NATO・北大西洋条約機構への加盟を求めるウクライナに対して、NATOは加盟の手続き開始を見送る一方、加盟が実現するまでの間は、様々な軍事支援を通じて各国がウクライナの安全を保障していくと表明しました。リトアニア開かれたNATO首脳会議を手掛かりに、ロシアの脅威に対峙するウクライナ、そしてヨーロッパの安全保障について長期的な視点から考えます。
【ウクライナのNATO加盟問題】
NATO首脳会議は、31の加盟国の首脳が一堂に会し、今後の大方針などについて意思決定を行う場で、11日と12日、バルト三国の一つ、リトアニアで開かれました。今年の最大のテーマは、“最も重大かつ直接的な脅威”と位置づけるロシアから、ウクライナの安全を長期にわたってどう確保していくかでした。
中でも注目されたのは、ウクライナのNATO加盟問題です。ウクライナは、将来にわたってロシアの脅威から自国の安全を守っていくには、NATOへの加盟が不可欠だと考えています。今回の首脳会議でも、加盟に向けた手続きを始めるようNATOに強く求めてきました。ところが、公表された首脳の共同声明に、ゼレンスキー大統領は失望を隠しませんでした。
共同声明では「全ての加盟国が同意し条件が満たされれば、ウクライナの加盟に向けた正式な手続きを開始する」となっていました。これは、ウクライナからすれば、いわば当たり前のルールを説明されたに過ぎず、加盟の条件や期限など具体的な道筋はほとんど何も示されませんでした。
ウクライナの正式加盟をめぐっては、NATOの間でも温度差があります。ロシアからの脅威をより強く感じている東欧諸国は、ウクライナの加盟を後押ししているのに対して、アメリカやドイツなどはロシアとの直接衝突を警戒して、より慎重な立場です。今回の声明は、アメリカなどの意見がより反映された形です。
【裏切られてきたウクライナ】
ウクライナがNATO加盟を切望する理由は、過去数十年の苦い経験にあります。
▼ウクライナは、ソビエト崩壊後の1994年、国内にあった旧ソビエトの核兵器を放棄した際、アメリカ・イギリス・ロシアと「ブダペスト覚書」を交わし、この3つの国がウクライナの安全を保障することになった筈でしたが、のちにその期待は裏切られます。
▼2008年NATOは、「ウクライナが将来NATOに加盟する」と宣言しましたが、その後は何の進展もありませんでした。
▼そして、2014年、ロシア軍がクリミア半島に侵攻、一方的に併合をした際、安全を保障してくれるはずのアメリカもイギリスもこの時、行動を起こすことはありませんでした。ブダペスト覚書では「安全を保障する」の意味に使われた英単語は、関与の度合いが弱い“security assurance”でした。防衛義務が生じる“security guarantee”ではなかったのです。こうした経験をへて、ウクライナは、より確実な安全の保障のguaranteeが得られるNATO加盟を求めています。
【北大西洋条約第5条】
しかし、戦争が続いている間は、ウクライナの加盟は事実上不可能です。というのも、北大西洋条約第5条に「一つの加盟国に対する攻撃はNATO全体への攻撃とみなし集団的自衛権を行使して対処する」と定められているからです。戦争継続中にウクライナが加盟すれば、NATOは直接介入することになり戦争を拡大させる恐れがあるのです。
【ウクライナの安全を保障する新たな枠組み】
NATO加盟がすぐに実現しないなら、その間のウクライナの安全をどのように保障していくのか。この問いに対する答えの一つが、NATOの枠組みとは別に、G7=主要7か国が、NATO加盟までの間、ウクライナの安全を長期にわたって保障するというものでした。これは、G7の各国がそれぞれウクライナと「二国間協定」を結んで防衛に関する支援をしていく仕組みで、装備品の供与の他、機密情報の共有や訓練など、幅広い分野で協力が行われるとしています。
供与する兵器については、現在のウクライナを守り、将来の侵略も抑止できるように、防空システムや長距離兵器、それに戦闘機といった装備を優先するとしています。G7の一員である日本は、飛来する無人航空機を検知するシステムなど殺傷性のない装備品の供与を進めていく方針を明らかにしました。
