被爆地・広島で開かれたG7サミット。ウクライナ情勢や核軍縮が大きなテーマとなり、ゼレンスキー大統領も参加しました。議長を務めた岸田首相は「歴史的な意義があった」と成果を強調しましたが、多くの課題に実効性のある解決策を示せたのでしょうか。また、欧米各国はどう評価しているのでしょうか。
権藤)二村さんは今回広島でサミットを取材してどう受け止めましたか?
二村)原爆慰霊碑での首脳らの祈りから始まり最後はウクライナのゼレンスキー大統領が連帯と平和を訴えて終わるという印象に残る演出でした。サミット取材は今回が10回目でしたがこれほどメッセージ性が強く議長国の思いが反映された会議はなかったのではないでしょうか。G7の影響力は相対的に低下し、アメリカのトランプ前大統領時代にはG7内の亀裂が深刻でしたが、国際秩序が揺らぎかねない危機に直面したことで存在意義が見直され結束を固めることができたと思います。
権藤)今回のサミットの成果をまとめた首脳宣言には▼法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守り抜くことや▼ウクライナ支援の継続▼「核兵器のない世界」への取り組み▼「グローバル・サウス」とも呼ばれる新興国や途上国との関係強化などが盛り込まれました。
このうち最大のテーマとなったのはウクライナ情勢でしたが、二村さんはどうみましたか?
二村)ゼレンスキー大統領が広島に来たこと自体が結束と連帯の最大のアピールでした。
ウクライナに関する首脳声明では、ロシアの侵略を▼最も強い言葉で非難し、▼即時かつ無条件の撤退を求めた上で、▼ロシアの制裁逃れを防ぎ、第三国の関与を奨励するとして制裁に参加していない国々の協力を求めました。今回招待されたインドやベトナム、インドネシアなどはロシアから武器を購入し制裁にも参加していません。そうした国々の協力を引き出すことができるかが今後の課題です。
アメリカがヨーロッパの同盟国が保有するF16戦闘機の供与を容認したことはウクライナにとって大きな成果です。また日本政府はサミット直前に負傷したウクライナ軍兵士を東京の自衛隊病院で受け入れる方針を発表しました。ヨーロッパではない日本がこれほど積極的に戦争の当事国を支援することは、以前は考えられませんでした。欧米諸国はこれまで国際政治の場では影の薄かった日本が一歩踏み込んだと評価しています。
権藤)サミットでは、中国への対応も焦点の1つでした。
首脳宣言では「抑止と協調」を両立する姿勢を鮮明にしました。
海洋進出を強める東シナ海や南シナ海の状況には深刻な懸念を表明し、力や威圧による一方的な現状変更の試みにも強く反対するとしています。また、中国が台湾への軍事的圧力を強めていることを踏まえ「台湾海峡の平和と安定の重要性を再確認し、両岸問題の平和的な解決を促す」と盛り込みました。台湾問題では、4月にフランスのマクロン大統領が米中の対立から距離を置く考えを示しG7の足並みの乱れも懸念されていただけに、台湾への姿勢で結束を表明できたのは一定の成果だと思います。
一方で、気候変動対策などグローバルな課題では中国と協力し、建設的で安定的な関係を構築するとしています。
二村)首脳宣言では「デカップリング=切り離しではなくデリスキング=リスクの低減が必要」と明記されました。中国切り離し、封じ込め戦略ではグローバルな問題は解決しない、かといって中国への過度の依存は経済安全保障上危険であり、リスクを抑えながら協力関係を維持するという発想です。中国に強硬だったアメリカと違い、ヨーロッパは中国を脅威ととらえながらも経済関係を重視し気候変動対策などでは協力が必要だとの立場をとり、デリスキングを唱えてきました。「抑止と強調」は、そうしたヨーロッパや日本の立場を踏まえた現実的な対応であり、中国と友好的な国が多いアジアやアフリカなどいわゆるグローバス・サウスへの国々への配慮もうかがえます。しかし、首脳宣言に対する中国外務省の強い反発を見ると「協調」は容易ではなさそうです。
権藤)広島が地元の岸田首相がこだわったのが、G7や招待国の首脳らが原爆資料館を訪れ被爆の実相に触れることで、訪問後「核兵器のない世界への決意を世界に示す観点からも歴史的なことだった」と振り返りました。そして核軍縮に焦点をあてた初めての声明「広島ビジョン」をまとめ、ロシアによる核の威嚇を非難するとともに中国の核戦力増強への懸念を示し核保有国に透明性の向上を求めることなどを盛り込みました。狙いは停滞している核軍縮の機運を高めることです。
そのために日本政府は、核保有国も加わる国際的な枠組み、NPT=核拡散防止条約の体制を堅持し着実に動かしていきたい考えです。ただ、岸田首相が初めて出席した去年8月の再検討会議ではロシアの反対で最終文書を採択できずに決裂しました。一方、政府は、被爆者らが求める核の保有などを禁止する「核兵器禁止条約」には後ろ向きで、ことし11月の締約国会議にオブザーバーとして参加するかどうかも明らかにしていません。核保有国が参加しておらず、日本がアメリカの「核の傘」に依存していることも背景にあります。岸田首相は「核保有国を動かさないと意味がない」との考えですが、ロシアや中国をどう動かしていくのか。安全保障環境の悪化を受けて西側でも核抑止力を強化する動きが広がるなか、核軍縮への現実的な道筋をどう描いていくのか問われています。
(二村)G7でも核兵器を保有する3か国以外にドイツ、イタリアは核兵器を自国領土に保管する核の共有国です。核軍縮への決意を各国首脳が示したことは意義がありますがそれで現状が変わるわけではありません。G7各国の具体的な取り組みが十分示されなかったという不満の声も広島で聞かれました。
(二村)サミットではグローバル・サウスとの関係強化も大きなテーマとなり、気候変動や食糧問題などでG7が結束して支援を強化する方針が示されました。
G7はこれまで民主主義と自由を世界の普遍的な価値観だとして新興国や途上国にもそうあるよう求めてきました。しかしロシアの侵略に非難の声を上げない国が少なくない現実を目の当たりにし、これまでの上から目線のやり方では同調を得られないことを学びました。
世界全体を見回しても完全な民主主義の国は少数派です。この地図の緑が濃いほど民主主義、黒に近づくほど独裁主義の強い国ですが、誰もが民主主義を望んでいるわけではありません。新興国や途上国の声に耳を傾け、それぞれの事情に適した対応が求められます。日本は近年東南アジアやアフリカの国々と「対等のパートナー」として向き合ってきました。アフリカで旧宗主国のヨーロッパとは異なる日本の接し方が1つのモデルになるのではないでしょうか。
国際秩序が揺れ動く中で開かれたG7サミットが日本にとっても転機となるのか、これがゴールではなくサミット後のありようが問われています。
権藤)今回、G7の結束は打ち出せたと言えるものの、東アジアや、グローバル・サウスにどこまで理解と協力を広げられるかは不透明です。サミットは閉幕しましたがG7議長国としての役割は年末まで続きます。日本政府は各国との対話を重ねるなど課題の解決に資する取り組みを粘り強く続けていく必要があります。
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