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サウジアラビア・イラン 関係正常化の背景と影響

出川 展恒  解説委員

7年前に国交を断絶し、周辺国も巻き込んで激しく対立してきたサウジアラビアとイランが、先月、2か月以内に、国交を回復させることで合意しました。中国が水面下で進めていた仲介が実を結んだもので、国際社会に大きな驚きが広がっています。関係正常化が可能となった背景と影響を考えます。

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解説のポイントは、▼サウジアラビアとイランの関係正常化の意味。▼関係正常化が可能となった背景。▼関係正常化が中東情勢に与える影響。以上、3点です。

■最初のポイントから見てゆきます。

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サウジアラビアとイランは、ともに、莫大なエネルギー資源を有する地域大国で、長年、中東の覇権を争ってきました。
サウジアラビアは、「アラブの盟主」を自認し、イスラム教の聖地メッカとメディナを擁し、スンニ派の厳格な教えに基づく王制の国で、アメリカと事実上の同盟関係にあります。
一方、イランは、ペルシャ民族の国で、かつて革命で王制を倒し、イスラム教シーア派の宗教国家を建設し、アメリカと敵対してきました。そして、2003年のイラク戦争を機に、周辺国に影響力を拡大し、「シーア派の三日月地帯」と呼ばれる勢力範囲を形成しました。

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サウジアラビアは、警戒感をあらわにし、2016年1月、国内のシーア派の宗教指導者らがテロに関わったとして処刑しました。イランでは、これに怒った群衆がサウジアラビア大使館を襲撃し、両国は国交を断絶したのです。

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両国の対立は、イラク、シリア、イエメン、レバノン、カタールなど周辺国を巻き込み、「代理戦争」と言われる状況を生み、中東諸国を分断させてきました。石油施設やタンカーを標的にした攻撃も起きています。それだけに、この両国の関係正常化によって、地域全体の安定と緊張緩和につながることへの期待が生まれています。この両国を含むペルシャ湾岸諸国から、原油需要の90%以上を輸入している日本にとっても、この地域の安定は、エネルギーの安定確保という点で極めて重要です。

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先月10日、両国が仲介役の中国とともに発表した共同声明では、2か月以内に、互いに大使館を再開し、国交を回復することになっていましたが、その時期は早まる可能性があります。
サウジアラビアのファイサル外相と、イランのアブドラヒアン外相が、今月6日、北京で直接会談しました。そして、12日にイランの大使館が再開し、サウジアラビアの大使館も近く再開する見通しです。さらに、イランのライシ大統領が、サルマン国王の招きに応じて、サウジアラビアを訪問する意向を示し、この訪問がいつになるかも注目されています。

■ここから第2のポイント、関係正常化が可能となった背景を考えます。
▼まず、両国の事情です。

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国交断絶から7年が経過し、対立が長期化すると、双方にとって重い負担となりました。サウジアラビアは、軍事介入したイエメンの内戦が泥沼化して、多くの兵士を失い、膨大な戦費が財政を圧迫しています。軍事介入、および、イランとの対立を主導してきたのは、この国の実権を握り、次の国王の座が約束されているムハンマド皇太子で、責任問題となる可能性も出ていました。
一方、イランは、核開発問題をめぐってアメリカなどの制裁が続いて経済の悪化が進んでいます。さらに、去年秋以降、女性のスカーフ着用をめぐる民衆の抗議デモが全土に拡大し、イスラム体制を揺るがす事態に発展したため、サウジアラビアと対立を続ける余力はなくなりました。

▼次に、仲介役の中国の思惑です。

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両国の関係正常化に向け、近隣のイラクやオマーンが仲介していましたが、中国による仲介は、国際社会にとってサプライズでした。去年12月の習近平国家主席のサウジアラビア訪問、今年2月のイランのライシ大統領の中国訪問などを経て、水面下で進められてきました。中国は、近年、経済力を背景に、中東諸国に接近していましたが、政治面でも積極的に中東に関わる意思を示したと言えます。

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長年、中東の国際政治の主役だったアメリカは、自国のエネルギー生産が拡大し、中東のエネルギー資源に頼る必要がなくなったことや、イラク戦争の失敗で信用を失ったこともあって、「中東離れ」を進めています。その間隙を突くように、中国が進出し、存在感を強めています。サウジアラビアとイランから大量の原油を輸入する中国にとって、両国の対立を解消し、地域を安定させることは、国益にかなうのです。

■ここから3番目のポイント、中東情勢に与える影響について考えます。

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周辺国の多くは、両国の関係正常化を歓迎しています。これまで、両国の対立に巻き込まれ、多大な不利益を被ってきたからです。関係正常化が中東の緊張緩和に結びつくことを期待し、すでに具体的な動きもあります。
▼まず、アラブ首長国連邦やバーレーンなど、サウジアラビアの影響を受けるアラブの国と、イランの関係が改善に向かっています。
▼次に、「代理戦争」と言えるイエメンの内戦で、大きな動きがありました。今月9日、サウジアラビア政府と、イランの支援を受けるイエメンの反政府勢力の代表が、直接会談したのです。これをきっかけに、停戦の継続と内戦の終結に結びつくかどうかが注目されます。
▼また、内戦が続くシリアをめぐる国際関係も変化しています。イランの支援を受けるシリアと、反政府勢力を支援するサウジアラビアの外相どうしが、今月、相互訪問し、国交を正常化することで合意しました。シリアは、反政府勢力への武力弾圧を理由に、アラブ連盟への加盟資格を失っていましたが、サウジアラビアとイランの関係正常化に後押しされて、近くアラブ連盟への復帰が実現すると見られています。

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一方、アメリカは、今回の関係正常化が「アメリカ抜き」で進められ、事前に知らされていなかったことに、とまどいを隠せません。自らの影響力低下を思い知らされた形です。
また、イスラエルは、近年、アメリカ、および、サウジアラビアと協調して、イランに対する包囲網を築いてきましたが、はしごを外された形です。

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イランの核開発について、サウジアラビアは、平和目的である限り、容認する姿勢ですが、イスラエルは、核兵器の獲得が目的だと決めつけ、絶対に許さない姿勢です。イスラエルが、今後、イランの核開発を阻止するため、単独の実力行使も辞さないのではないか。軍事攻撃やサイバー攻撃、破壊工作や暗殺など、あらゆる手段を使って妨害するのではないかと、多くの専門家は危惧しています。

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サウジアラビアとイランの関係正常化は、久々の良いニュースと言えますが、直ちに中東が安定に向かうと楽観するのは時期尚早です。両国の対立は、非常に根が深く、ささいな原因で再び関係が悪化するおそれもあります。

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公表はされていませんが、先月の合意では、▼サウジアラビアが、「イラン核合意」の立て直しを支持すること。▼両国が、イエメン内戦の終結をめざすこと。▼そして、サウジアラビアが、イランの反体制メディアの支援をやめることなどで、両国が一致したということです。これらの合意事項を、双方がどこまで守れるかが、関係正常化が軌道に乗るかどうかのカギを握っています。
今回の合意を機に、中東が本当の意味で安定と緊張緩和に向かうのか。この地域のエネルギー資源に依存している日本としても、関係国の動向を注視し、対話を通して、側面から支援してゆく必要があると考えます。


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