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揺らぐ健康保険組合 誰が医療制度を支えるのか

牛田 正史  解説委員

私たちが病気やケガをして治療を受けた時、医療費の負担が最大でも3割で済む「公的医療保険」。
その制度を支える「健康保険組合」の財政が、急激に悪化しています。
今年度は過去最大の赤字となる予測が示されました。
このままでは、組合が解散していくことも考えられます。
なぜ財政は急激に悪化したのか。
どんな影響が出てくるのか。
牛田正史解説委員がお伝えします。

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私たちの医療費の負担が最大でも3割で済むのは、公的な「医療保険制度」があるからです。
この制度を担う、主な組織です。

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主に大企業の社員が加入する「健康保険組合」。
中小企業の社員などが入る「協会けんぽ」。
そして自営業者や非正規労働者が加入する「市町村国保」などがあります。
今回は「健康保険組合」略して健保組合の話をします。
社員や企業から毎月保険料を集め、病気やけがをした時の医療費に充てています。
全国で約1400組合あり、2800万人あまりが加入しています。

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この健保組合の財政が急激に悪化しています。
4月、全国の組合で作る「健保連」が、今年度の収支見通しを発表しました。
赤字額が全体で前年の2倍の5623億円に膨らみ、過去最大となる見通しです。
実に8割の組合が、赤字に陥ると見られています。
元々、厳しい財政が続いていましたが、今回はかつてない悪化が予想されています。
その大きな要因の1つとされるのが「高齢者医療への拠出金」の増加です。
実は健保組合は、社員だけでなく、一般の65歳以上の高齢者の医療制度も支えています。
毎年、巨額の拠出金を支払っていますが、それが今回、前年より7%増えて、3兆7000億円にのぼりました。
コロナ禍の受診控えが解消され、その反動で、医療費が増大したためと指摘されています。
この高齢者医療への拠出金は、今や、健保組合の支出全体の実に40%を占めています。
加入者の医療費にあてる分とあまり差の無い規模にまで増えていて、健保の財政を圧迫しているのです。

こうした中で、最大の赤字が予測された健保組合。
財政が悪化すると、何が起きるのでしょうか。

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まずは毎月支払う保険料の引き上げです。
健保組合の収入のほとんどは、社員や企業が支払う保険料です。
赤字に対応するには、これを引き上げざるを得ない組合が相次いでいます。
平均保険料率(個人+企業)は、20年前には7%台でしたが、2008年度に、今の形で高齢者医療への拠出金が始まって以降、大きく上昇しました。
今年度は9.27%になる見通しです。

この数字について、健保組合は大きな危機感を抱いています。
というのも、保険料率が10%を超えると、解散の危険水準に入るとされているからです。この10%は、「協会けんぽ」の平均保険料率と同じ水準です。
協会けんぽは、中小企業など健保組合の無い会社の社員が、加入する団体です。
保険料率が10%を大きく超えてしまえば、健保組合を解散して、協会けんぽに移った方が、負担が低くなると判断することもあり得えるのです。
現在の9.27%という数字は、あくまで平均ですので、実際には、すでに300あまりの組合が10%以上となっています。
このまま上昇が続けば、解散に踏み切る組合が出てくることも、十分にありえます。

仮に健保組合が解散しても、加入者は協会けんぽに移ることが出来るので、無保険になることはありません。
それでも、健保組合が減っていくことは、私は医療保険制度にとって、大きなマイナスであると考えます。
その果たしてきた役割が大きいからです。

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福利厚生を充実させ、社員の病気の予防を図るなど、その会社や業種にあった、独自の健康増進事業を展開してきました。
人間ドックの補助なども、比較的手厚く行われています。
解散すれば、企業の取り組みが縮小する可能性があり、医療費のさらなる増大につながりかねません。
また、協会けんぽには、年間1兆円あまりの公費が投入されています。
健保組合の解散が相次げば、それだけ公費負担が増えることも予想されます。

このように、健保組合を維持していくことは医療制度にとって重要です。
国などは、これ以上の財政の悪化を食い止める対策を検討していくべきです。
では、何を考えていかなければならないのか。

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先ほどもお伝えしましたが、高齢者医療の拠出金が、健保の財政を圧迫しています。
高齢者の医療は社会全体で支える必要があり、健保組合も例外ではありません。
ですので、一定の負担は必要ですが、それをどこまで求めるのか。
今や拠出金が、支出全体の70%を超えている組合もあります。
国は財政力が弱い組合への国費による支援を拡大するなどしていますが、高齢者の医療費は今後ますます増えることが予想されます。
例えば拠出金に一定の上限を設けるなど、負担の増加に歯止めをかける対策を、さらに検討していく必要があるのではないでしょうか。

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また、健保の拠出金を抑えていくならば、公費負担の拡大や、高齢者の負担を引き上げることも検討課題となります。
高齢者医療の財源は、健保組合などの拠出金のほか、公費と高齢者自身の負担があります。
もし拠出金を抑えるなら、それ以外の引き上げが必要になります。
去年は、75歳以上の窓口負担を、一部、これまでの1割から2割に引き上げました。
対象となったのは、約20%の人ですが、その範囲をさらに拡大するかどうかなど、高齢者の負担の見直しは、今後も避けて通れない論点です。
ただ、物価の上昇で高齢者の生活は厳しさを増しています。
国はその点を十分考慮しながら、議論を進めてもらいたいと思います。

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また、健保組合の財政を改善するには、医療費の伸びを出来るだけ抑えていく、つまり支出を抑える取り組みも重要になります。
国は今、医療のデジタル化「医療DX」を進めていますが、ビッグデータを基に、様々な治療や薬の効果を検証していく。そして過剰な医療を見直していく。
そうした検討も積極的に行っていくべきです。
さらに今、与党内では、少子化対策の財源に、医療などの社会保険料の収入を当てられないかという考えも一部で出てきています。
子ども政策の財源を確保することはとても重要なことですが、医療保険の厳しい現状を考えると、内容によっては、健保組合などの保険料の引き上げといった負担増や、健保財政に影響を与える可能性もあります。
現状でそれが可能なのか、慎重な議論が求められます。

健保組合の財政悪化は、医療保険制度の厳しい現状を改めて浮き彫りにしました。
現役世代と高齢者の負担のバランスをどう取っていくのか、そして医療費の伸びをどう抑えていくかなど、課題は山積しています。
残された時間は決して多くありません。国レベルのさらなる議論が求められます。


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