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"子ども連れ去り"でプーチン大統領に逮捕状 ロシアの"戦争犯罪"は

安間 英夫  解説委員

国家が子どもたちを連れ去ることがあっていいのでしょうか。
ロシアのプーチン大統領に対して先月(3月)、国際裁判所から逮捕状が出されました。
ロシアが占領したウクライナの地域から子どもたちを移送したことが国際法上の戦争犯罪にあたるという疑いです。
人道的に見過ごすことのできない、この問題について考えます。

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【解説のポイント】
①プーチン大統領の“戦争犯罪”
②子どもたちの“強制移送”の実態
③外交などプーチン大統領への影響

【連れ戻された子どもたち】
(連れ戻された子どもたちの映像)
先週(4月8日)、ウクライナの人権団体(SAVE UKRAINE)によってロシアの支配地域から連れ戻された子どもたちです。
この日は31人が家族との再会を果たしました。

(記者会見の映像)
人権団体が開いた記者会見(4月8日)です。
先月(3月)解放された子どもたちが証言に立ちました。
ロシアが「サマーキャンプ」と呼ぶ場所に最長で6か月間滞在させられ、劣悪な環境だったうえ、ロシア側からうその情報を伝えられていたといいます。

▼ウクライナ南部ヘルソン州の少年の証言
「動物のように扱われ、別々の建物に閉じ込められていた」
「毎日『親に拒絶され、必要とされていない』と聞かされていた」

こうしたケースのように、先月(3月)プーチン大統領に逮捕状が出されたあと、人権団体の働きかけで子どもたちがウクライナに連れ戻される事例が出てきました。
しかしそれはほんのわずかで、取り組みは始まったばかりと言えます。

【“連れ去られた”子どもたちの数は】

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ウクライナ政府は、去年(2022年)2月に軍事侵攻が始まってからロシア側に移送された子どもの数は、確認されただけで1万9384人、戻ってきたのは361人と発表しています(2023年3月13日現在)。
ただロシア政府が70万人以上の子どもが国境を越えたと発表していることを踏まえると、ウクライナ政府は、連れ去られた子どもは1万9000人にとどまらず、もっと多いはずだとして、情報提供を呼びかけ、調査を進めています。

【プーチン大統領の“戦争犯罪”とは】
ではなぜプーチン大統領に逮捕状が出されたのでしょうか。

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ICC=国際刑事裁判所は先月(3月)、プーチン大統領と、そのもとで子どもの権利などを担当するリボワベロワ大統領全権代表の2人に逮捕状を出しました。
ロシアが占領したウクライナの地域から子どもたちを移送したことが国際法上の戦争犯罪にあたるという疑いです。

ICCは、世界各地の戦争や民族紛争などで非人道的な行為を行った個人を訴追して裁くため、2003年、オランダのハーグに設立された裁判所です。

国際社会で重大とされる4つの犯罪、
▼「集団殺害犯罪」、いわゆる「ジェノサイド」をはじめ、
▼「人道に対する犯罪」、
▼「戦争犯罪」、
▼「侵略犯罪」を管轄しています。

住民の移送は殺人や拷問などとともに戦争犯罪に含まれ、ICCは、ウクライナの児童養護施設などから少なくとも数百人の子どもが連れ去られ、多くはロシアで養子に出されたとみられるとしています。
国家元首に対して逮捕状が出されるのはきわめて異例です。

ではどうしてICCは、こうした措置をとったのでしょうか?

