最低賃金、初の全国平均、時給1000円が実現するのか、大詰めの議論が行われています。今年度の最低賃金の引き上げについて議論する厚生労働省の審議会が26日に開かれましたが、労使の隔たりが埋まらず、再度、28日に話し合うことになりました。私たちの生活に直決する賃金、人手不足や物価高の中で最低賃金はどうあるべきなのか考えます。
解説のポイントは、最低賃金1000円を目指す背景、引き上げに向けた課題、最低賃金のあり方は、です。
そもそも最低賃金は企業が労働者に最低限支払わなければならない賃金のことです。法律で決まっています。支払わない場合には罰金が科されることもあります。まず、厚生労働省の審議会で労働者と経営側の代表それに労働関係に詳しい中立的な有識者が、物価の推移や、春闘を通じた賃上げの状況、企業の支払い能力などを参考に議論をして、目安を決めます。そして、その後、都道府県ごとに地域の実情を踏まえて、それぞれで金額を決めていく仕組みとなっています。
最低賃金を話し合う審議会は、このところ労使の意見の隔たりが目立っています。去年も深夜までの議論が行われました。ことしも4回目となる26日の会合では9時間にわたって議論されましたが、意見がまとまりませんでした。
厚生労働省によりますと引き上げ額について労働者側が物価高を背景に大幅な引き上げ額を示す一方、経営側は中小企業の賃金の支払い能力などを根拠に慎重な額を示していて、双方の隔たりは埋まっていないということです。
このため、改めて28日に会議を開き、とりまとめを目指すことになりました。
政府の後押しや春闘での賃上げの流れを受けて最低賃金はこのところ大幅な引き上げが続いています。新型コロナの影響で経済状況が悪化して1円の引き上げの時もありましたが、昨年度は全国平均で時給961円、今回、初めて時給1000円にするには、過去最大となった昨年度を上回る39円以上の引き上げが必要になります。
なぜ最低賃金が1000円という水準に向けた議論となっているのでしょうか。背景には政治サイドからの強い要請があることが上げられます。
ことし3月に開かれた政府、経済界、労働界の3者による「政労使会議」で、最低賃金を巡り、時給1000円達成の方針が示されました。さらに先月、決定した政府の経済財政運営などの基本方針、いわゆる「骨太の方針」でも「ことしは全国平均で時給1000円を達成することを含めて審議会でしっかりと議論を行う」と明記されました。審議会を前に最低賃金1000円達成が前提となっている点で異例のことです。
ただ、中小企業にとって簡単な話しではないようです。
ことし2月に日本商工会議所・東京商工会議所が全国の中小企業6000社余りを対象にアンケート調査を行いました。
3300社あまりが回答をしましたが、今年度、2023年度の引き上げについて聞くと「引き上げるべき」と答えた企業が42.4%で「引き下げるべき」「引き上げはせずに、現状の金額を維持すべき」を上回っています。一見すると賃上げに前向きと見えますが、そうではないようです。「引き上げるべき」と答えた企業に理由を聞きますと「物価が上げっており、引き上げはやむを得ない」という回答が90%近くに上っています。これ以外にも深刻な人手不足もあり、賃金を上げていかないと人材が集まらず経営が成り立たないとい声も聞こえてきます。中小や零細企業からするといわば「防衛的な賃上げ」だという指摘もあり、高い金額の引き上げは難しいと見られます。
1000円というハードルだけない課題もあります。地域格差の解消です。最低賃金は地域によって経済情勢が違うことから都道府県をランク分けして目安が示されます。今回、これを4区分から3区分に減らしました。区分を減らすことで高いところと低いところとの差を縮めようとしていますが、果たして効果があるのか、しばらく見極める必要があります。
さらに最低賃金については早くも「次の目標」をどうしていくかにも関心が高まっています。すでに政府の骨太の方針に「この夏以降は時給1000円を達成したあとの最低賃金引上げの方針についても、新しい資本主義実現会議で議論を行う」と書かれているのです。
次の目標については様々な考え方があります。
賃金や雇用に詳しい法政大学の山田久教授は、いくつかの論点を示しています。
例えば「産業別の最低賃金」の積極的な活用です。産業別に最低賃金を決める仕組みはあるのですが、都道府県の決めた最低賃金を下回った場合には、都道府県の方が優先する決まりになっています。最近は都道府県の最低賃金が高くなるケースが目立ち、産業別の最低賃金があまり活用されていないのが実情となっています。山田教授は「産業別をもっと活用すれば、労使が持続的な引き上げに向けて連携して人材育成や生産性の向上などを行うようになり、下請けの底上げや地域産業の活性化にもつながる」と指摘しています。
山田教授は全国一律で最低賃金を決めるという考えもあるとしています。例えばイギリスでは労働に関する詳細なデータをもとに年齢や仕事の熟練度によって調整したうえで全国一律の最低賃金を決めています。一律にすることで全体の底上げや格差を縮めることが期待できるというのです。
このようにさまざまな論点がある中で、日本のような金額の目安だけを上げていく今のやり方が果たしていいのか、最低賃金のあり方も問われています。
こうした様々な課題がある中でどのように対応していけばいいのでしょうか。
まず、政府や自治体は地域の産業振興を積極的に行うことが一段と求められます。円安傾向が続く中で例えば、税制の優遇措置を設けるなどして海外に進出している日本企業を呼び寄せ、研究や開発の拠点を誘致するなどして地域の雇用を生むことも大事です。地域の賃金を上げていくには地域経済の活性化が不可欠です。
さらに企業も人件費を含めたコストの増加分を商品やサービスの価格に転嫁することをより考える時期に来ています。最近は高騰する原材料費やエネルギー価格に耐えきれず上昇分を転嫁する動きが企業の間で広がっていますが、人件費の増加分の転嫁にはなお慎重ではないかという指摘もあります。企業は賃金を上げるためならば理由をしっかりと説明して価格転嫁を行うことが必要でしょう。また、消費者もこうした動きを一定程度許容していくことが求められると思います。
最低賃金の話し合いは続きますが、金額だけでなく、深刻な人手不足や格差の拡大など、今の社会が抱える課題を踏まえた適正な最低賃金はどうあるべきなのか、これまで以上にきめ細やかな議論を望みたいです。
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