【NATO仕様の軍隊に変貌へ】
また、NATOの首脳による共同声明にも、“複数年にわたるウクライナへの支援”という文言が盛り込まれました。この支援を通じてNATOは、ウクライナ軍の装備を旧ソビエト製からNATO仕様の兵器システムに入れ替えていくとしています。
これによって、ウクライナ軍は装備が近代化されるだけでなく、指揮や通信システムが共通化されるほか、武器・弾薬も共通化されて融通し合うことも可能になります。さらに、NATOとウクライナの協議の枠組みを格上げして「NATOウクライナ理事会」も創設されました。
ストルテンベルグ事務総長は「ウクライナはかつてないほどNATOに近くなった」と強調しました。また、当初は不満を示していたゼレンスキー大統領も「ウクライナが独立して以来初めて、NATO加盟に向けた安全保障の基盤が築かれた」と感謝の意をあらわしました。
【F16戦闘機も供与へ】
首脳会議では、今も続くロシアとの戦いへの支援策も示されました。これまでウクライナが強く供与を求めてきたF16戦闘機について、デンマークやオランダなど11の国がウクライナ空軍のための訓練をこの夏から始めることになりました。また、射程が300kmを超える地対地ミサイルATACMSについて、アメリカが供与を検討していることが明らかになっています。F16はいま行われている反転攻勢には間に合わないと見られますが、長期的には、ウクライナの空軍力を大きく向上させ、ロシアに対する一定の抑止力になるとみられます。
【地政学的変化~“緩衝地帯”の消滅】
さて、NATOの拡大によって、ヨーロッパでは地政学的な変化が起きようとしています。
ひと足先に加盟したフィンランドに続き、今回、スウェーデンが32か国目の加盟国として承認される見通しとなり、ウクライナの将来の加盟も再確認されました。この3つの国はかつて、NATOとロシアの間の「緩衝地帯」のような存在とみられていましたが、いまやその「緩衝地帯」は消滅し、NATOは、東の境界線のほぼすべてで、ロシア、またはその同盟国ベラルーシと、地理的に直接対峙する緊張状態が生まれています。
【バルト海は“NATOの海”に】
そして、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟によって、バルト海の状況にも変化が生じます。ロシア海軍の拠点もあるバルト海をNATO加盟国がぐるりと取り囲む形になり、バルト海やその周辺でNATOの抑止力が向上するとみられます。
【NATO拡大招いたプーチンのオウンゴール】
ウクライナのNATO加盟に向けた動きについて、プーチン大統領は、「国際社会にさらなる緊張を生み出すことになる」とけん制しました。プーチン大統領は去年、軍事侵攻の開始にあたって「NATOが約束を破って東方に拡大したことでロシアはやむを得ず軍事作戦に踏み切った」と自らに都合のよい言説を流布しています。NATOの拡大阻止がロシアの目的の一つだったとすれば、NATOが一層拡大している現実は、ウクライナ侵攻がプーチン大統領にとって、まさにオウンゴールだったことを示しています。
【宣言の実現は容易ではない】
見てきたように、NATOは、ロシアの脅威を強く意識し、ウクライナへの支援と、
自らの防衛態勢を強化しようとしています。しかし、戦争の長期化が予想される中で、NATOやG7の各国は、それぞれの国民を説得し、宣言した通りに強力な支援を本当に継続していけるのか、また、加盟国の間で温度差も指摘されるNATOが、揺るぎない結束を保っていけるのかも問われることになるでしょう。ロシアが中国との連携を強め、安全保障環境が一層複雑さを増している今、NATOを中心とする取り組みが、世界の安定や、自由や法の支配などの価値観を守ることにどうつながるのか、私たちも関心をもって見ていく必要がありそうです。
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