企業に障害者の雇用を義務付け、障害者が能力を発揮し社会生活を送れることを目的とする障害者雇用促進法。この法律は5年に1度、障害者雇用率などが見直されますが、今回はこの数字の段階的な引き上げや、障害者雇用の“質の向上”が企業の責務とされることなどが盛り込まれました。
障害者雇用の現状を踏まえながら、障害者雇用に求められる“数”と“質”を上げるために必要なことを考えます。
【障害者雇用率の引き上げと現状】
厚生労働省はことし1月の審議会で、民間企業に義務づけている障害者雇用率を現在の2.3%から2024年4月に2.5%、2026年7月に2.7%に引き上げることを決めました。0.4ポイントの引き上げは過去最高です。これに伴い障害者を雇用しなければならない企業の範囲も現在の従業員数43.5人以上から37.5人以上へと拡大されます。
厚労省によれば、民間企業で働く障害者は2022年6月1日時点で過去最高のおよそ61万人。19年連続で増加傾向にありますので、働く場が増えればさらなる増加も期待されます。
一方で、現在、法定雇用率を達成していない企業は雇用を義務づけられている企業の51.7%。そのおよそ6割の3万2342社が一人も障害者を雇用できていないなど厳しい現実もあります。
企業が雇用を進められない理由には「設備や人的支援など受け入れ態勢が不十分」「既存の業務でお願いできるものがない、分からない」「受け入れに理解が得られない」などがあります。
【雇用率引き上げ 対策は】
そのため、厚労省は対策も提示しています。
一つは障害者雇用を支援する助成金の新設や拡充です。たとえば、障害者雇用相談援助助成金を新設し、障害者の雇用経験やノウハウが乏しい中小企業などに障害者の雇い入れや定着を支援する事業者に助成を行います。
厚労省は認定する事業者には実績や経験があるなどの要件を定め、事業を適正に行わない場合には認定を取り消すなどして相談援助の質を担保していくとしています。事業者が障害者を支える福祉的な視点に加え、それぞれの企業の実情を把握し現場の管理者と信頼関係を築けるか。障害者雇用の環境を整える力量がどれだけあるかが、成功の鍵になると考えます。
【障害者雇用率 算定対象の見直し】
もう一つは障害者雇用率の算定対象の見直しです。障害者雇用率の対象は現在、週20時間以上勤務する障害者となっています。これを重度障害や精神障害に限り、週10時間以上20時間未満の短時間勤務者も雇用率にカウントできるようにします。
これにより特に雇用の拡大が期待されるのが精神障害者です。精神障害者のなかには、働く意欲があっても状態に波があるなどの理由から勤務時間に制約がある人が多くいるからです。
この雇用を支援する有効な手段として考えられるのがジョブコーチの活用です。ジョブコーチとは障害の特性に基づき仕事の工夫や関わり方、生活リズムの整え方などを助言し、職場内外で調整を行う専門職です。
ただ企業からは「本当に頼れるジョブコーチは少ない」という声もあります。ジョブコーチの資格は実技を含む1週間ほどの研修で取得できますが、厚労省の作業部会では「専門性をさらに高めるために研修内容を整理」することや、「国家資格にするなどの検討を始めるべき」と結論付けました。ジョブコーチの質の向上が雇用拡大の成否を左右する重要な要因となりそうです。
【障害者雇用代行ビジネスの広がり “数合わせ”になっていないか】
雇用率の引き上げに伴い、いま、もっとも懸念されているのが雇用の“数合わせ”です。法定雇用率を達成出来ない場合、従業員が100人を超える企業は不足1人につき、毎月5万円の納付金を納めなければなりません。そして国が勧告したにもかかわらず、改善が見られない場合には企業名が公表されます。
こうしたことを避けるために企業が障害者雇用を外注する、いわゆる「障害者雇用代行ビジネス」が広がっています。
障害者雇用代行ビジネスの仕組みです。ビジネス事業者が企業に障害者を紹介、農園など働く場を貸し出します。企業は障害者の紹介料・農園の賃貸料などを事業者に支払います。企業は障害者と雇用契約を結ぶので雇用率にカウントでき、障害者はさほど難しくない農作業で月10数万円の安定した収入を得られます。厚労省によれば利用企業はことし3月末時点で延べ1081社。働く障害者はおよそ6600人となっています。
関係者すべてがウィンウィンのように見えますが、多くの課題が指摘されています。というのも農園を利用している企業の多くが、“本業とはまったく関係ない業務”をさせており、“収穫物も販売”していないからです。
このビジネスは国会でも問題視され、去年12月、衆参両院は障害者雇用促進法改正の付帯決議として「単に雇用率の達成のみを目的として、いわゆる障害者雇用代行ビジネスを利用することがないよう、企業への周知、指導等の措置を検討する」よう政府に求めました。
厚労省は今月17日の審議会でこのビジネスの課題を整理。5月末を目指して利用企業向けに啓発リーフレットを作り、障害者が能力を発揮できる雇用を促すとしています。
【障害者雇用促進法の基本理念の実現を】
障害者雇用促進法の基本理念には「経済社会を構成する労働者の一員として、その能力を発揮する機会を与えられる」「職業に従事する者として自覚を持ち、能力の開発及び向上を図り、有為な職業人として自立するよう努める」と明記されています。
このビジネスを使って本業へと結びついたケースもあるとのことですが、利用するのであれば、企業は障害者が能力を十分に発揮できるようにし、企業に貢献している実感を得られるようにしなければなりません。
また障害者も収入を得るには少なからず労苦があることを受け入れる必要はあるでしょう。そうでなければ、法の目指す社会連帯という理念から外れ、障害者は社会の一員から外されてしまう恐れもあると思います。
【雇用の質の向上へ】
最後に「雇用の質」について考えたいと思います。今回の法改正では“雇用の質”の向上が企業の責務となりました。では“雇用の質”とはどういうことでしょうか。
簡単に言えば、障害のある労働者に継続してやりがいのある仕事と働きやすくなるよう必要な支援を提供し、能力に応じた処遇やポストを用意するということです。では具体的にはどうすれば良いのか。ヒントになるのは特例子会社の取り組みです。特例子会社は企業が障害者に特別な配慮をして安定して働けることを目的として作った子会社です。業務は親会社にもよりますが、部品の組み立てや接客、清掃、プログラミングなど様々です。
特例子会社は親会社の障害者雇用の受け皿というイメージがありますが、いまはその役割を果たしつつ、多くが利益を追求しています。そのなかで雇用の質が高い特例子会社に見られる傾向として、外部の支援機関や助成金をうまく使いながら障害者の就労能力や適性を客観的に評価し、一人一人のニーズを実現しながら企業の戦力にしています。
2022年の野村総合研究所のアンケート調査によれば、障害者の能力に応じたキャリアアップや管理職への登用も積極的に行われています。
大事なのは特例子会社のこうした取り組み、失敗を含む幾多の経験を親会社やグループ会社はもちろん、ほかの企業と情報共有することです。これが社会全体の障害者雇用の質の底上げの一助になると思います。
【まとめ】
障害者を戦力化できる企業は従業員、一人一人を大事にしている企業に他ならないと思います。障害者雇用の促進は今後の企業の価値を考える上で重要な指標になってくるのではないでしょうか。
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