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好調な企業決算 求められる賃上げの継続

今井 純子  解説委員

大企業の昨年度の決算がほぼ出そろい、様々な風が吹き荒れた中、全体で、過去最高益を更新したとみられています。一方、この先には、新たな不安の影が広がっています。物価の上昇が続いている中、企業が賃金を上げ続けるには、どうしたらいいのでしょうか。この問題について考えてみたいと思います。

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【昨年度の結果】
(日本経済に吹いた追い風と向かい風)
まず、今年3月までの昨年度。日本経済を取り巻いた環境を振り返ってみますと、頭の上を覆っていた、新型コロナの黒い雲の合間から、少しずつ光が広がりました。行動制限が緩和され買い物や旅行に行く人が増えましたし、政府が水際対策を緩和した去年の秋以降、海外からの観光客も急速に回復しました。
ただ、この一年、大きな向かい風も吹き荒れました。ロシアによるウクライナ侵攻などによって資源価格が高騰。アメリカが金利を上げた影響などで急激に進んだ円安も加わって、幅広い輸入品の価格が上がり、企業や家計にとっては、コストや出費が大きく膨らむ要因となりました。

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(大企業の決算結果)
こうした風の中、主な大企業の昨年度の決算の結果です。
▼ 赤字が続いていた航空や鉄道、ホテルでは、3年ぶりに黒字に転換する企業が相次ぎました。デパートも回復。高級ブランド品や時計など高額品の販売が好調で、三越伊勢丹ホールディングスは、純利益が前の年度の2.6倍。伊勢丹新宿本店では、売り上げが過去最高となりました。
▼ 一方、資源価格の高騰で、電力大手は軒並み赤字に転落。また、トヨタ自動車は、コストの増加が、円安の恩恵を上回ったことなどで、4年ぶりの減益。ニトリホールディングスも、海外で生産した家具を輸入するコストが増えた影響で24年ぶりの減益となるなど、減益に転じる企業も相次ぎました。

(全体では過去最高益)
今週までにほぼ出そろった大企業の決算のまとめでは(SMBC日興証券)、前の年度と比べて1.9%の増益。全体として、2年連続で過去最高益となったとみられています。資源価格の高騰や円安によるコストの急増、という大きな向かい風が吹き荒れた中で、健闘したという声があがっています。

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(値上げで業績を支えた面も)
では、なぜ、向かい風の中、利益を支えることができたのでしょうか。ここ数年、IT化など事業の見直しで、徐々に稼ぐ力をつけるグローバル企業が増えてきていることに加え、今回、背景の1つとして指摘されているのが、値上げの広がりです。昨年度、売上高を見てみますと、2けたの増加と、利益と比べて大幅に増えています。幅広い産業で、コストが上がった分、あるいはその一部を、製品やサービスの価格に転嫁して、逆風の影響を減らす企業の動きが相次いだからです。

(家計にとっては負担増 求められる賃上げの継続)
ただ、それは、値上げの分、家計の負担が増えたということでもあります。確かに、企業は昨年度の高い業績を背景に、今年の春闘で、およそ3.7%と、30年ぶりの高い賃上げに踏み切りました。ただ、それでも物価上昇の勢いには追い付いていません。今年度、さらに、値上げに踏み切る動きも相次いでいます。それだけに、大事なのは、働く人の多くが勤める中小企業を含め、来年以降も賃金を上げ続けること。そのためには、原資を確保する。つまり、業績を伸ばすことが、非常に重要になってきます。

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【今年度の業績は】
(今年度も増益の見通し)
では、見通しはどうなのでしょうか?さきほどの、決算のまとめをみると、大企業は、今年度も、全体で2.3%の増益の見通しです。堅調な業績見通しへの期待から、東京市場では株価が大きく値上がりし、17日に1年8か月ぶりに3万円台を回復しました。

(好調な国内消費)
明るい材料としては、国内の消費があげられます。
新型コロナの感染症法上の位置づけが5類に移行したことで、今後、レジャーや外食、化粧品など、コロナ禍で控えられてきた消費がさらに増えること。また、中国からの団体客が回復してくることも期待され、今年度のGDPを0.75%押し上げる効果が期待できるという試算もでています。(第一生命経済研究所)

(広がる外需の不安の影)
ただ、足元には、新たな不安の影が広がっています。特に、心配なのは、海外経済の減速です。17日に公表された1月から3月のGDPは、前の3か月と比べ、年率に換算してプラス1.6%と、3期ぶり=おおむね9か月ぶりのプラスとなりました。ですが、内訳をみると、これまで日本経済を支えてきた輸出がマイナス4.2%と、およそ1年半ぶりに大幅なマイナスとなりました。アメリカ、ヨーロッパ、中国向けが、いずれも落ち込んだためです。この先、金利の上昇や金融機関の経営不安などの影響で、欧米の景気が一気に落ち込んで、日本からの輸出や、海外ビジネスの足を一段と引っ張るのではないか。との不安が広がっています。

(内需への不安も)
さらに、回復が期待されている国内についても、企業の経営者の間からは
▼ 「深刻な人手不足で、需要が増えても、フルに対応できない」
▼ 「在宅勤務やオンライン会議が定着して、通勤客や出張の需要はコロナ前には戻らない」
▼ 「今後も、電気代などコストの増加が続く」など、様々な不安の声が上がっています。

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【賃上げを続けるための企業の課題】
不安が漂う中でも、賃金を上げ続けていくためには、どうすればいいのでしょうか。なにより、企業は、突風が吹いても大きく揺らぐことがない「稼ぐ力」を身につけることが欠かせないと思います。

(事業の多角化)
すでに取り組みを進めている一部のグローバル企業に続いて、ここ数年コロナに翻弄された企業の間からも、体質の強化をはかる動きがでています。例えば、事業の多角化です。
▼ JR東日本は、都内の車両基地の跡地にビルやマンション、ホテルなどを整備。ドローンやロボットを使った配送サービスなどで付加価値を高め、賃料や利用料などで稼ぐ不動産事業などに力を入れています。今、およそ40%の鉄道以外の事業の割合を、将来的に50%まで高める方針です。
▼ 航空各社も、離島や過疎地でのドローンの輸送や、地方空港から観光地などへの空飛ぶクルマの運行のビジネス化を目指して実験に取り組むなど、多角化を進めています。

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(生成AIの活用検討)
さらに、今、急激に関心が高まっているのが、質問を打ち込むと、自然な文章で回答してくれる「生成AI」の活用です。会議用の資料や、利用者からの問い合わせに対する回答案を作る。こうした仕事の効率化だけではありません。事業開発の新たなアイデアを考える。受注につなげる営業トークを考えるといった、事業の拡大にもつながるとして、企業の間では、専門の会社や組織を立ち上げて、導入に向けて検討を進める動きが広がっています。中小企業でも大きな効果が期待できます。

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個人情報や著作権の侵害など、様々な懸念も指摘されていますが、どうしたら課題を乗り越え、前向きに活用できるのか、検討を急ぐことは欠かせないと思います。

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【まとめ】
こうして国内への投資を増やし、稼ぐ力を身に着けることができれば、企業は、賃金の引き上げを続けることができますし、取引先の中小企業からの値上げ要請に応じることもでき、そこでの賃上げにつながります。そうすれば、広く消費を増やし、さらに次の業績、賃上げと、つながります。今年の賃上げで、ようやく、見え始めた国内経済の好循環の兆しを途切れさせないためにも、企業は、先行き多少の不安はあっても、積極的な姿勢で取り組んでほしいと思います。


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