東北と北陸の梅雨入りが発表されました。今月初めには一部で記録的な大雨となりました。
大雨のたび繰り返される河川の氾濫や決壊。いま被害を少しでも減らそうと、新たな取り組みが始まっています。
今回は梅雨の時期を迎えて、河川の防災対策の最前線と課題を解説します。
【相次ぐ河川の決壊】
今月2日から3日にかけて西日本と東日本で「線状降水帯」が相次いで発生し、記録的な大雨になりました。静岡県磐田市では敷地川の堤防が決壊して川の水があふれました。
2019年の台風19号では、総雨量が多いところで1000ミリを超え、国や自治体が管理する河川は、実に142か所で堤防が決壊しました。浸水被害は3万棟。死亡した人は100人を超えました。
【大雨と堤防のいたちごっこ】
この堤防の決壊による浸水被害、毎年のように各地で起きています。
堤防はどのようにして壊れるのでしょう。その一例です。
川の水が増えると、やがて堤防からあふれる「越水」が起きます。このあふれた水で堤の土が徐々に削られて、最後は一気に水が川の外へ流れ出ます。台風19号で決壊した堤防の86%は、この越水が原因でした。
堤防は一度決壊すると、越水よりはるかに大量の水が流れ出て、被害が広がります。しかも川の水位が下がるまで水を止めることは難しいということです。
これを防ぐにはどうすればよいのでしょう。
もちろん物理的には堤防をどんどん高くして、川底を次々掘り下げ、上流にたくさんダムを造れば、どれだけ猛烈な雨が降ってもあふれ出ず、決壊を防ぐことはできるでしょう。
しかしこれでは、際限がありません。現実にはそれだけの予算はなく、巨大な堤防やダムばかりになれば、市民生活や周辺の環境にも大きな影響をもたらしてしまいます。
【「粘り強い堤防」という考え方】
そこで、いま国が検討を進めているのが、「粘り強い堤防」という新たな考え方です。
聞きなれない言葉です。台風19号の被害を受けて国土交通省の報告書に盛り込まれ、現在も国の会合で専門家による技術の検討が続けられています。
この「粘り強い堤防」とは何でしょうか。堤防は多くの場合、土を積み上げて作られ、樹木や草で覆われています。
国土交通省は、こうした堤防が越水してから損傷や決壊まで、どのくらい時間がかかるか調べました。
3時間以内で54%(越流水深30センチ以下)。5時間以内では63%(越流水深50センチ以下)が損傷または決壊していました。つまり半分の堤防は、あふれ出てから3時間以内しか「もたない」ということです。
「粘り強い堤防」は、堤防を高くするのではなく強化することで、この決壊までの時間を少しでも長くしようという考え方です。水があふれてから決壊まで、1時間でも2時間でも伸ばし、住民の避難の時間を確保しようというわけです。
これは「氾濫させない」という河川防災と違い、いわばあふれ出ることを前提としている点で、これまでとまったく異なる考え方です。
【「粘り強い堤防」とはどんなものか】
ではその「粘り強い堤防」とはどのようなものか。
つくば市の国土技術政策総合研究所には、実物大の堤防が作られています。表面にコンクリートのブロックを並べて連結させています。
ブロックが鎧のように表面を覆い、決壊しにくくなるということです。
実際に工事が行われた現場を訪ねました。新潟県の信濃川下流にある燕市の大河津分水路です。ここは4年前の台風19号で観測史上最も高い水位を記録しました。
実際の4年前の映像です。氾濫危険水位を1メートル近く超え、線路の鉄橋や堤防ぎりぎりまで水位が上がりました。危険な状態は、半日も続きました。
よく見ると、線路がある場所は、堤防が低くなっています。
堤防を高くするためには、線路や鉄橋も高くする必要があります。そこでこの台風の後、堤防を高くするのではなく、周辺200メートルの範囲で、「粘り強い堤防」のパイロット事業が行われています。
すでに土がかぶせられていますが、この30センチ下にはコンクリートのブロックが敷き詰められています。高さは変わっておらず、一見すると周辺と違いは分かりません。
国土交通省北陸地方整備局信濃川河川事務所の福島雅紀所長は「線路が走っていて低いところがあるため、洪水で超えてしまうかもしれない。そういう時に越水しても少しでも粘り強く堤防が壊れるまでの、時間を稼ぐ取り組みを行っている」と話しています。
大河津分水路では「粘り強い堤防」だけではありません。現在、“令和の大改修”として、川幅を広げるなどの工事を進めています。
国の報告書も、河川の水位を少しでも下げるという大原則は維持しつつ、危機管理対応として、粘り強い堤防も実施すべきだとしています。
【今後の課題は】
では、今後の課題はなんでしょうか。
堤防の強化は、かさ上げやダムより費用はかかりません。しかし国が管理する河川だけでもその長さは1万1000キロ、すべてで対策は不可能です。
越水を繰り返した場所や過去に決壊した場所、そして住民への大きな被害が懸念される場所などを「選択」することが必要になります。
メンテナンスも課題です。20年、30年たったときに、コンクリートの下の土が侵食されるなどして強度が低下していないか、検証していくことが求められます。
そして一番の課題は住民の意識でしょう。
この粘り強い堤防が、水があふれ出ることを前提とした対策であることを、住民に理解してもらう必要があります。また、決壊するまでの時間を稼ぐことができても、「決壊しない堤防ではない」ことも知ってもらう必要があります。
つまり、堤防が新しくなっても、浸水しないわけでも決壊しないわけでもない。そして、自治体の情報に注意し速やかに避難することは、これまでと何ら変わらない。
そのことを、認識してもらうことが大切です。
【中小河川の注意点は】
今回の新たな堤防は、国が管理する大規模な河川についてです。
では、自治体が管理する特に中小の河川の場合、どういう点に気をつければ良いでしょうか。
中小の河川は堤防が整備されていないところも数多くあります。川幅が狭いため、雨が降れば一気に水位が上昇する傾向があります。さらに水位があがった本流に注ぎ込めず、本流よりさきに氾濫し被害をもたらすことがあります。
実際に私が取材した台風19号の被災者の方も、大きな川は氾濫しておらず、雨も弱まったので安心して休んでいたら自宅脇の小川が一気にあふれたと話していました。
中小の河川では急速に事態が悪化する恐れがあります。近くに住む人は速やかに避難できるよう心がけてください。
【梅雨への備えを】
これからは湿った空気が流れ込んで、特に前線の活動が活発になりやすい時期です。
国も河川防災への取り組みを進めていますが、どのような対策をとったとしても、住民一人一人の速やかな避難が、命を守るためにもっとも重要であることは、変わりません。
梅雨を迎えた今、改めて大雨への備えと、いち早い防災行動を心がけましょう。
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