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グロバール・サウスって何? G7サミットでも焦点の一つに

神子田 章博  解説委員

ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、対立の構造が鮮明となっている権威主義的な国家と、民主主義国家の対立の構図。こうした中で日本や欧米各国は、グローバル・サウスと呼ばれるアジアやアフリカなどの新興国や発展途上国を引き寄せようとしていて、今月開かれるG7広島サミットでも大きなテーマとなっています。経済の視点からこの問題を考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです
1) 対立強まる日米欧vs中ロ
2) 価値観だけでは引き寄せられないか
3) グローバル・サウスとどう向き合う

1)対立強まる日米欧 VS. 中ロ

まず世界の対立構造の現状からみていきます。

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ロシアによるウクライナ侵攻に対して、欧米や日本は、「力による一方的な現状変更をはかるもので、国際秩序に対する重大な挑戦だとしてロシアを非難。ウクライナへの軍事的な支援やロシアに対する経済制裁に踏み切り、ロシアとの対立姿勢を強めています。これに対し中国は、今年2月、習近平国家主席がロシアを訪れてプーチン大統領と会談。経済制裁で打撃を受けるロシアに助け舟を出すかのように、経済やエネルギー、科学技術などの幅広い分野での協力拡大をうたい、緊密な関係を誇示しました。
こうした中で、アメリカは、ロシアのウクライナ侵攻の前から鮮明にしていた中国との対決色を一段と強め、軍事転用が可能な先端半導体の関連製品について中国向けの輸出規制を強化する一方、半導体の製造装置で高いシェアをもつ日本やオランダにも中国への輸出をやめるよう要請しました。これを受けて日本政府も、今年3月、先端半導体の材料に回路を焼き付ける「露光装置」など半導体の製造に必要な23品目の輸出管理を厳しくする措置を導入すると発表しました。中国を含む一部の国や地域については、輸出管理の仕組みが整っていると日本が認めたアメリカや韓国などに比べ、輸出の手続きをより厳しくするものです。これに対し中国側は「経済や貿易を政治化する行為だ」などとして反発を強めています。このように、日米欧という民主主義的な国家と、中国ロシアという権威主義的な国家の対立の構図は、一段と鮮明になっています。

2)価値観だけでは引き寄せられないか

こうした中で、日本や欧米各国は、自分たちが重んじる価値観を、グローバル・サウスと呼ばれる国々との間で共有をはかろうとしています。

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グローバル・サウスの定義は定まっていませんが、インド、ブラジル、南アフリカ、インドネシア、サウジアラビアなど、アフリカやアジア、中南米など広い地域の新興国や途上国などを指すものです。これに中国が入るかは見方が分かれていますが、経済が急速に成長し、先進国と対等な関係を望んでいる国が多く、国際社会での発言力を強めています。今年2月の国連総会で、ロシアの即時撤退などを求める決議案の採択が行われた際には、インドや南アフリカなど30余りの国が棄権するなど、大国の間で中間的な姿勢を保とうとする国も多いといわれます。

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また、グローバル・サウスの国々の中には、民主化が遅れていたり、人権が守られていない国もあり、「巨額の経済支援を行う。しかし政治体制への干渉はしない」という姿勢の中国が、これらの国々から歓迎され、影響力を強めているケースも指摘されています。

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 実際に、グローバル・サウスを取り込もうとしても容易でないことは、IPEF=インド太平洋経済枠組みの交渉からもうかがえます。IPFEには、日米やオーストラリア、それに東南アジア諸国など14か国が参加していますが、もともとはアメリカが中国との対立を念頭に、アジア地域で自由や民主主義といった共通の価値観を持つ国々との連帯を強める狙いがあったとされています。半導体や希少鉱物などの供給網の強化で協力体制を作ることなどがうたわれていますが、東南アジア諸国の反応はこれまでのところあまり芳しいものではありません。東南アジア諸国が望んでいるのは、アメリカ政府が関税を引き下げるなどしてアメリカ向けの輸出を拡大できるといった経済的なメリットです。ところがアメリカ側は、自国の労働者を守るため、IPEFでは関税の引き下げは協議の対象としていません。逆にアメリカは、東南アジア諸国に対し、不適切な労働条件のもとで生産される製品の輸出などに厳しい目を向けていて、両者の間には温度差があるということです。さらに、東南アジア諸国にしてみればアメリカ主導のIPEFに深入りすれば、経済的な結びつきの深い中国との関係を悪化させかねないという懸念もあるといわれます。

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アメリカなどの先進各国がいかに、自由や民主主義、人権の保護といった理念をふりかざそうと、発展途上の新興国にとっては経済成長が最優先。G7だけでなく中国などからも、成長のノウハウや、資金や技術の支援を得ることで、自国の発展につなげたいと考えているといわれます。この例からも見て取れるように、グローバル・サウスには独自の考え方があり、G7各国が民主主義VS権威主義といった世界を二つに割るようなアプローチで取り込みをはかろうとしても、かえって相手を遠ざけることになりかねないという指摘も出ています。

3)グローバル・サウスとどう向き合う

ではこうしたグローバル・サウスをどうしたら引き寄せることができるか。そのためには、各国が抱える課題や、地球規模の問題の解決で手を携えていく姿勢を示すことが求められますが、そこには先進国の唱える理想と、グローバル・サウスの国々が抱える現実との間のギャップがもたらす難しさも見られます。

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実際に、先月行われたG7=主要七か国の気候・エネルギー・環境相会合でも、次のような議論が行われていました。この会合では、ウクライナ侵攻をきっかけに供給不足が問題となっている天然ガスに対する投資が焦点の一つとなりました。天然ガスは国際的に生産余力がなく、供給を増やすには増産に向けた設備投資が必要ですが、化石燃料の生産増強は脱炭素の動きと矛盾します。こうした中で、日本は、グローバル・サウスの国々が経済成長に多くのエネルギーを必要としており、天然ガスの供給拡大が求められている。脱炭素を一足飛びに実現できない新興国や途上国の現実を考えると、石炭よりも二酸化炭素の排出が少なくて済む天然ガスの利用は、脱炭素への移行期の対応として欠かせない」主張。その結果共同声明には「ガス部門への投資は適切でありうる」という文言が盛り込まれました。そこには、脱炭素を紋切り型に主張するだけではグローバル・サウス側の反発を買うことになるという配慮もあったようです。ただ、だからといって脱炭素の取り組みをおろそかにしていいというわけではありません。このため声明では、「われわれの気候目標と合致した形で」という但し書きが付けられました。

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化石燃料の使用と二酸化炭素の排出削減という相矛盾した目標の両立に向け、日本などの先進国は、発電所や工場の排気ガスから二酸化炭素を取り出して地中に埋めるなどの最新技術の実用化をいそぎ、グローバル・サウスの国々へ供給していくという責任を負うことになったのです。G7広島サミットでも先進国側の理想をうたう一方で、グローバル・サウスの実情に配慮した議論を行い、こうした国々が必要としている技術や資金面で、いかに具体的な協力を打ち出せるかが問われていくことになります。
世界で存在感を増し、発言力を高めるグローバル・サウスの国々との関係強化は、中国やロシアへの対抗という文脈にとどまらず、エネルギーや食料の安定的な確保なども含め、地球規模の課題の解決にむけても欠かせないものとなっています。サミットには、グローバル・サウスの代表格といわれるインドやブラジル、インドネシアの首脳も招かれることになっていますが、対話の中から相手の求める具体的な協力を打ち出すことができるかが焦点となります。


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