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改正入管法成立 残された課題

二村 伸  専門解説委員

外国人の収容のあり方を見直す入管法、「出入国管理および難民認定法」の改正案がきょう9日、参議院本会議で可決、成立しました。

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この法案をめぐっては野党や市民団体はじめ国際社会からも人権上の問題点が指摘されていました。収容と送還に関する制度の何が変わるのか、また内外の批判の声にどう応えていくのか考えます。

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まず改正された入管法の主な内容です。
▼難民認定の申請中はこれまで送還が認められていませんでしたが、3回目以降の申請者については「相当な理由」を示さなければ本国への送還が可能になります。
▼また、難民には該当しないものの紛争などから逃れて来た人を「補完的保護」の対象者として受け入れます。
▼送還を妨害した人などに対する罰則も設けられます。
▼「監理措置」は収容の代わりに監理人と呼ばれる入管庁が認める団体や弁護士の監督のもとで生活する制度で、収容される人も3か月ごとに監理措置に移行するか見直しが行われます。

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改正案をめぐっては与野党が激しい論争を繰り広げてきました。
最初に国会に提出されたのはおととし2月です。入管施設での収容期間の長期化が大きな問題となり、政府は迅速な送還のために法案の成立をめざしましたが、名古屋の入管に収容されていたスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが十分な治療を受けられずに死亡したことをきっかけに入管への批判が強まり法案の採決は見送られ、衆議院の解散によって廃案になりました。そしてことし3月、2年前とほぼ同じ内容の法案が国会に提出されきょう参議院本会議で可決・成立しました。

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争点となったのは3回以上難民申請をした人の送還を可能にする措置です。
入管庁は難民でない人が送還を免れるために申請を繰り返す、いわゆる「濫用」を防ぐためだとしています。これに対し、支援の弁護士や市民団体は、日本では1回や2回の申請で難民と認定されるケースは極めて少なく、3回以上の申請者を振り落とせば本当に保護を求めている難民を見落としかねないと反対してきました。実際に複数回の申請者が難民認定されたケースも少なくありません。

日本の難民認定率はこのように先進国の中では極端に低く、他の国で認定されるケースでも日本では認定が難しいのが実情です。それだけに日本で難民申請中の人を送還すれば祖国で迫害を受ける恐れが否定できず難民条約をはじめとする国際法違反だと国連機関や専門家は指摘しています。

さらに国会での審議を通じて問題が次々と浮上しました。

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▼1つは、法改正の根拠とされた「濫用」の事実が揺らいだことです。難民認定手続きでは最初の審査で認定されず不服申し立てをした人に対し難民審査参与員が難民に該当するかどうか審査し意見書を提出します。参与員は入管庁が委託した大学教授や弁護士など有識者111人がつとめていますが、2021年に国会に参考人として出席した参与員が「難民をほとんど見つけることが出来ない」と述べ、入管庁はこの発言を3回目以降の申請者の送還の根拠としてきました。この参与員はおととしと去年の2年間だけで審査全体の2割にあたる2600件を担当していたことも明らかになりました。
これに多くの参与員が疑問を呈し、記者会見に出席した複数の参与員は、審査した外国人の「10%以上を認定すべきだと判断した」と反論しました。審査件数も年に40件ほど、少ない人は数件だということで1人の参与員に審査が集中していた実態が浮かび上がりました。難民認定率が低いのは日本に難民がいないのではなく入管に都合の良い参与員を偏重し公平な審理が行われていないためだと支援の弁護士らは話しています。

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▼2つ目の問題は入管の医療体制です。入管庁は法案の成立に向けて医療体制を整備し、4月にも国会で5か所の入管に常勤の医師を配置していると説明しました。ところがそのうちの大阪入管では今年1月医師が飲酒して診療を行ったことがきっかけでそれ以来常勤の医師が不在となっていたにもかかわらず公表はされませんでした。
▼各地の入管で毎月送還する数を設定しノルマとしていた実態も判明しました。
こうした様々な問題に対し入管庁は十分な説明をしていません。法律が改正されてもこれで終わらせず丁寧な説明とともにさらなる改革に取り組んでほしいと思います。

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入管法が制定されてから70年以上たち、多くの外国人が日本で暮らすようになり、これまでのやり方では対処できないと入管庁は法改正の必要性を説明しています。改正は必要ですが、問題は迅速な送還を最優先し人権上問題があると内外から指摘されてきた収容や難民認定制度の抜本的な改革に手をつけていないことです。
今年4月国連人権理事会の特別報告者は、司法の審査もなく、無期限の収容は国際人権法に違反しているとして日本政府に改正案の見直しを求める共同書簡を公表しました。
これに対し斎藤法務大臣は「書簡は法的拘束力がない」としたうえで、「一方的な見解の公表に抗議する」と一蹴しました。しかし、日本の入管制度に対しては、これまでも国連の人権条約機関から再三改善を求められてきました。人権と民主主義、法の支配を標榜する以上国際法を軽んじていては日本の信頼を損ないかねません。
国際法が専門の明治学院大学の阿部浩己教授は「国際社会の懸念を払しょくし、人権の分野で日本が指導力を発揮するためにも国連自然理事会との対話が必要だ」と述べています。阿部教授はまた、「今回明るみになった様々な問題を解消するために運用面での改善が早急に求められる」と指摘しています。

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では、具体的に何が必要でしょうか。
▼まずは、ブラックボックス化していると言われる難民認定手続きと収容から送還までの過程をオープンにし、透明性のある入管行政が望まれます。
▼それには難民認定基準の明確化とともに難民審査への代理人の立ち合いを認めるなど国際水準に近づけることが必要です。
▼また、今回難民審査参与員の問題も浮上しました。難民の審査は慎重さと公平性が求められ参与員の在り方も問われています。

もちろん日本を訪れる外国人は日本のルールに従わねばならず、在留資格を得て暮らすことが前提です。ただ、在留資格のない人たちの中には勤め先が倒産したり、突然解雇されたりして在留資格を失った人、離婚により配偶者の資格を失った人など刑事事件を起こしたわけではない人が大半です。また、退去を命じられた人の9割以上は速やかに帰国しており、送還を拒んでいる人の多くは日本人の配偶者がいる人や日本で生まれ育った子どもを抱えた人たち、祖国に戻れば身の危険がある人たちなど帰るに帰れない事情を抱えた人たちです。
斉藤法務大臣は9日、「ルールを守らない外国人を放置すれば共生社会実現の障害となりかねない」と述べました。しかし、在留資格がないという理由だけで有無を言わせず突き放すのでは寛容で多様性のある共生社会は望めないのではないでしょうか。在留資格のない非正規滞在者も含めてすべての人の人権が尊重されなければならない、それが今の国際ルールだと言われます。国際社会から信頼される国であるために私たちも変わらなければならないと思います。


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