韓国を訪れていた岸田総理大臣はユン・ソンニョル大統領と会談し、安全保障協力を強めていくことを確認しました。会談を終えた岸田総理大臣は「今後も関係を強化し、力を合わせて新しい時代を切り開いていきたい」と成果を強調しています。
【解説のポイント】
▽ 今回の岸田総理大臣の韓国訪問の成果と
▽ 最近の日韓関係の変化をみたうえで
▽ 新しい時代を迎えた日韓関係を展望します。
【首相訪韓の成果】
岸田総理大臣は今月7日と8日の日程で韓国を訪問しユン大統領と会談しました。
総理大臣の韓国訪問は5年ぶり、2国間の会談のための訪問は実に12年ぶりです。
アフリカ諸国を歴訪する長旅を終えたばかりの韓国訪問には、関係修復にかける総理の強い思いがありました。両首脳は3月にも東京で会談しており、今回の訪問はこの時合意された、形式に捉われず頻繁に相互訪問を行う“シャトル外交”の位置づけでした。
2000年以降の両国首脳の往来を一覧にしてみました。
2000年代初頭の小泉政権時代や民主党政権時代には毎年のように総理が韓国を訪れ、韓国からも大統領の訪日が続いていました。ところが2012年以降、首脳どうしの往来はめっきり減っています。
そしてことしはすでに2回の首脳会談、今月19日から始まるG7広島サミットにもユン大統領が参加することになっていて、両首脳はわずか2か月ほどの間に3度も顔を合わせることになります。
今回の会談で両首脳は、▽核・ミサイル開発を加速させている北朝鮮の脅威に対応するためアメリカも交えた日米韓の安全保障協力をさらに強固にすることや、▽経済安全保障など様々な分野での政府間対話と協力を促進させていくことで一致しました。
▽韓国国内から懸念の声が出ている東京電力福島第一原発からの処理水の放出計画については、韓国の専門家による視察団が現地に派遣されることになりました。
【日韓関係の変化】
「国交正常化以降、最悪」と言われ続けてきた日韓関係が、ここまで急速に改善したのはどうしてなのでしょうか?
私は、韓国側の変化、とりわけ一年前に就任したユン・ソンニョル大統領によるところが大きいとみています。
ことし3月、長年の懸案だった徴用をめぐる問題で韓国政府は、政府傘下の財団が日本企業に代わって賠償の支払いを行うという解決策を示しました。これまでに15人の原告、遺族のうち10人が財団からの支払いを受けています。この数はさらに増える見通しです。周囲の反対や慎重論がある中で解決に踏み切ったのはユン大統領の決断でした。
ユン大統領は先月行われたワシントンポスト紙のインタビューで「100年前の歴史を理由に日本人にひざまずけ(謝罪しろ)という考えは受け入れられない」と述べています。
今回の首脳会談でも「過去の歴史が完全に整理されなければ、未来の協力に向けて一歩も踏み出せないという認識から脱しなければならない」と未来志向の関係を強調しています。
検察官出身で大統領に就任するまでほとんど政治経験がないという経歴からでしょうか。歴代の韓国大統領が、こと日本のことになるとナショナリズムをむき出しにする傾向が強かったのとは異なり、ユン大統領は現実的で合理的な考えの持ち主のように見受けられます。
岸田総理大臣も会談後の記者会見で「徴用」をめぐる問題に言及し「当時、厳しい環境のもとで多数の方々が大変、苦しい、悲しい思いをされたことに心が痛む思いだ」と発言しました。さらにサミットに合わせて平和記念公園にある韓国人原爆犠牲者慰霊碑を大統領と一緒に訪問し祈りを捧げることも決まりました。
ユン大統領の日韓関係改善に向けた努力を評価するとともに、歴史問題についての韓国国内での国民感情に配慮したものと思われます。
ユン政権になってからの変化は日韓関係に留まりません。
▽もっとも顕著なのは、核・ミサイル開発を加速させている北朝鮮への対応です。前のムン・ジェイン政権は圧力よりも対話を最優先し、日本の対応とは大きな隔たりがありました。
一方ユン政権は、“力による平和”を掲げ、北朝鮮が弾道ミサイルを発射すればすぐさまアメリカ軍と共同で軍事訓練を行うなど毅然とした構えです。自衛隊も加わった日本海での日米韓の共同訓練も再開されました。
▽中国との関係も変化しています。ムン・ジェイン政権は中国とアメリカとの間で揺れ動き、迎撃ミサイルシステム=THAADの追加配備をしないと約束するなど中国に配慮した外交姿勢が目立ちました。北朝鮮を対話の場に呼び戻すために中国の力に期待したという事情もありましたが、日本やアメリカからは「中国に寄り過ぎでは」と懸念する声もありました。
これに対しユン政権は、アメリカ、日本、オーストラリアなど自由、民主主義、人権など価値観を共有する国々との連携、普遍的価値に根差したルールに基づく国際秩序の構築を目指しています。
日本と韓国がこうした認識を共有することができるようになったのは、大きな変化と言えます。
ただ北朝鮮に対する行き過ぎた強硬姿勢は緊張をさらに高める側面もあり、対話に引き戻すための努力も必要でしょう。中国は日本にとっても韓国にとっても最大の貿易相手国です。「アメリカか中国か」ではなく適切な距離感を日韓で共有していくことも求められているのではないでしょうか。
【日韓新時代は】
新しい時代を迎えた日韓関係、これからどうなっていくのでしょうか?
歴史問題より安全保障を重視し日本との関係を強化しようとしているユン大統領の姿勢は歓迎すべきでしょう。シャトル外交の積み重ねで首脳同士の信頼関係がさらに深まることを期待したいと思います。
ただユン大統領の姿勢に対しては、韓国国内には厳しい受け止めがあることも事実です。最大野党は「屈辱外交だ」と厳しく批判していますし、ユン大統領の支持率も30%前後で低迷しています。与野党の支持率はほぼ拮抗しており、来年4月には国会議員を選ぶ総選挙が予定されています。「支持率が下がればユン政権の対日姿勢も変わってくるのではないか」、そんな心配をする人もいます。
日韓関係をより強固で揺るぎないものとするためのひとつの提案です。例えば1998年、当時の小渕総理大臣とキム・デジュン(金大中)大統領の間で交わされた「日韓パートナシップ宣言」のような“文書として残る形での合意”を目指すことも検討に値するのではないでしょうか。
【まとめ】
今回の関係改善に向けた動きは、ユン大統領の対日姿勢に岸田総理大臣が応えたいわば政治主導の変化と言えます。しかし国と国との関係は政治家だけでつくるものではありません。国民レベルの相互理解と信頼が不可欠です。新型コロナウイルスによる入国制限も緩和され人の往来も戻ってきました。今こそ国民レベルの交流を活発化し、国内政治や国際情勢に左右されない本当の意味での確固たる日韓関係を構築していく時ではないでしょうか。
この委員の記事一覧はこちら