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ロシアに対しては、ウクライナ侵攻でさまざまな「戦争犯罪」の疑いが持たれてきました。
去年3月末に発覚した、首都キーウ近郊のブチャで大勢の住民が殺害されたこともそのひとつですが、犯罪事実やプーチン大統領の関与について立証することは難しいと考えられてきました。
今回逮捕状が出されたのは、プーチン大統領をはじめロシア政府が子どもたちの移送を公然と認めてきた経緯があるためです。
ロシア政府は「子どもたちを保護するためだ」と主張しています。

プーチン大統領は去年(2022年)5月、大統領令でウクライナの子どもたちにロシア国籍を付与したり、ロシアの家庭が養子縁組みしたりする手続きを簡素化しました。
またリボワベロワ氏も、SNSに積極的に投稿してウクライナの子どもたちを受け入れていることをアピールし、自らもウクライナ東部の15歳の子どもを養子にしたと公言してきました。
こうした言動は、ウクライナの領土の占領を正当化するロシア側の一方的な立場から来ているとみられますが、人道的に正当化できず、違和感を持たざるを得ません。
ICCのカーン主任検察官は「疑いには合理的な根拠がある」としたうえで、「子どもたちを戦利品のように扱うことは許されない」と指摘しました。

【どのように連れ去られたのか】
ではここからは、子どもたちがどのように連れ去られたのかについてです。

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ウクライナ東部の弁護士らでつくる人権団体、「東部人権グループ」は、子どもたちがロシア側に“強制的に”移送されたとして、去年(2022年)12月、報告書を出しました。
報告書では、ロシア側がどのような子どもを移送したかを4つに分類しています。
①児童養護施設などの子ども、
②親が戦地などに出向いて親戚に預けられていた子ども、
③親がロシア側に収容された子ども、
いずれも十分な養育ができないとして収容されたとしています。
さらに、
④親と一緒に家族で移送された子どももいます。
このほか、先ほど紹介した子どもたちのように、ロシア当局によるサマーキャンプの募集に応じ、そのまま長期間滞在させられているケースもあると見られます。

ではなぜ移送しているのでしょうか。
報告書のなかでこの団体は、
▼ロシア政府高官の発言などから、減少するロシアの人口の増加につなげるねらいがあるのではないか。
▼また、ロシアへの愛国心を促す思想教育が行われていることから、子どもたちをロシア化して、ウクライナの民族のアイデンティティーを破壊することを目的としているのではないかと指摘しています。

【プーチン大統領は逮捕されるのか】
ではプーチン大統領は逮捕されるのでしょうか。

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ICCの設立条約には、日本を含め123の国と地域が加盟しています。
ロシアは、アメリカや中国、インドなどとともに加盟していません。
さらにロシアはICCの管轄権を認めておらず、逮捕状の執行に協力するとは考えられないことから、プーチン大統領が実際に逮捕される可能性は低いとみられます。

しかし加盟国は、逮捕状の執行に協力しなければならないことになっています。
ドイツ政府は、自国に来た場合逮捕の可能性があると言及し、ロシア政府が反発しています。
また加盟国には、ロシアが国際世論を形成するうえで味方につけたい、アフリカや中南米の国々が多く含まれています。

逮捕状によって、プーチン大統領は、国連安全保障理事会の常任理事国の首脳、世界のリーダーとしての権威が傷つけられたうえ、首脳外交を展開しようにも逮捕されるおそれが排除できない以上、その可能性を著しく制限されることになりました。

【残された課題は】
ただそれでも課題は残されます。
どれくらいの人数の子どもたちがどこに移送されたのか、全容は分かっていません。

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ICCは、逮捕状が出されたことは問題解決に向けた第一歩だとしています。
EUや国連もウクライナ政府やICCの取り組みを支援していく構えです。
来月(5月)広島でサミットを行う日本をはじめG7、国際社会はこの問題の解決を後押ししていく必要があります。
一方でプーチン大統領を戦争犯罪の責任者と位置づけることは、今後、ロシアとの交渉を難しくする可能性もはらんでいます。
ロシアも「保護だ」と主張するなら、国際的な調査やウクライナの親たちの引き渡しの要求に誠実に応じるべきでしょう。

【終わりに】
軍事侵攻の開始から1年あまり。
連れ去られた大勢の子どもたちを取り戻すためには膨大な労力が必要となりますが、子どもたちの記憶が塗り替えられる前に解決を急ぐ必要があります。
親子の絆を割き、子どもたちの将来を変えてしまうことが正しいことなのか、プーチン大統領をはじめ、ロシア政府にはよく考えて欲しいと思います。


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