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待ったなし!介護保険改革 制度見直しの行方

牛田 正史  解説委員

私たちの老後の生活を支えてくれる介護保険制度が、今、深刻な課題に直面しています。
現役世代の保険料の負担が増え続け、介護を担う職員は不足しています。
こうした中、7月から、制度の見直しに向けた国の議論が本格化しています。
高齢者の負担の引き上げなどが焦点となります。
介護保険制度をどのように改革していくべきか考えます。

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【介護保険が直面する課題】

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介護保険は、高齢者の介護を社会全体で支える制度です。
40歳以上が保険料を支払い、サービスの財源に充てています。
介護が必要な高齢者は現在、約700万人います。(要支援含む)
この介護サービスの費用が年々増加しています。
制度が出来た2000年度には3兆円あまりでしたが、現在は12兆円を超えています。
そして高齢者の人数が、ほぼピークとなる2040年度には、倍ほどの26兆円まで膨らむと推計されています。
この費用の増大で、支え手となる現役世代の負担が大きくなっています。
毎月支払う保険料は、当初は平均で2000円あまりでしたが、現在は6000円を超え、今後さらに増えていく可能性があります。
現役世代の負担をいかに抑えるかが、大きな課題の1つとなっています。

【国の検討が本格化】

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こうした中、7月から国の専門家部会で、制度の見直し議論が本格化しています。
その大きな焦点の1つは、高齢者の負担を引き上げるかどうかです。
現役世代の負担を抑えるためには、高齢者自身の負担の引き上げを考えていかなければならないからです。

【高齢者の負担引き上げを検討】

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具体的には介護サービスを利用した時の自己負担を引き上げるかどうかです。
自己負担の割合は、基本的には1割、一定の所得がある人は2割、現役並みの所得の人は3割となっています。
この2割負担と3割負担の人を拡大するかどうかが焦点です。
現在は単身の場合、年金収入などが年間で280万円以上といった条件に当てはまる人が2割、340万円以上などの条件に当てはまる人が3割の負担となっています。
これは65歳以上の被保険者の20%を占めています。
今後の議論では、例えば、この対象を30%まで増やす、つまり単身ならば220万円以上の人まで拡大すべきかどうか、といった点が検討される見通しです。
ちなみに、後期高齢者医療ではすでに上位30%の人が、2割以上の負担となっています。
このほか、高齢者が支払う保険料の見直しも検討されます。
低所得者の保険料を引き下げる一方で、所得が多い高齢者の保険料は引き上げる方向で、検討が進む見通しです。

【議論で必要なこと】
ただ、介護は毎月、利用するサービスですし、高齢者が支払う保険料も年々あがっています。負担の引き上げは生活に大きな影響を与えかねず、それだけに難しい議論と言えます。

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国の専門家部会では、当初、去年の年末までに結論をまとめる予定でしたが、それが2度先送りされ、ことしの年末までとなりました。
先送りの理由について国は、物価上昇の影響を慎重に見極めるためなどとしています。
ただ将来を考えると、いつまでも結論を引き延ばすわけにはいきません。
私は制度を維持するために、高齢者の負担の拡大を考えていくことは、避けて通れないと思います。
一方で、どこまでの人の負担を引き上げるのか、つまり対象の範囲は、丁寧な議論が求められます。
自己負担が増え、必要な介護が受けられなくなる事態は、避けなければなりません。
家計調査などを基に、高齢者の収支など生活実態を詳しく分析して、影響を見極めていく必要があります。
また仮に負担を引き上げる場合は、急激な変化を抑える対策も検討すべきです。
例えば後期高齢者医療では、去年、一部の人の窓口負担を1割から2割へ引き上げた時、3年間は、負担の増加を月3000円以内に抑える配慮措置が取られました。
こうした激変緩和策を、介護でも考えていく必要があると思います。

【人材確保も重要な論点】
ここまで負担の引き上げについて見てきましたが、介護保険制度の見直しは、それ以外にも重要な論点があります。
その1つが「人材の確保」です。
高齢者の急増に、職員の確保が追い付かない状況となっています。

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介護職員は2019年度には全国で211万人いましたが、2025年度には243万人、2040年度には280万人必要になると推計されています。
つまり増員できなければ2年後には32万人、2040年度には69万人もの職員が不足するおそれがあります。
人材の確保は待ったなしの課題ですが、それが進まない大きな要因が、職員の給与水準の低さです。
「仕事に見合った給料が得られない」「将来の生活が見通せない」などとして、介護の仕事に関心がありながら、就職をためらう人は、今も後を絶ちません。

【給与の引き上げが不可欠】

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人材の確保には給与の引き上げが不可欠です。
国も対策を打ってはいますが、まだ十分ではありません。
去年には、介護職員の給与を底上げする新たなベースアップ加算などを実施し、対象となった職員の平均月給は前の年より1万7000円あがり、31万円あまりとなりました。
しかし、他の産業でも、物価の上昇や人手の確保のために、給与をあげています。
全産業と比べると、まだ月に4万円あまり低い状態です。
職員の給与は主に介護報酬から支払われるので、給与を引き上げると、それだけ介護費用が増える可能性があります。
それでも私は一刻も早く、全産業並みの水準にあげることが必要だと考えます。
今後、少子化で現役世代が減り続け、人材の獲得競争はますます激しくなります。
多くの時間を掛けてはいられません。いつまでにどこまで引き上げるのか、国ははっきりとした目標を示し、対策を実行することが必要だと感じます。

【業務の効率化も進めるべき】
そして、介護保険制度の見直しで、もう1つ重要な論点が「業務の効率化」です。
介護ロボットやITなどテクノロジーの活用で、職員の負担を軽減することが求められています。人材の確保にも繋がる重要なポイントです。

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この業務の効率化で、国は去年、効果を検証する実証事業を行いました。
このうち、大手介護事業会社では、車いすに乗ったまま体重が計れる装置や、椅子に座ったまま入浴できる装置などを導入したほか、清掃などの間接業務を担う補助員も配置して、介護職員の業務時間を、どこまで短縮できるか調べました。
その結果、昼間はこれまでの76%、夜間も87%の時間に短縮できたということです。
これにより職員が利用者と接する時間も増えたといいます。
こうした効率化は大変重要ですが、課題は中小規模の事業所です。
設備投資を行う余裕がない所も多くあります。
国や自治体は、財政面での支援やノウハウの共有をさらに進めていくべきです。
また現場からは、業務の効率化がすすめば、介護報酬や人員を減らされるのではないかという懸念も出ています。
効率化はあくまで職員の負担軽減や介護の質の向上に繋げるものであり、その前提を決して崩さずに推進策を検討してもらいたいと思います。

今後、高齢化はさらに進み、介護保険を取り巻く環境は厳しさを増していきます。
しかし、どんなに状況が厳しくなっても、介護制度は維持していかなければなりません。
痛みを伴う改革からも目をそらすことなく、将来のために必要な対策を速やかに実行していくことが求められています。


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