核兵器大国ロシアがウクライナに軍事侵攻し、北朝鮮は核・ミサイル開発を加速させています。世界は核の脅威に直面しています。被爆地広島で初めて開催されたG7首脳会議は核をめぐる危機に歯止めをかけることはできるのでしょうか。朝鮮半島担当の出石委員とともに考えてみます。
石川)核兵器がいかに非人道的な兵器か、広島の原爆資料館は明確に示しています。
元気だった子供の写真、そして焼けた服の数々、焼けた三輪車
被爆の実相を示す様々な展示を見た後、本館の窓から平和公園の広い空間が慰霊碑、原爆ドームに向けて開けており、多くの人はそこで言葉を失い立ち尽くします。
今回、首脳たちが何を見たのか明らかにされていません。原爆を投下したアメリカなど核保有国を含むこれだけの首脳が原爆資料館を訪れたのは初めてのことで、被爆の実相に触れたことは成果です。ただ、核をめぐる状況は、ロシアが核の威嚇を繰り返す中、厳しさを増しています。
出石)北朝鮮の核開発については、完全で検証可能かつ後戻りしない核の放棄を求めることで一致しました。しかしそれをどうやって実現するのか具体的な道筋は示されませんでした。核兵器のない世界の実現を目指すのであればすぐにでも手をつけなければならないこの問題が、お題目だけで終わってしまったという印象は否めません。
石川)G7では核軍縮に絞った初めての成果文書「広島ビジョン」で合意しました。
★すべてのものの安全を損なわれない形での核兵器ない世界への関与
★ロシアによる核の威嚇および使用を許さない
★中国に核の透明性を求める
★北朝鮮に核放棄を求める
★抑止力としての核の役割を再確認
私は核兵器の非人道性についてどのように書き込まれるのか注目していました。
「原爆投下の結果として広島および長崎の人々が経験したかつてない壊滅と極めて甚大な非人間的な苦難」を想起すると書かれています。
核兵器の非人道性をほぼ認めていますが、非人道性という用語はぎりぎりで避けています。人道に反する兵器ということを認めてしまえば、使えない兵器となり核抑止力を損なうと核保有国は懸念しているからです。非人道性を明記した核兵器禁止条約との違いがあり、その違い乗り越えることはできませんでした。
核抑止力については、「核兵器はそれが存在する限り、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、戦争及び威圧を防止すべき」と明示する一方、具体的な核軍縮の道筋は示されませんでした。
今、ウクライナに軍事侵攻する核大国ロシアの核使用を如何に抑止するのかという差し迫った課題への対処が色濃く反映した文書といえます。
ではプーチン大統領による核の威嚇の危険性をみてみましょう。
▽戦略核兵器を中心に核戦力の即応態勢を高めること、
▽ロシアの領土の一体性を守るためには核使用の可能性を排除しないこと
二種類の威嚇を繰り返しています。許されないことです。
目的は、一つは、アメリカなどの直接のウクライナへの軍事介入を阻止すること、もう一つは、ロシア領土への攻撃を抑止することです。
アメリカの直接の介入阻止という点で、威嚇は効いているが、効果は薄れていると言えます。アメリカは、ロシアが核使用する可能性は低いと見切り、広島で同盟国がF16の供与することを認めるなど軍事支援の質と量を強めています。ロシアとしても脅しの鎌は振り上げたものの、核大国のアメリカとの直接の戦争は避けたいのが本音です。戦火が燃え上がるウクライナで、米ロのそれぞれの核抑止がぎりぎりで効いているともいえるのです。
今、懸念されるのはロシアが一方的に併合した占領地、特にクリミア半島が戦場となった場合、プーチン大統領が戦術核兵器の使用に踏み切る恐れです。ウクライナのゼレンスキー大統領は公正な平和を掲げ、クリミアを含む領土の奪還を目指し、反転攻勢を始めようとしています。アメリカもその目的を支持しています。ただウクライナの反転攻勢が成功し、クリミアが戦場となり、追い込まれたプーチン大統領が核使用に踏み切らないとは言い切れません。アメリカは正義の追求と核戦争の回避という難しい課題に直面しています。
広島G7では、「いかなる場合でも核使用は許されない」とのメッセージをロシアに明確に伝えました。ロシアの核使用のハードルを上げる重要な一歩です。それとともにアメリカは、力だけでなくロシアとの戦略対話を続け、核使用を防ぐ責務があります。
出石)核による威嚇と抑止が微妙なバランスで併存しているのは朝鮮半島も同じです。
北朝鮮の核開発には2つの目的があります。ひとつは戦略核兵器、ICBM=大陸間弾道ミサイルによるアメリカ本土への核攻撃です。しかし実際に使用される可能性は限りなくゼロに近く「抑止力としての核」つまりアメリカ本土を核攻撃できる能力を備えることで、アメリカからの攻撃を防ぐことを目的にしたものと考えられます。
一方、戦術核兵器は、韓国軍や在韓米軍基地などへの核攻撃を想定したもので、南北間で軍事衝突が起きれば実際に使用される可能性が高いとされています。
北朝鮮は去年秋、戦術核運用部隊による弾道ミサイルの発射訓練を行ったことを明らかにしており、この戦術核兵器の実戦配備を進めているものとみられます。
懸念されるのは、北朝鮮が核兵器を使用するハードルを下げてきていることです。
これまで北朝鮮は「敵対勢力による侵略や攻撃が行われた場合の報復手段」としていました。ところが去年9月になってこれを改め、「国家指導部や重要な戦略拠点に対する軍事攻撃が行われたか、あるいは差し迫っていると判断された場合には核兵器を使用することができる」としたのです。これは、実際の攻撃はなくても「差し迫っている」と北朝鮮が判断すれば核兵器による先制攻撃が行われる可能性があることを強く示唆しています。
一方、去年発足した韓国のユン・ソンニョル政権は、北朝鮮のミサイル発射の兆候を探知してこれを先制攻撃する「キルチェーン」と呼ばれるシステムの強化を進めています。先月行われたバイデン大統領との首脳会談では、北朝鮮による韓国への核攻撃があれば「迅速かつ圧倒的な対応を行う」ことを確認、▽核戦略計画について議論する「核協議グループ(NCG)」の設立や、▽朝鮮半島での核抑止力強化を図るための共同演習、▽核兵器を搭載できるアメリカ軍の原子力潜水艦の韓国派遣も決まりました。
“北朝鮮の核には核で対抗する”という姿勢を強めてきているのです。
アメリカが韓国に核の傘を提供していることで北朝鮮の暴発を抑えているという側面もありますが、南北間の対話が途絶えている中で、どちらかが情勢判断を誤り疑心暗鬼になって先制攻撃を仕掛ければ、核兵器の使用につながりかねない危険性をはらんでいます。
石川)冷戦時代よりも予測不能な危険な核の脅威に直面する時代に入ろうとしています。このままでは抑止力の強化だけが進むことになりかねません。米ソ冷戦の1980年代、指導者レーガンとゴルバチョフは核廃絶という理想を掲げることで、厳しい現実に突破口を見出し、核軍縮につなげました。「核廃絶の理想」をきれいごとのスローガンではなく、現実政治の中に活かしていくことが、いま求められているように思います。
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