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防衛相 有事に海上保安庁を指揮 連携は新たな段階へ

田中 泰臣  解説委員

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政府は、非軍事組織である海上保安庁を、有事の際に防衛大臣の指揮下に組み込む際の手順である統制要領を初めて策定。有事での海上保安庁の役割や考えるべき課題とは。

《統制要領とは》

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統制要領は、海上保安庁を防衛大臣の指揮下に入れる際の具体的な手順や自衛隊との役割分担を定めたもので、今回、概要のみが公表されました。
海上保安庁は通常、国土交通大臣の指揮下にあります。自衛隊法ではその海上保安庁を、他国から武力攻撃を受けた際には自衛隊を指揮する防衛大臣の指揮下に組み込むことができます。
統制要領では閣議決定を経て、防衛大臣は海上保安庁長官を通じて指揮することが定められました。指揮命令系統は一本化されますが、海上保安庁の任務は、住民の避難や人命救助などで、自衛隊による防衛の任務を肩代わりするものではありません。

《なぜ70年を経て策定?》

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この統制要領、70年近く策定されてきませんでした。なぜ今回策定することになったのでしょうか。
規定そのものは自衛隊法の80条にあります。
実はこの規定、1954年の自衛隊発足時からあったのですが、これまで政府が統制要領を策定したことはなく、想定した共同訓練が行われたこともありません。
もちろんそのことに誰も気づいていなかったわけではなく、例えば35年前の国会では「両者の間で具体的な連絡とか実際になった時にどうやるのか」という質問が出されました。
これに対し政府側は「海上保安庁の仕事そのものが別のことをやるものではない。(中略)細部の調整事項は必要ない」と答弁しています。
これまで政府として統制要領を策定する必要性を感じていなかったと言えます。

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それがなぜ変わったのか。一言で言えば、日本を取り巻く安全保障環境が厳しくなり有事への備えが必要になったからですが、政府関係者はおととし2月、中国が「海警法」を施行したことがきっかけだったと言います。
「海警法」には沖縄県の尖閣諸島周辺で領海侵入を繰り返す中国海警局について、外国の船舶への武器の使用を認めるほか、中央軍事委員会の命令で防衛作戦を遂行することが定められました。これを受けて自民党は政府に対し「防衛大臣の統制下における海上保安庁の役割を明確化」するよう提言。その提言を踏まえて政府内では水面下で統制要領の策定に向けた検討が始まったと言います。
その後、岸田政権になって海上保安庁の予算を安全保障の関連経費に組み込むことにしたため、統制要領はその理解を得る手段に過ぎないとの見方もあります。
ただ海上保安庁は海の警察・消防であり、海上保安庁法には「軍隊として組織され、訓練され、軍隊の機能を営むことを認めない」との規定があります。
その規定に変わりはないとはいえ、70年近くの時を経て「統制要領」を策定したことは、海上保安庁が新たな領域に踏み出すことを意味すると思います。

《指揮下では何をどのように?》
指揮下に入った海上保安庁は具体的に何をどのように行うのでしょうか。

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統制要領では、▼住民の避難・救援▼船舶への情報提供・避難支援▼捜索救難・人命救助▼港湾施設などのテロ警戒▼大量避難民への対応措置の5つの例を示しています。
警察機関として海上保安庁法の範囲内で活動するとしていて、いわゆる軍事的な活動はしないことを明示しています。
また防衛大臣は海上保安庁長官を通じて指揮するという規定について、防衛省の担当者は「現場の部隊レベルでは上下関係はなく、指揮することがないことを明確にした」と話します。
また海上保安庁の担当者は「組織内では今まで通りの指揮命令系統が使えるし、場合によっては組織のことを熟知している長官がブレーキ役にもなれる」としています。指揮命令系統を一本化しても、一線を画す体制にしていることを強調しています。

《指揮下に入る意義は》
では指揮下に入る意義についてはどうでしょうか。

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指揮命令系統を一本化する方が迅速な判断・対処が可能になり、互いの活動が支障とならないようにもしやすくなる。
さらに有事となれば軍事に関する情報は防衛省に集約されることになり、海上保安庁がその情報をいち早く受け取り、住民の避難などにも生かすことができるとしています。
そして海上保安庁がいわば国民保護の任務を担うことにより、自衛隊は、他国からの武力侵攻を阻止することに集中できるとしています。
防衛省の担当者は、いざ日本への武力侵攻が始まれば、その阻止は自衛隊にしかできないため、可能な限りその任務に勢力を割くことになるとしていて、そうした姿勢を示したものと言えます。

《課題① 活動の‟線引き„は》
一方で考えなければならない課題もあります。

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統制要領の概要には海上保安庁の活動海域についての記述はありません。運用上支障があるとして公表していない本文にもないそうです。
海上保安庁は、軍事目標になるリスクや、持っている武器が最低限のものに限られることから戦闘が行われている海域での活動は想定していないとしています。
それでも活動海域を明記していないのは、戦況は刻々と変わっていくので厳密な「線引き」ができない可能性があるためとしています。
また海上保安庁による救助の対象は民間人だけでなく自衛隊員もありうるとしています。そうした活動は相手国から自衛隊と一体と見なされる懸念もあり、軍事目標とされるリスクをいかに下げるかは課題と言えます。
統制要領に基づき、自衛隊と海上保安庁は今月には机上訓練、来月には実動訓練を行う予定です。それらを通じて、住民の避難などの任務を安全に実施できるのかを確認・追求していく必要があると思います。

《課題② 連携強化によるジレンマ》
もう一つの課題が、平時から情報共有など連携を強化するほど、両者が一体化していると見られる懸念があるということです。

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海上保安庁は去年の秋から大型の無人航空機の運用を始め、先月末からは2機目の運用も開始しました。拠点としているのは青森県の海上自衛隊の基地。
得られた画像データなどはすべて自衛隊と共有する計画です。
両者は今後、衛星を使った新たな情報共有のシステム開発なども進めていくことにしています。
国際法が専門の明治学院大学、鶴田順准教授は「軍事活動に踏み込んでいないかはその内容や効果、タイミングなどによる。平時から情報共有を進めていると、相手国は有事でも同様のことをすると思うだろうし一体と見なされる懸念がある」と指摘します。実は今回、統制要領の策定作業でも担当者から「有事でも平時のように連携したら、海上保安庁は軍事目標になるのではないか」との意見も出たそうです。
でも結局、できる限り連携は強化していくべきとの認識で一致したと言います。
防衛省関係者は「有事では侵攻を食い止めるために、関係省庁からありとあらゆる協力を得ることになり、そのためには平時からの連携が重要だ」と言います。
ただ対外的に一体化していると見なされれば相手の行動をエスカレートさせる口実を与えかねません。政府には非軍事組織としての海上保安庁の役割について発信していくことが求められます。

《考えるべきことは》
尖閣諸島周辺で日々中国海警局に対じしている海上保安庁。
日本の安全保障に資する組織というイメージは今回の統制要領により、いっそう強まっていくと思います。一方で海上保安庁には長年国内外で築き上げてきた海の安全や秩序を守る警察機関という側面があります。
万が一への備えはもちろん重要ですが、政府は、そうした面も踏まえながら、自衛隊との連携のあり方を考えていくことも必要だと思います。


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