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日銀植田新体制 スタート 待ち受ける課題は

今井 純子  解説委員

日銀の総裁に、経済学者の植田和男氏が就任し、新しい体制がスタートしました。植田総裁は、就任の記者会見で、黒田前総裁が推し進めてきた金融緩和を続けることで、2%の物価安定目標の実現を目指す考えを強調しました。ただ、10年にわたって続いてきた大規模な金融緩和で、多くの副作用、そして、負の遺産も積み残されています。植田日銀は、どのようなかじ取りが求められるのか。考えてみたいと思います。

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【新しい体制】
まず、新しい日銀の体制です。
▼ 植田総裁は、マクロ経済学や金融論の分野で日本を代表する経済学者で、1998年から7年間、日銀の金融政策を決める審議委員を務めました。経済学者の中で、日銀の金融政策に、理論と実務の両方の面から、最も精通している一人と言われています。
▼ そして、2人の副総裁。前の金融庁長官の氷見野副総裁は、金融規制に詳しい国際派として知られています。また、内田副総裁は、日銀の前の理事で、これまでの金融緩和を実務面から支え、その効果と副作用にも精通しています。
▼ 一方、今回、強く金融緩和を主張してきた推進派の副総裁が10年ぶりに姿を消したことも、ひとつの特徴です。経済の専門家の間からは、経済と物価をみながら、これまでより柔軟に政策の修正や変更を打ち出せる体制になったという見方がでています。

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(当面は、金融緩和の継続)
ただ、すぐに政策を変えるわけではなさそうです。就任の記者会見で植田総裁は、
▼ 2%の物価安定目標について「そう簡単な目標ではない」「この5年の任期の間に、目標に到達できるよう、全力をあげたい」などと述べ、当面、これまでの金融緩和を続ける=つまり、極めて低い金利水準を続ける考えを強調しました。一方、
▼ 2%の物価目標の達成が難しいということになれば「副作用に配慮して、より持続的な金融緩和の枠組みを探っていきたい」として、この先、副作用を減らすため、政策の修正に踏み切る可能性にも含みを持たせました。

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【抱える課題】
(当面の課題 副作用への対策)
では、どのような政策の修正が求められるのでしょうか。経済の専門家などから指摘されているのは、
▼ 返済までの期間が10年の長期金利を最大で、0.5%より低く抑える政策。
▼ そして、短期の金利をマイナスに抑える政策。
▼ さらに、そもそも、こうした政策を打ち出す前提となってきた「できるだけ早期に」「2%の物価上昇」を達成することを目指す、という目標の位置づけ。この3点です。

(問題化してきた副作用)
いずれも、これまでの大規模な金融緩和を支えてきた中心的な政策です。ところが、このところ、欧米で金利をあげたり、物価が上昇したりしていて、日本でも、市場で、全体的に金利上昇の圧力が増しています。
そうした中、10年の長期金利を日銀が無理やり抑え続けているため、
▼ 本来、金利は市場が決めるはずなのに、金融の市場機能をゆがめている。
▼ 海外との金利差が開いて、円安が進みやすくなり、物価上昇に拍車をかける要因になってしまっている。といった副作用が目立つようになってきているからです。
▼ また、マイナス金利についても、金融機関の収益を悪化させる要因となっているという指摘があがっています。

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(政策修正のタイミングを模索)
植田総裁は、
▼ 長期金利の抑制について、「市場機能への影響がある」
▼ マイナス金利も「金融機関の収益への影響は大きい」として、副作用を認めながらも、「基調的なインフレ率がまだ2%に達していないという判断のもとでは継続するのが適当だ」として、当面は、こうした政策を継続する考えを示しました。
今後、経済や物価の情勢をみながら、どの政策を、どのような形で修正していくのか、タイミングを模索することになりそうです。

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(中長期的な課題 負の遺産への対応)
さらに、その先には、積みあがっている“負の遺産”をどう解消していくのか、という大きな課題も待ち受けています。
▼ 金融緩和のために、日銀は、大量の国債を買い続け、発行済みの残高の半分以上にあたる580兆円あまりを保有しています。また、この間、ETFと呼ばれる、複数の株式をまとめてつくる上場投資信託も大量に購入し、残高が37兆円にのぼっています。
▼ この結果、財政規律のゆるみにつながっている。また、
▼ 株式市場の価格形成をゆがめている。
▼ さらに、将来、金融緩和策を縮小する出口戦略に向かう際に、市場に大きな混乱を生じさせるのではないか。こうした批判や懸念につながっています。植田総裁も、問題点は認めています。今後、どのように金融緩和を縮小して、平時の金融政策に戻していく道筋を描くのか。植田総裁は、難しい課題にものぞむことになります。

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【植田総裁に求められること】
(先行きに広がる不透明感)
ただ、こうした金融緩和の修正、そして本格的な見直しをしていくには、慎重な検討が必要です。というのも、足元、経済や物価の先行きに、不透明感が広がっているからです。
▼ まず、経済。世界では、アメリカの銀行の破綻をきっかけに、金融不安がくすぶり、経済が悪化する懸念も広がっています。こうした影響を受け、3日に公表された日銀の短観では、大企業製造業の景気判断が5期連続で悪化しました。日本の景気の先行きにも慎重な見方が広がっています。
▼ そして、物価の見通しについても、「人手不足から、今年に続き、来年の春闘でも、大幅な賃金引き上げが行われ、2%の物価上昇が続く可能性が出てきたのではないか」という見方と、「企業の業績悪化で、来年の賃金引き上げは期待できず、物価は1%を割る可能性もある」という見方と、真っ二つに分かれています。

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(時を誤らず、最適な政策の打ち出しを!)
先の見通しを誤って拙速に動くと、景気を悪化させ、賃金引き上げの流れを途切れさせる心配があります。一方、慎重になりすぎると、金利の引き上げが遅れて、そのあと新たに大きな混乱を引き起こすことになりかねません。植田総裁も記者会見で「急に持続的、安定的に2%になるということに気付いて、急に政策を正常化することになると、市場が大きな調整を迫られる。前もって的確な判断ができるようにしないといけない」と述べています。
経済や物価のデータから先行きを見極め、時を誤らず、最適な政策を柔軟に打ち出していく手腕が問われることになります。

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(国民に寄り添った丁寧な説明を!)
そして、最後にもう1点。
日銀が、今の金融緩和を続けていくにしても、あるいは、金融政策を修正したり、出口戦略に向かい始めたりする場合にも、為替や金利が大きく動く懸念があります。特に、金利が上がる場合、住宅ローンの金利が上がったり、円高になったりして、企業の活動やわたしたちの生活にも影響が出ることが避けられません。大きな動揺が広がらないよう、植田総裁は、海外を含めた市場と丁寧な対話をしていくこと。そのうえで、私たち国民にもわかりやすく、そして、生活に寄り添った目線で、日銀の政策の意図や今後の道筋について、説明していくことが求められると思います。

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【まとめ】
日銀の新体制のスタートが、後から振り返って、大規模な金融緩和から、出口の方向に向かい始める転換点となっていくのか。次は、今月27日から始まる、金融政策決定会合で、どのような議論が行われ、物価や経済についてどのような見通しが示されるのかに注目していきたいと思います。 


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