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人種の多様性に揺れるアメリカ~違憲判決の波紋~

髙橋 祐介  解説委員

アメリカ連邦最高裁の歴史的判断が波紋を広げています。人種の多様性の名のもとに大学への入学選考で黒人などの少数派を優遇してきた措置が、平等な権利を保障する憲法に違反すると言うのです。何が起きているのか?現状と課題を考えます。

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この裁判は、保守系の民間団体「公平な入学のための学生たち」が、人種を基準の1つにした入学選考によって「白人とアジア系の学生が差別を受けている」として、ハーバード大学とノースカロライナ大学を訴えていたものです。
1審と2審は原告側の訴えを退け、連邦最高裁判所で去年から審理が進められました。

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最高裁の判決は9人の判事の多数決で決まります。現在は保守派6人、リベラル派3人。“保守派優位の最高裁”は、「人種を考慮した入学選考は、国民の平等な権利を保障する憲法修正第14条に違反する」という判断を示しました。

判決文の中で、ロバーツ長官は「学生は人種ではなく個人の経験で評価されなければならない」と指摘しました。ただ、「人種が入学希望者の人格や能力に与えた影響については、大学が考慮することを禁じるものではない」として容認しました。

アメリカの大学で長年にわたり広く採用され、黒人などの人種的な少数派を優遇してきたアファーマティブ・アクション=積極的格差是正措置は、抜本的な見直しを迫られることになりました。

“自由と平等”を掲げるアメリカで、一般の大学が白人以外の有色人種にも門戸を開き始めたのは第2次世界大戦後のことでした。黒人などが高等教育を受ける機会拡大をめざす動きも、リンカーンの奴隷解放宣言から100年後、1960年代に本格化しました。

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「アファーマティブ・アクション」という言葉を使い始めた大統領は、ケネディでした。大統領令で、企業が雇用の際、「人種や信条、肌の色、出身国に関係なく積極的行動をとるよう」求めました。

黒人差別撤廃を求めるキング牧師らの運動が高まる中、ケネディ暗殺後、人種差別を禁じる公民権法が成立します。当時の大統領ジョンソンは差別禁止を具体的に規定し、それが大学の入学選考で、黒人などの少数派を優遇する措置のきっかけになりました。

少数派の優遇措置は、多数派に対するいわば“逆差別だ”とする訴訟も、たびたびありました。その都度、連邦最高裁は、条件付きで措置の継続を認めてきました。

1978年の判決は、「大学の入学選考で人種を基準の1つとすることは合憲」としましたが、「少数派に一定の枠を割り当てることは違憲」としました。

2003年の判決は「人種を考慮する措置は合憲」としながらも、「入学希望者に人種を理由に加点することは違憲」とする判断を示しました。
当時のオコナー判事は、判決文の中で「最高裁は25年後には人種優先の選考が必要なくなることを期待する」と述べ、いつまでも継続が認められるとは限らないことを示唆しました。

そして今回の違憲判決で、連邦最高裁の判断は、45年ぶりに覆されたのです。

「人種差別の撤廃」という当初の目的も、いつしか「人種の多様性の確保」という目的に置き換わりました。アメリカ国民は、現在の選考方法をどう見ているのでしょうか?

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こちらは、党派色のない調査機関「ピューリサーチセンター」が今回の判決に先だって、人種の多様性のため大学が入学選考で人種を考慮することを支持するかどうかをたずねた世論調査です。
「支持する」という答えは3分の1にとどまり、半数が「支持しない」と答えました。

人種などのグループ別に見てみましょう。
黒人で「支持する」という答えは多数を占めましたが半数には届きません。ヒスパニックは賛否同数。アジア系と白人では、いずれも「支持しない」が過半数でした。

アジア系は、人種的には少数派ですが、教育熱心な家庭で成績優秀者が多く、競争率の高い大学に入学をめざす場合、人種を考慮する選考方法で、不利になるとされています。
今回の裁判で、原告は、この点を強くアピールしました。

今度は、党派別に見てみましょう。
民主党支持層では過半数が「支持する」と答えたのに対し、共和党支持層では7割以上が「支持しない」と答えました。
大学への入学と人種をめぐる論争が、政治問題になっている背景がうかがえます。

アメリカの大学は一斉の入学試験で合否が決まるわけではありません。高校の成績や課外活動のほか、面接やエッセー、推薦状なども考慮されるのが一般的です。

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こちらの世論調査は、入学選考で考慮されるべき基準を複数回答で上から多い順に並べたものです。
高校の成績、標準テスト、課外活動などのコミュニティー参加、経済状況や身近に大学に進学した人がいるかなどの家庭環境、運動能力に続いて、人種が考慮されるべきという意見は、およそ4分の1にとどまります。

では人種が選考基準から外れたらどうなるか?すでにカリフォルニアなど幾つかの州では、人種を考慮するアファーマティブ・アクションが禁止されています。そこでは、黒人やヒスパニックの学生が、以前よりほぼ半減したケースもありました。

卒業生や大口の寄付者の親類を優遇する慣行は“レガシー入学”と呼ばれます。実態を公表しない大学も多く、今回の裁判でハーバード大学の“レガシー入学者”の70%近くは、白人だったことが明らかにされました。少数派の団体は、教育省に調査を求めています。

ただ、教育省は、連邦資金が入る大学に、入学者数などの報告を求めていますが、それは選考後のデータであり、出願の際の人種構成は集計していません。このため、公平性が保たれているかどうかは検証できないのです。

そもそも「人種の多様性のため」と言いながら、何をもって多様性が確保されたと判断できるのか?目標や基準が明確ではありません。

バイデン大統領は、今回の最高裁判決には「まったく同意できない」と批判します。

(バイデン大統領の発言 6月29日/ホワイトハウス)
「この最高裁判決で終わらせてはならない/アメリカとは何かを変えることは出来ない/アメリカとは世界に類のない理念だ/希望と機会、可能性を誰もが公正に与えられる」

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バイデン大統領は「多様性こそがわれわれの強みであることを忘れてはならない」として入学希望者の経済状況や人種差別を含めた逆境を考慮する「新たな基準」を導入するよう大学に呼びかけています。
黒人などの少数派には今なお“構造的な差別”があるとして、そうした差別解消に向けて、民主党は、多様性(Diversity)、公平性(Equity)、包括性(Inclusion)という3つの英語の頭文字から“DEI”の社会づくりをめざしたいとしています。

これに対して、共和党のトランプ前大統領は、今回の判決は「誰もが待ち望んでいたものだ」と歓迎し、大学の入学選考は「実力主義であるべきだ」としています。
来年の大統領選挙に立候補しているインド系のヘイリー元国連大使も「勝者と敗者を人種で決めるのは根本的に間違っている」と指摘します。
フロリダ州のデサンティス知事は、民主党がめざすDEIとは、実際には差別(Discrimination)、排除(Exclusion)、洗脳(Indoctrination)の頭文字に他ならないと批判し、州内の公立大学で多様性教育を禁じる州法を署名・成立させました。

両党の対立は激しくなる一方です。

アメリカでは、企業が雇用の際、人種を考慮することは法律によって禁じられています。大学は、教育や研究と同時に、次の世代のリーダーを企業や社会に輩出する場ですから、人種の多様性をめぐる大学の変化は、社会の変化にもつながります。
連邦最高裁の歴史的判断は、そうした変化のきっかけの一つになるかも知れません。


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