12年前の東京電力福島第一原発の事故を機に主要国として初めて原子力発電所の全廃を決めたドイツで15日、最後の原子炉が発電のための運転を停止しました。ロシアのウクライナ侵攻後エネルギーの供給不安を抱える中での原発廃止は、さらなる電力不足や価格の高騰を招きかないだけに市民の受け止めもさまざまです。日本と面積や経済力がほぼ同じで自動車産業がさかんなことなど共通点も多いドイツはなぜ脱原発に踏み切ったのか、その意味と影響を考えます。
1.ドイツの脱原発
▼ドイツが最初に原発の全廃を決めたのは2000年6月です。シュレーダー首相率いる中道左派の社会民主党と反原発を掲げる緑の党の連立政権が、すべての原発を運転開始から32年以内に廃止すること、つまり2020年代はじめまでに全廃することで電力業界と合意しました。世界第4の経済大国が総発電量の3割を占める原子力エネルギーに見切りをつけるという野心的な決断を現地で取材していて驚きをもって伝えたことを今も覚えています
▼政権交代後の中道右派のメルケル政権は2010年、産業界の意向を受けていったんは運転期間の延長を決めました。しかし翌年180度軌道修正を迫られます。東京電力福島第一原発の事故です。「日本ほど技術水準の高い国も原子力のリスクを完全に制御することはできない」メルケル氏はこう述べて国内の17基の原子炉の運転を2022年末までにすべて停止することを決めました。
▼原発は順次廃止され、去年末最後の3基が運転を停止する予定でしたが、ロシアのウクライナ侵攻後のエネルギー供給不安により脱原発は先送りされました。
▼そして先週末15日、3基の原子炉が送電網から切り離され60年以上におよぶドイツの原子力発電の歴史に幕を閉じました。
しかし、原発の全廃をめぐっては国民の間でも意見が割れています。
原発最後の日、首都ベルリンではブランデンブルク門をはさんで対称的な動きが見られました。門の東側では緑の党など反原発派が運転の停止を歓迎する集会を開きました。門の反対の西側では原発推進派が脱炭素化のためにも原発が必要だと訴えました。冷戦時代壁によって東西に分断されていた場所で、原発をめぐり世論が2分されている今のドイツの状況が浮き彫りになりました。
ドイツの通信社が行った世論調査では原発の運転停止を支持すると答えた人は26%にとどまり、運転を続けるべきだと答えた人が65%に上りました。また、別の調査でも原発の継続を支持する人が43%、廃止された原発の再開を求める人も25%に上りました。ドイツは70年代から反核運動がさかんで原子力発電に批判的な声が根強かったのですがエネルギーの供給不安に加えて、電気代がこの2年間で60%以上上がり家計を圧迫、企業にも重い負担となり、脱原発への慎重論が高まったのです。
連立政権内でも原発の即時廃止を求めてきた緑の党に対し、経済重視の自由民主党は運転の継続を求め、意見の対立が続いていました。
2.原発なしのエネルギー戦略は
脱原発を完了させ、今後はいかに原発なしに電力価格の高騰をおさえ、脱炭素化を進めるかが問われることになります。
これはおととし上半期のドイツの総発電量に占めるエネルギー別の割合です。その1年後の去年上半期と比較しますと原子力の割合が6%まで減りました。稼働中の原発が3基まで減ったためです。天然ガスの割合も大幅に減りました。代わって増えたのが石炭火力で、全体の30%を超えました。エネルギーのロシア依存の脱却と安定供給のため停止予定だった石炭火力発電所の運転を延長したりすでに停止していた発電所を再開したりしたためです。
石炭回帰ともいえる動きは2030年までの石炭火力の廃止を掲げるショルツ政権にとって逆行する動きで、脱原発と脱石炭の両立は簡単ではありません。さらにドイツ政府はロシアのウクライナ侵攻後、2030年の電力消費量に占める再生可能エネルギーの割合を80%に引き上げ、2035年以降は国内の発電をほぼ再生可能エネルギーで賄うという高い目標を設定しました。しかし、環境先進国と言われるドイツでも現在の取り組みでは目標達成は困難だと言われています。電気料金の高騰は産業競争力の低下を招きかねず、脱原発が経済成長の足かせとなればドイツだけでなくヨーロッパ全体への影響も少なくないだけに、再生可能エネルギーの普及とともにコストをいかに下げるか大きな課題です。
3.欧州各国は
ではドイツ以外のヨーロッパの国々を見てみましょう。福島第一原発事故のあと各国は原発の新規建設に慎重でしたが、再び原発建設の動きが活発化しています。
▼ドイツが原発に終止符を打った半日後、北欧のフィンランドでは40年ぶりに新たな原子力発電所が本格稼働を始めました。
▼電力の70%を原子力に依存するフランスは、最大で14基の原子炉の新規建設を検討しています。この他、イギリスやオランダ、スウェーデン、それに中東欧諸国でも新規建設の動きが見られます。
▼一方イタリアとスイスは福島第一原発の事故を受けて国民投票で脱原発を決め、オーストリアは70年代に国民投票で原発反対派が勝利して以来、原発を認めていません。ドイツ政府は原子力エネルギーを「安全面のリスクと、維持管理から廃炉までの莫大なコストにより、将来の世代に負担を強いる」としています。これに対しフランスは原子力を「安全で透明性の高いエネルギー」と位置づけ、化石燃料への依存度を下げるためには原発が不可欠だとの立場です。ヨーロッパでもこのように原発に対する見方は国によって大きく異なります。
4.日本は
最後に日本は、福島第一原発の事故後、新規建設に慎重な立場をとってきましたが、政府は今年2月脱炭素社会実現に向けて原発を最大限活用するため「原則40年最長60年」とされている原発の運転期間を実質的に延長できるようにする法案を閣議決定し現在国会で審議が行われています。
原発の是非をめぐっては、陸続きで電力を融通しあうことができるヨーロッパと島国の日本とでは状況が異なり、一概にドイツの例が日本にあてはまるわけではありませんが、安全が最優先されることはどこも同じです。また、脱原発後も放射性廃棄物の処分など多くの課題が残され、「次世代に負担を強いるべきでない」というドイツ高官の言葉は重みをもっています。
原発のリスクや廃炉までのコストを含め原発の将来について日本でもこれまで以上に幅広い議論を望みたいと思います。同時に脱炭素社会実現のために化石燃料の廃止と再生可能エネルギー拡大に向けより高い目標設定が求められます。大きな賭けともいえるドイツの脱原発の取り組みから得られるものは得て、日本の長期的なエネルギー戦略を描いてほしいと思います。
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