岸田政権は少子化対策を強化するための具体策や財源の検討を進めています。
その少子化が日本以上に進んでいるのがお隣の国、韓国です。出生率は0.78、韓国政府は20年近く前から少子化対策に取り組み莫大な予算を投じてきました。
しかし極端な少子化は進む一方です。どうしてでしょうか?
【解説のポイント】
▽ 韓国での少子化の現状とその要因をみたうえで
▽ これまで取られてきたさまざまな少子化対策を振り返り、
▽ それらの対策がなぜ効果をあげることができなかったのか考えます。
【少子化の現状と原因】
韓国の合計特殊出生率です。1970年には4を超えていましたが、年々少子化が進み、去年は0.78と7年連続で過去最低を更新しました。
日本などほかの先進国と比較しますと、韓国の少子化がいかに急速に進んでいるかがわかります。OECD諸国の中で出生率が1を下回っているのは韓国だけです。
1980年には人口の3割以上(34%)を占めていた14歳までの人口は年々減少し、2050年には1割を割り込む(8.9%)と推定されています。
その一方で、一桁台だった65歳以上の高齢者は2050年には4割近く(39.8%)を占めるとみられています。
世界でも類を見ないスピードで少子化と高齢化が進んでいるのです。
【少子化の要因】
なぜここまで少子化が進んでしまったのでしょうか?
▽結婚する人が減ってきたことが最大の要因と言われています。
1980年には40万件以上(40万3031)あった婚姻件数は減少を続け2021年には19万件あまり(19万2507)と半分以下にまで減っています。
30代の未婚率は1990年には男性女性とも一桁台でしたが、2020年には男性は50.8%と半数を超え女性も3割以上(33.6)にのぼっています。
▽平均初婚年齢は男性が33.4歳、女性が31.1歳(2021)といずれも30歳を超えていて、日本より晩婚化が進んでいます。
背景には、結婚して子どもを設け育てることへの不安が大きいことが指摘されています。
▽不動産価格の高騰でソウルのマンションの平均価格は日本円で1億円を超えています。結婚して親元を離れて新しい家庭を築こうにもマイホームは容易に手に入るものではありません。
ソウルに住む結婚して5年以内の新婚家庭を対象にした調査では、住宅を保有しているのは4割弱(37.2%)、子どもの数は平均で0.62人と全国平均(0.8)を大きく下回っています。
▽競争社会の韓国では子どものうちから習い事をするのが一般的です。塾だけでなくピアノやバレエ、英語など夜遅くまで複数の習い事を掛け持ちしている子どもも少なくありません。激しい受験競争を勝ち抜いて有名大学を出ても厳しい就職難が待ち受けています。
【韓国の少子化対策】
韓国政府も手をこまねいていたわけではありません。
今世紀に入って少子化対策に本格的に取り組みました。労働力人口が減り国際競争力が低下するという危機感からでした。
2005年には「低出産・高齢社会基本法」を制定、歴代の政権が数々の対策を打ち出してきました。
▽ノ・ムヒョン(盧武鉉)政権では、女性が出産後も働き続けられるよう「短時間勤務制度」を導入、さらに国際結婚家庭への韓国語教育や育児支援を行う「多文化家族支援センター」を全国各地に設置しました。
▽イ・ミョンバク(李明博)政権では、一定規模以上の企業を対象に「保育施設の設置を義務化」しました。
▽パク・クネ(朴槿惠)政権は、0歳児から5歳児を対象にした「無償保育」の所得制限を撤廃しました。
▽ムン・ジェイン(文在寅)政権では、男性の育児参加の促進に力点が置かれました。
(CM)「妻に2人目の子どもが欲しいと言われました/大変だけど子どもと仲良くなれて良かったです」
韓国有数の財閥企業「韓国ロッテグループ」が作成した男性育児CMです。
男性社員に最低1か月以上の育児休暇の取得を義務付けています。最初の1か月間は賃金の全額が保証され、2017年から去年までに対象者の9割が育児休暇を取得したということです。育児の負担を軽減することで社員はより仕事に集中できるようになり、優秀な人材の確保にもつながるとしています。
▽去年発足したユン・ソンニョル政権も、低家賃の公営住宅の建設や移民の積極的受け入れを掲げています。
2006年からこれまでに韓国政府が少子化対策に費やした予算は、実に280兆ウォン、日本円にしておよそ28兆円にのぼっています。
【効果があがらなかった少子化対策】
それにも関わらず韓国の少子化は進む一方です。どうしてでしょうか?
無償保育のように、子どもを預ける親は増えたのに公立の保育園の数が足りず、かえって子育て不安を煽ってしまった失敗もありました。しかしそれだけではないようです。
日本にも紹介されベストセラーになった小説「82年生まれ キム・ジヨン」です。主人公の女性は1982年生まれ。何度も壁に当たりながら大学を出て就職し結婚して娘を出産します。しかし育児ストレスからやがて精神に支障をきたしていきます。
ここに描かれているのは、この世代の韓国女性の多くが経験する“生きづらさ”です。
ある調査では64%が「結婚に負担を感じる」、77.2%が「子どもがいると就業やキャリアに制約を受ける」と答えています。(韓国女性政策研究院2019)
こうした“生きづらさは女性に限ったことではありません。
「3放世代」、これは「恋愛」「結婚」「出産」の3つを放棄せざるを得ない若者を指す言葉です。「就職」と「マイホーム」を加えた「5放世代」という言葉も誕生しました。
韓国社会に詳しい専門家は「家計は男性が支え、家事は女性が担う」「働く女性を労働力としてしか見做さない」という古い価値観が影響していると指摘します。
(聖学院大学 春木育美教授)
「個人の生活の質や家族生活の幸福度よりも、経済的効率や労働優先といった旧来の価値観が染み込んでいて、こうした旧来の価値観が変わらない限り、やはり自分たちの未来に不安を抱えざるを得ない。/こうした状況を変えていかなければ安心して子供を産んで育てようという気持ちには到底ならないと思います」
ここまで韓国の少子化の現状と対策について見てきました。
男性の育児休暇が広がるなど一定の効果もありましたが、「産めよ増やせよ」といった掛け声では若者の意識を変えることはできませんでした。予算をつければ少子化が止まるということでもなさそうです。
10年後、20年後の未来に希望がもてない。仕事か家庭かどちらかを犠牲にしなくてはならない。こうした生きづらさは、韓国に限ったことではありません。
仕事と家庭生活が両立できる社会、将来に希望をもてる社会にしていくことが、何より求められているのではないでしょうか。少子化を食い止めることができなかった韓国の経験を他山の石として、日本政府には実効性のある少子化対策を打ち出してもらいたいと思います。
【参考文献】
春木育美『韓国社会の現在 超少子化、貧困、孤立化、デジタル化』(中公新書2020年)
浅羽祐樹ほか『知りたくなる韓国』(有斐閣2019年)
韓国統計庁 https://kostat.go.kr/ansk
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