、民主的な国として生まれ変わりました。
ところが、いま、事実上の一党独裁体制に変貌しているのです。
先月行われた総選挙は、フン・セン首相の与党、人民党が、125議席中120議席を占め、圧勝しました。
フン・セン政権が、この10年、自らを脅かす野党を徹底して抑圧してきた結果です。
そのきっかけは2013年の総選挙です。
人民党は、最大野党・救国党に得票率で4%あまりの差に迫られました。
その4年後、救国党の党首は、政権転覆をはかったとして逮捕され、党自体も、総選挙を前に解党に追い込まれました。
その結果、2018年の総選挙は、最大野党が不在のまま行われ、与党がすべての議席を独占しました。
ことしの総選挙でも、有力野党が、提出書類の不備を理由に選挙から排除された結果、人民党が圧勝したのです。

【野党抑圧は権力の世襲が狙いか】

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総選挙の後、フン・セン氏は、長男のフン・マネット氏に首相職を譲ると表明しました。
この10年間の野党への執拗な抑圧は、この世襲を確実に実現するためだったという見方も出ています。
アメリカは、今回の選挙を「自由でも公正でもない」と批判し、日本も懸念を表明してきました。
しかし、フン・セン氏は全く意に介していないようです。
10年余り前、日本を抜いて最大の援助国になった中国の後ろ盾があるからです。
中国は、総選挙の結果を受けて、習近平国家主席がフン・セン氏に祝電を送りました。
民主主義や人権にこだわらない中国の台頭が、権威主義の政権を後押ししているのです。

【日本の役割は】
日本は、東南アジアの国々で、選挙支援などの民主化支援を積極的に行ってきました。
しかし、ここまで見てきた通り、各国では、民意を無視する権威主義が力を増しています。

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その結果、既得権益を守ろうとする勢力と、民主化を求める勢力の対立が先鋭化しています。
ミャンマーでは、対立が武力衝突にまで発展しました。
そのような事態にエスカレートするのを避けるため、必要なのは、双方の不信感を取り除く、対話ではないでしょうか。
日本には、これまでの民主化支援に加えて、そうした対話を促す役割も期待されていると思います。
東南アジア10か国の識者を対象にした調査で、日本は、毎年のように、最も信頼できる国となっています。
その信頼を生かして、前向きなリーダーシップを発揮してもらいたいと考えます。
日本は、ことし、ASEANとの協力50周年を記念した特別首脳会議を予定しています。
首脳や政府高官だけでなく、それぞれの国に暮らす市民にまで思いを致す外交を、政府には期待したいと思います。


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