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デジタル・バンク・ランて何!ネット時代の新たな銀行破綻の脅威

神子田 章博  解説委員

今月に入ってからも銀行が経営破綻する等、信用不安がくすぶり続けるアメリカ。背景には、デジタルバンクランと呼ばれるネット時代の取り付け騒ぎという新たな脅威があります。一連の銀行破綻の背景を見たうえで、この問題についてどう対応すべきか考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです
1) 一瞬で窮地に デジタルバンクラン
2) 求められる緊急対応への備え
3) 日本の投資家へも余波 その教訓は

1) 一瞬で窮地にデジタルバンクラン

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今月初め、アメリカカリフォルニア州に拠点を置く地方銀行「ファーストリパブリックバンク」が経営破綻しました。この銀行は先月24日、預金残高が3か月の間に日本円でおよそ9兆6000億円も減少したと発表し、株価が急落。先月28日には、去年末に比べて30分の1以下の3ドル余りの水準にまで落ち込み、経営への懸念が急速に高まっていました。事態を重く見た金融当局が事実上の救済を買ってでる銀行を募った結果、大手銀行の「JPモルガン・チェース」が買収に踏み切り、預金や業務を引き継いだため、大きな混乱はかろうじて免れています。バイデン大統領は、「すべての預金者は保護される。金融当局の措置で銀行システムの安全性と健全性は確保される」として平静を呼びかけていますが、今年3月に続いて、またもや銀行が経営破綻したことで、金融システムに対する不安がくすぶり続けています。

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 一連の経営破綻に共通する新たな現象が、デジタル時代のとりつけ騒ぎ=デジタルバンクランです。銀行の経営不安の情報がSNSなどネットを通じてあっという間に拡散し、預金もネットを通じて瞬時に引き出されるため、流出のスピードが加速。銀行の経営者も、金融当局も対応が追いつかない事態となりました。さらに、これだけ経営破綻が相次ぐと、「次は別の銀行が破綻か」という心理が働き、新たなデジタルバンクランを招く恐れも指摘されています。

2)求められる緊急対応への備え

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 こうした中でアメリカの当局はどのような対応をとろうとしているのでしょうか。今回破綻した銀行の大きな特徴は、当局によって保護されない預金の割合が極めて高かったことです。アメリカでは巨額の資金を扱う企業の口座の預金も、個人と同様に、25万ドル日本円で3400万円程度を上回る額は保護されません。ファーストリパブリックバンクでは、保護されない預金の割合が去年末時点でおよそ67%と7割近くに上っていました。預金が保護されない部分が多ければ、それだけ「早く引き出したい」という心理が働き、預金の流出を加速させた大きな要因となっています。

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このため、アメリカの金融当局が検討しているのが、企業の口座については預金を保護する限度額を拡大することです。ただ、預金保険制度で賄える金額には限度があり、これを増やすには、銀行から集める保険料を引き上げる必要が出てくるため、銀行の経営コストを押し上げることになります。一方で、預金保護の拡大は、モラルハザードを招くという指摘も招き、議論を呼ぶことになりそうです。
 また銀行からの急激な預金流出が起きた時の、中央銀行にあたるFRBによる資金供給について、迅速に行える実効性のある仕組みを作っておくことも重要です。人々が預金を引き出そうとした際に、銀行にお金がないとなれば、パニック的な動きが一段と強まるおそれがあるからです。3月に発生したシリコンバレーバンクの破綻の際には、当局による資金供給が迅速に行われなかったことが事態を悪化させたと指摘されています。

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さらに大事なことが、日ごろからの銀行の経営に対する検査体制の強化です。今回経営破綻した銀行は、預金者から預かった資金を運用するため大量の債券を保有していました。債券は、金利が上がると価格が下がる関係にあります。FRBが政策金利を急速に引き上げたことで、債券価格が大幅に下落したため巨額の含み損を抱え、経営を悪化させる要因となりました。これについてFRBは、銀行がどのような形で資金を運用し、リスク管理を適切に行っているかなどについて監督当局が正しく把握できていなかったことを認めています。今後は、審査の対象を広げ、金利が急上昇して貸出先の経営が悪化したり、銀行が保有する債券が大幅に値下がりしたりした時のリスクや、預金が急速に引き出された場合にすぐに現金化できる資産を十分に保有しているかなど、監督や規制の強化が求められています。

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アメリカで起きた一連の銀行破綻を受けて、鈴木金融担当大臣は、「日本の金融機関は充実した流動性、資本基盤を維持していて、金融システムは総体として安定している」として重大な影響を及ぼす可能性は低いとしています。ただ、デジタルバンクランのリスクは、アメリカに限らずネット社会共通の課題ともいえます。このため、この問題は、先週末に開かれたG7・財務相中央銀行総裁会議でもとりあげられ、SNSで情報が拡散し預金がこれまでにないスピードでひき下ろされるという環境の変化に、金融監督当局がしっかりと対応できる体制になっているか議論が交わされました。そして会議のあとの声明には「銀行部門におけるデータ、監督、規制のギャップつまり不備に対処する」という文言が盛り込まれ、今後各国が協調して、一連の銀行破綻から教訓を洗いだし、アメリカでの対応も念頭に優先的に取り組むべき事項を検討していくことになりました。アメリカでは、他にも預金の流出が懸念される銀行があるとされており、迅速な対応が求められています。

3)日本の投資家へも余波 その教訓は
最後に、アメリカで起きたデジタルバンクランの脅威は、欧州の大手金融機関の経営悪化へと飛び火する形となりましたが、そこからさらに日本の投資家へも余波が及んでいます。ここからは、その状況についてみてゆきます。

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急激な資金の流出で経営危機に陥り救済買収されたスイスの大手金融機関クレディスイス。実はその際、クレディスイスが発行していた「AT1債」という社債が無価値、つまり紙くず同然となる問題が発生しました。この「AT1債」には、通常の社債よりも高い利回りが得られる一方で、自己資本した減少した場合には元本が削減されるリスクがあります。さらに、スイスの当局が経営破綻の恐れがあるとみなしたり、政府による支援を行ったりした場合には無価値になるという特殊な契約条件がついていたのです。

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この「AT1債」をめぐっては、日本国内でも大手証券会社が個人投資家に積極的に売り込むなど、1400億円程度も販売されていたことが明らかとなり、損失を被った投資家の間からは、「そこまでリスクのある金融商品だとは思わなかった」という声もあがっています。おりしも日本では、税制改正などを通じて個人の金融資産を貯蓄から投資へ向かわせようという動きが強まっていますが、今回の一件を教訓に、金融機関は金融商品についてどのようなリスクがあるのかを具体的にわかりやすく説明すること、また投資をする側は、高いリターンをうたう投資には大きなリスクをともなうことをよく理解したうえで、投資額を決めることなどを今一度確認しておく必要があるでしょう。

世界経済は欧米各国の急速な政策金利引き上げの影響で、今年後半にかけて悪化することが予想され、金融機関も、取引先の経営が悪化し不良債権が増えるなど、一段と経営が厳しくなることも予想されます。そうした中で起きうるデジタル時代の新たな形の信用不安の芽を早い段階でどう摘み取っていくか。また、それが国境を越えて連鎖しないようにどのような国際協調体制をとっていくのか。しばらくの間、よく注意してみていく必要がありそうです。


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