NHK 解説委員室

これまでの解説記事

民間ベンチャーの月面着陸は失敗 今後月面ビジネスの行方はどうなるのか  わかりやすく解説します

水野 倫之  解説委員

民間として世界初の着陸は持ち越しとなった。
月面でのビジネスを目指す日本のベンチャー・アイスペースの月着陸船がきょう未明、月面着陸に挑戦したが、月面に衝突したとみられ、着陸は失敗。
ただベンチャーでは月面ビジネスはあきらめず、来年再来年の着陸再挑戦を表明するなど前向きにとらえている。

▽着陸で何が起きたのか
▽民間がなぜ月面を目指すのか
▽月面ビジネス拡大の課題は
以上3点から民間の月面挑戦の意味を水野倫之解説委員が解説。

j230426_01.jpg

月面着陸が行われたきょう未明、東京の日本科学未来館には管制室の様子が映し出され、ベンチャーの社員らが着陸を見守った。

去年12月の打ち上げ後、月面上空100キロを飛行中だった着陸船はエンジンを逆噴射して速度と高度を落として月面へと接近。ところが着陸直前に通信が途絶。私も会場で取材していたが重くるしい雰囲気に包まれた。その後ベンチャーは月面に衝突したとみられると発表、着陸は失敗した。

今回の着陸船、高さ幅ともに2mあまりと小型だが、日本のおもちゃメーカーなどが開発した小型ロボットなどを有償で搭載し、月面で試験を行う計画だったが、それもできなくなった。

j230426_03.jpg

一体何があったのか。
月面への着陸は難しく、これまで成功したのは旧ソ連とアメリカ、中国の3か国だけ。
地球の6分の1とはいえ重力がありうまく制御しなければ月面に激突してしまうからで、2019年にインドとイスラエル、そして去年は日本のJAXAが挑戦したがいずれも失敗。
今回、着陸直前に姿勢を垂直にするところまでは順調だったものの、その後高度を認識できなくなり、燃料が尽きて落下したとみられるということで、あらためて困難さを見せつけられた形。
ベンチャーではデータを詳細に解析し原因究明を急ぐ方針。

j230426_04.jpg

ただ、資金も限られるベンチャーが2017年に本格開発を始めてから6年という短期間で着陸一歩手前までこぎつけられた点は評価できる。
これは人材の多様性と実績重視の開発態勢があったから。
200人余りの社員の55%が外国籍で、NASAやJAXAなど宇宙機関の出身者が中心になって開発を担った。
また独自技術にこだわらず、実績ある技術を重視。姿勢制御システムは、「アポロ計画」で実績のあるアメリカの研究機関と共同開発し、逆噴射エンジンも実績のあるドイツの会社から購入することで短期間での着陸挑戦にこぎつけた。

独自技術にこだわらなかったのは、彼らの目的が研究開発ではなく、月面のビジネスにあるからで、月への物資の輸送と資源開発ビジネスへの参入が目標。

では今回の失敗を受けて月面ビジネスはどうなるのか。
私は現時点では影響は大きくはないとみる。
というのもベンチャーの代表は記者会見で計画通り来年と再来年、月面着陸に再挑戦する方針を明らかにしているほか、アメリカの複数の企業が近く月面着陸へ挑戦する計画もあるから。

j230426_05.jpg

その背景には月を巡る米中の覇権争いが。
近年月は、水が存在する可能性が明らかに。
こちらはNASAが公開した月の南極の観測画像、青い部分が水があるとされる場所。
水は飲料水としてはもちろん、電気分解すれば水素が取り出せ、ロケットの燃料を作り出せる。
水や燃料を地球から運ぶ必要がなくなり、月面の活動が効率的に行えるほか、火星に向かう際のロケットの中継地点としても使える。

この水の直接確認を目指して、米中が競い合う。
アメリカは2025年に、アポロ計画以来となる有人の月面着陸を計画、その後も継続的に探査する方針。
これには民間の協力が欠かせないとしてるほか、日本やヨーロッパなどと国際協力も進める。

対する中国は2019年に地球からの通信が困難で難しいとされた月の裏側への着陸に成功。
また2020年には月の土壌を地球に持ち帰ることも成功させ、今後ロシアと協力し2035年までに月面基地を建設する方針。

こうした国家間の競争は激しくなるとみられ、アイスペースでは2040年に月面に1000人が暮らすと予測。
民間が月面への輸送や水などの資源の確保・利用を担うとみて、ビジネス参入に向け来年以降も継続的にミッションを行うとしているわけ。

月を目指す民間企業は何もこのベンチャーだけではない。
月面で水を電気分解する装置の開発を進める空調設備大手を取材。
会社ではこれまで被災地などに水素で発電した電力を供給する大型の水の電気分解装置を作ってきた。
その技術を応用すれば月の水でビジネスが行えるのではないかと考え、月面で試験が行えるよう小型で軽い実験装置の開発を進める。
「スイッチ入れます。泡が出ているのが酸素ガス。右側見えないんですが水素ガスが発生しています。」
今後装置を10キロ以下にして来年、アイスペースの着陸船で月に運び、微小重力のもとでも稼働できるか確認することにしている。

このように月を巡って今後国家や民間どうしの競争が激しくなることが予想されるが、それが争いに発展しかねない問題も残されている。それは月の資源は誰のものなのかという問題。

j230426_06.jpg

宇宙活動に関わる国際的な枠組みとして1967年に国連で採択され100か国以上が加盟する宇宙条約は、月などの天体の科学調査を認める一方で、国家による領有は禁止。
しかし資源については明確な規定がない。

そこでアメリカは2015年に、国内法で企業に資源の所有を認める法律を成立させた。
こうした動きはルクセンブルクやアラブ首長国連邦に広がり、2021年には日本も宇宙資源法を制定、月などの資源探査をしたい企業が、国の許可を得れば所有権が認められることになっており、今回ベンチャーも許可を得てミッションに挑んだ。
こうした国内法は一見、月面で民間が活動するための制度が整っているようにも見えるが、民間参入を促進したい国が言わばバラバラで所有権を認めているとも言え、ほかの国に拘束力があるわけではない。
これに対し中国やロシアは、資源開発を一部の国が国際的枠組みがないまま進めるのは認められないとしている。
今後こうした国が月面の資源開発を本格化させれば、早い者勝ちとなり争いに発展するかもしれない。
やはり、月面などの天体の資源開発に関し多くの国が納得する、国際的な枠組みが必要な時期に来ているのではないか。
宇宙条約が締結された時代と違って今は、多くの国が一つの合意に至るのが極めて難しい国際情勢にあることは確かだが、ここは民間初の月面着陸への挑戦を続けるベンチャーが拠点を置いている日本が、多くの国に枠組み構築への参加を求めるなど議論を主導し、月面探査が本格化する前の枠組み成立にむけてリーダーシップを取ってもらいたい。

今回ベンチャーの初挑戦はうまくいかなかったが、着陸直前まで様々データが得られたことは大きな財産になったと思う。
月面ビジネスの一角を日本が担うことができるよう、ベンチャーには原因究明と対策を急いで行い、その教訓を生かし挑戦を続けていってもらいたい。


この委員の記事一覧はこちら

水野 倫之  解説委員

こちらもオススメ!