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戦闘拡大のスーダンと邦人保護の課題

出川 展恒  解説委員 田中 泰臣  解説委員

アフリカのスーダンで、軍とその傘下にある準軍事組織との間で戦闘が発生し、大勢の死傷者が出ています。なぜ大規模な軍事衝突が起きたのか。そして邦人保護はどのように行われたのでしょうか。

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《自衛隊機 邦人輸送の経緯》

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武力衝突が発生したのが4月15日。
4日後の19日には、林外務大臣が浜田防衛大臣に輸送の準備を依頼。
浜田大臣は、自衛隊の拠点があるジブチまで輸送機を移動・待機させる命令を出しC2輸送機などを派遣しました。
スーダンでは21日、3日間の停戦合意を発表。
23日、浜田大臣が輸送の実施を命令。翌24日、輸送機がスーダンへ。
政府の調整で首都ハルツームから陸路で東部の空港まで移動した日本人とその家族45人をジブチに輸送しました。
情勢悪化から9日後でした。
今回の一連の対応について、与党内からは「迅速な対応だった」と評価する声が上がっています。おととしアフガニスタン情勢の悪化を受けて派遣した前回は「判断が遅すぎた」などと批判が出ていたのと比べると対照的です。

《前回と何が違ったのか》

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前回、アフガニスタンの際は、タリバンが首都カブールを制圧し現地が混乱しているとして、派遣の検討を一時中断するなどしましたが、今回はスーダンに入れるかどうか見通しが立たない早い段階でジブチにまで輸送機を派遣し待機させました。ジブチという海外唯一の自衛隊の拠点が、スーダンと距離的に近いことも幸いしました。
また去年、派遣の迅速化を図る制度改正も行われ、自衛隊機を派遣・待機させる際に必要だった閣議決定の手続きを省略できるようにしました。自衛隊による在外邦人の輸送は今回で6回目。
これまでの教訓も踏まえた対応だったと言えます。
ただスーダン国内には、現段階では退避を希望していない日本人がいます。
事態が完全に鎮静化するまでは、政府として現地の情勢などについて情報収集や警戒が求められます。

《なぜ衝突が?》
民主化が進められていたスーダンでなぜ、突然大規模な軍事衝突が起きたのでしょうか。
一言で言えば、新しい国づくりの中で起きた軍人どうしの権力闘争です。

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スーダンは、人口およそ4500万人、天然資源が豊富なアラブの国です。

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軍出身のバシール元大統領による独裁政権が30年続きましたが、今から4年前(2019年4月)、パンの値上げに抗議する市民のデモをきっかけに、軍がクーデターを起こし、バシール氏は失脚しました。

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その後、軍と、市民を中心とする民主化勢力が、共同で暫定統治を行い、3年後に民政に移行することで合意しましたが、まもなく両者の間で対立が起きます。おととし(2021年)10月、軍のトップ、ブルハン司令官が、再びクーデターを起こし、全権を握ったのです。
民主化勢力は抗議を続け、去年12月、国連などの仲介で、民政移行の枠組みで合意しました。
ところが、軍の傘下にあるRSF=即応支援部隊が、これに強く反発しました。
RSFの前身は、バシール政権時代、西部のダルフール地方で、住民を大量に虐殺した民兵組織です。
そのトップは、ダガロ司令官、暫定政権のナンバーツーです。
軍とRSFの並立を解消し、ひとつの軍に再編する中で、かつてバシール政権を支えた軍人どうしが、ポストと利権をめぐって衝突したのです。大勢の市民が犠牲になり、スーダンの民主化は、置き去りにされています。

《収束の見通しは》
軍とRSFは、アメリカなどの仲介で、25日から72時間の停戦で合意し、さらに72時間延長されましたが、首都ハルツームや西部のダルフール地方など各地で激しい戦闘が続いています。

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人口密集地や病院なども攻撃され、これまでに510人以上が犠牲になっています。
医薬品が不足しているほか、電力や水、食料の供給も滞って、子どもや妊婦など400万人が栄養失調に陥るなど、人道危機が極めて深刻です。
軍とRSFは、ともに相手側が停戦合意に違反していると非難し、交渉に応じる姿勢を見せていません。
スーダンの人々が、周辺国に避難する動きも広がり、隣国のエジプトには、1万6000人が、チャドには、およそ2万人が流入しています。
国連は、最大で27万人が国外に逃れるおそれがあると見ています。
しかしながら、国連はWFP=世界食糧計画の職員3人が戦闘に巻き込まれて犠牲になり現地での支援活動を見合わせています。

《在外邦人退避 必要な備えは》
今後も世界各地で邦人保護の問題が起きることが予想されますが、どのような備えが必要なのでしょうか。

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1つは経験のない任務への備えだと思います。
政府は今回、自衛隊の車両による陸上輸送の可能性も検討しましたが、実施しませんでした。この陸上輸送、10年前の法改正で可能になりましたが一度もありません。実施するとなれば、航空機での輸送に比べ戦闘などに巻き込まれる危険性が増す可能性があります。もちろん、そうした事態にならないような国際社会を作り出す外交努力が重要ですが、あらゆる想定や備えを怠らないことが必要だと思います。
また情報収集体制の強化、他国との連携強化も必要です。
今回、空港までの陸路での移動には韓国やUAE=アラブ首長国連邦の協力がありましたし、フランスなどの協力で自衛隊機以外での退避も行われました。
日頃から他国との関係を構築し、緊急時に連携が図れるようにしておくべきで、それには大使館の機能強化も重要だと思います。
例えば、大使館によっては「防衛駐在官」という、軍関係者と交流し情報収集にあたる自衛官が配置されていますがアフリカでは8人にとどまります。
自民党内からは、治安が不安定な国には配置すべきとの声が出ていて、今後の検討課題だと思います。

《国際社会は?日本は?》

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スーダンで起きている戦闘について、国連のグテーレス事務総長は、
「スーダン国内で破滅的な大惨事を引き起こし、地域全体を巻き込むリスクがある」
と述べ、深刻な人道危機が周辺国に拡大することに強い危機感を示しました。
その上で安全保障理事会の15カ国に対し最大限の影響力を発揮するよう呼びかけました。
しかし25日の国連安保理の緊急会合で欧米や日本が、戦闘の即時停止や、市民の保護を訴えたのに対し、中国やロシアは、外部からの介入は内政干渉で許されないと主張するなど、一致した対応がとれていません。
日本としては何ができるでしょうか。
今回の事態に陥る前に予定していた日程ですが岸田総理大臣、大型連休中にはアフリカ4か国を歴訪します。
また5月にはG7広島サミットも控え、国際社会の結束を示すにはまたとないタイミングと言えます。一致して当事者双方に対して敵対行為の即時停止を呼びかけ、その機運を高められるのか、岸田総理の外交手腕が問われることになります。

《求められることは》
いま、世界では、政変や武力衝突で日本人が退避を迫られる事態が、いつ、どこで起きても不思議ではありません。
この2年ほどで、ミャンマーやアフガニスタンでも発生しています。
日本の政府も民間も、個々の事例を多角的に検証し、今後起きる事態への対策に活かしてゆく努力が求められていると思います。


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