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G7広島サミット インドの外交戦略とは どう引き寄せるか

小林 潤  解説委員

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G7広島サミットでは被爆地・広島を会場にウクライナ侵攻や経済、食料・エネルギー問題、核軍縮など地球規模の課題について首脳間の討議が行われました。
サミットにウクライナのゼレンスキー大統領が対面で出席し、サミットへの注目度はより高まりました。
今回のサミットには主要7か国に加え、招待国として「グローバル・サウス」とも呼ばれるアジアやアフリカなどの新興国や途上国も参加しました。
G7として、そうした国々をどう引き寄せるのか、その代表格とされるインドに注目が集まっています。
したたかともいえるインド独特の外交戦略とその狙いをひもといていきたいと思います。
            
【不可解にも見える外交姿勢】

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最近のインドの外交姿勢を振り返ってみますと、一見不可解ともとれる動きが相次いでいます。
ウクライナ侵攻をめぐってはロシアを非難する国連の決議で棄権を続けましたし、欧米の懸念をよそにロシアから原油や肥料を輸入し、ロシア寄りともとれる姿勢を崩していません。同時に、日本、アメリカ、オーストラリアとの4か国の枠組み「クアッド」に参加し軍事や安全保障などの面での協力を深めています。
一方で、国境近くでは中国と小競り合いも起きるなど今も厳しく対じしています。
こうした動きをみていますと、欧米やロシアなどとの対立構造が鮮明になるなか、いったいインドはどちらを向いているのか?という疑問がわいても不思議ではありません。
インドは、ことし中国を抜いて人口がおよそ14億2800万人と世界最大となる見通しで、モディ首相は自らを「世界最大の民主主義国」と称し、その意味でインドは民主主義国の側とみなされるわけです。

【あらゆる国に関与「全方位外交」とは】
一見、基軸がない、ばらばらにも見える外交姿勢ですが、インドはいずれか一方の側につかない、したたかな外交戦略をとっています。これが「戦略的自立」とよばれる考え方です。

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「戦略的自立」は、世界のあらゆるグループ、経路を通じてインドの国益を最大限追求していくという「リアリズム外交」とも呼ばれるものです。
2000年代に入ってインドで公式に言われるようになりました。もともとインドは冷戦期を通じて東西どちらの陣営にも属さない「非同盟」と「外交的な自立」に重きを置く方針をとってきました。ただこうした他国への関与を下げる政策は、世界の発展に背を向けることにもつながり、経済成長の機会を逃し中国に後れを取ったことや、対立する隣国パキスタンの台頭を許すなど外交的な失敗の要因にもなったと指摘されています。
そうした反省から、世界のグローバルパワーにより積極的に関与していこうという発想で出てきたのが「戦略的自立」です。

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それを具体化するのが「戦略的パートナーシップ関係」です。これは頻繁でより親密な首脳間の交流など、単なる友好国を超えた2国間関係のことです。インドはアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本、オーストラリア、ロシア、中国、南アフリカ、インドネシア、ブラジルなどとの間で結んでいます。日本とは「特別戦略的グローバルパートナーシップ」といってさらに格上げした関係となっています。
2国間関係以外でもインドが参加する国際的な枠組みは「クアッド」、ブラジルなど新興5か国の集まり「BRICS」、さらには中国とロシアが主導する上海協力機構もあって重層的なものになっています。いわば「全方位」で複数の大国との関係を築いていることが、一見、不可解な外交姿勢につながっているのですが、世界情勢が混とんとする中で、傍観者にならずに常にルールの決定や形成に関与し、どのような状況でも国益を損なうことがないようにするというインド特有の外交方針が表れているといえます。

【”第3極”の盟主になるか】
近年のアメリカと中国の対立、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大、ロシアによるウクライナ侵攻など国際情勢を大きく揺さぶる出来事が相次ぐ中、インドの外交姿勢に変化も見えています。

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それは「グローバル・サウス」とも呼ばれる新興国や途上国の代表格としてのふるまいです。
ことし1月にインドがアジアやアフリカなどの新興国や途上国120か国以上に呼びかけてオンラインで開いた「グローバル・サウスサミット」でモディ首相は、「皆さんの声はインドの声であり、皆さんの優先事項がインドの優先事項になる」と述べ、インドがこれらの国々全体の利益を代表して国際社会に訴えていく考えを示しました。またジャイシャンカル外相は、ウクライナ侵攻に伴う燃料、食糧の価格高騰などグローバル・サウスが直面する諸問題を取り上げ、「いくつかの大国が自分たちの利益だけに焦点を当てている」と非難しました。こうした発言は、世界で権威主義的な国々と民主主義国の対立が鮮明になるなかで、インドがいずれの陣営にも属さない中間的な立場、いいわば「第3極」をけん引する姿勢を示したものとも受け止められました。
かつて冷戦時代にアジアやアフリカ、中南米などの新興国や途上国が「第三世界」と呼ばれたことがありましたが、そのころに比べますとインドの国際社会での存在感は、政治的にも、経済的にも増し、大国としての自信を深めていることが背景にあります。

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3年前、私がインドに駐在していた時、その片鱗を感じさせる出来事がありました。当時、インドでも新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大によって多くの死者が出るなど悲惨な状況におかれていました。そうした中でも、インドはワクチンの製造が盛んなワクチン大国として国際的なワクチン分配プログラムや近隣諸国などに多くのワクチンを提供していました。これは中国のワクチン外交に対抗するという意味合いもあったのですが、世界的な課題にプレーヤーとして積極的に関与していくというインドの外交姿勢として象徴的な出来事のように見えました。

【インドをどう引き寄せていくのか】

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G7メンバーの主要7か国は同じ価値観を共有し、地球規模の様々な課題に一致した行動を取ることができる素地があるといえます。
しかし、インドをはじめとした「グローバル・サウス」とも呼ばれる国々は国益が多様で、ひとつにまとまるのは容易ではありません。
その代表格としてふるまい、G20議長国として先進国とこれらの国々との橋渡しの役割を担っていくインドの重要性は増しています。
またインド単独でも、ウクライナ侵攻をめぐるロシア寄りともされる姿勢はどうなるのか、核軍縮や不拡散といったテーマに事実上の核保有国としてどう臨むのか、さらに対中国ではG7との連携を見せるのかなど、多くの焦点があります。
あらゆるテーマで存在感を増しているインドをG7としてどう引き寄せていくのか、議長国であり、長年インドと友好的な関係を維持してきた日本としても手腕が問われることになると思います。


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