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中小企業の収益力アップへ~地方からのヒント

神子田 章博  解説委員 鈴木 啓太  解説委員

(神子田)
原材料費やエネルギー価格の高止まりが続く中、地方の中小企業の多くは厳しい経営が続いています。時論公論では、これまでも政府の支援策などをとりあげてきましたが、きょうは、地方の企業自らが収益力をどう高めようとしているのか。地域ぐるみの取り組みが比較的進んでいる広島で取材している広島放送局の鈴木解説委員とともに考えていきたいと思います。

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鈴木さん、まず地方の企業には、地方ならではの厳しい状況があるのでしょうか。

(鈴木)
地方では、人口減少で市場が縮小しているだけに、東京など大都市圏と比べて厳しい経営環境におかれています。

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このところ、広島では新型コロナウイルスの感染が落ち着き、飲食や旅行などのサービス産業では需要が回復してきていますが、原材料価格や燃料費の高止まりが続き、収益が厳しくなっている企業も少なくありません。また、新型コロナの影響を受けて、実質無利子・無担保のいわゆる「ゼロゼロ融資」を受けていた中小企業では、この春から返済が本格化する企業が増えてきます。このため、これまで低い水準で推移してきた倒産件数が増えることが懸念されています。こうした中で、収益構造を改善させること、そして、新たな収益源を確保することが改めて求められていると思います。

(神子田)
では地方の企業にはどのような道をめざしたらよいのか。ここからは、収益力をどう高めていくか、そのために必要となる人材育成をどう進めるか、の二つの視点から、企業自ら取り組む具体的な動きを見ていきたいと思います。鈴木さん、まず企業の収益力強化に向けて、広島ではどんな動きが出ていますか?

(鈴木)
取り組みのひとつが「新事業の開拓」です。

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自動車産業がさかんな広島では、地域が一体となって、電動化という時代の変化に応じた「技術のシフト」に取り組む動きが出ています。マツダと、地域の部品メーカー3社が共同で、モーターなどの部品の量産に向けた開発を担う合弁会社を去年、設立しました。参加した部品メーカーは、排気関連の部品や金型などを扱っていて、電気自動車の生産が増えれば、仕事が減るおそれがあります。こうした中で、電動化にもともと強みを持っていた企業でなくても、この合弁事業を通じて、他の企業と協力して、技術やノウハウを掛け合わせることで、電動化に求められる新たな技術を生み出そうとしています。マツダの車には、広島県を中心におよそ1000社の部品メーカーが関わっていますが、個々の会社レベルでは、加速する電動化の動きに、どう対応していいか分からないという声が多く聞かれます。マツダは今回の事例にとどまらず、今後も地域の部品メーカーとの協業を増やすことにしていますが、今後、いかにすそ野を広げていけるかが課題になると思います。

(神子田)
一方で、広島のように核となる大企業や、地元の市場が限られる地方で、収益をどう増やしていけばよいのか。政府が新たに取り組んでいるのが、中小企業を「海外市場の開拓」に導く支援策です。
一口に製品を輸出したい企業といっても、「とにかく何かを輸出したいが、自社の製品の中から何を輸出すればよいかわからない」といったレベルから、輸出向けの製品は完成したが、海外で製品を買い付けてくれる業者をどう探したらいいかわからないといった企業まで、課題は様々です。

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新しい支援制度では、まず、こうした中小企業に対し、最初の相談窓口を輸出業務の支援を行うJETRO=日本貿易振興機構に一本化し、担当者が企業のニーズを聞き取り、適切な支援機関を紹介します。具体的には、中小企業基盤整備機構が、何が輸出できそうで、どのくらい輸出したら生産コストに売り上げが見合うかなど経営計画の作成を指導。そのうえで、専門家やアドバイザーの助言を受けながら、政府の補助金をつかって、海外市場のニーズにあった製品開発を支援。そして、JETROが海外でその製品を扱ってくれるバイヤーを紹介するというように、各社の課題に応じて順を追って支援を行うというものです。

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実はこれまでも、石川県の、とうふ製造会社が、卵と小麦粉を使わない「がんもどき」を開発。動物性の食品を摂らない人々の市場が大きい欧米向けへの輸出をはかろうと、公的な支援を受けて、現地の人々に受け入れられやすいように食感を改良し、輸出に成功した事例が出ています。新たな制度はこうした事例を増やしていこうというもので、地方からも輸出拡大につながることが期待されています。

続いて人材の育成について考えていきます。鈴木さん、広島ではどのような取り組みが行われていますか?

(鈴木)
広島県では、ほかの地域に先駆けて、従業員の知識やスキルを発展させる「リスキリング」を進めようと、今年度から行政が後押ししています。生産性を高めるためには、デジタル化の取り組みが中小企業にとっても欠かせなくなっていますが、デジタル人材は全国的に不足し、外部からの採用が難しくなっています。

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そこで、広島県は、企業がすでに抱えている人材を育成しようと、ITの基礎的な知識を身に着けられる、国家資格「ITパスポート」の取得に向けて、講座の受講や試験にかかる費用を補助する制度を導入しています。一方、企業側には、こうした資格取得の目標や社内の研修の取り組みなどを「リスキリング推進宣言」として公表してもらう取り組みを進めています。これまでに100社が参加していて、このうち、金融グループの「ひろぎんホールディングス」は、取引先のデジタル化を支援するため、これまでにグループ4000人あまりの社員のおよそ半数がこのITパスポートの資格を取得したほか、運送会社では60代の社長みずからがITパスポート取得を目指すケースなどがでてきています。

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さらに、県はことし夏にガイドラインを作成することにしています。何から手をつけたらいいのか分からないという企業が少なくない中、▼リスキリングの必要性や▼学ぶ環境の整備、そして、▼スキルや知識を習得した人材をどう評価・処遇していくかなどを整理して、企業が主導する形で従業員のリスキリングを促したい考えです。ただ、私もこの「ITパスポート」を取得しましたが、これによって、ただちにデジタル化が進むわけではありません。それでも、まずは一歩を踏み出して、県内全体で機運を高めていこうという動きに注目したいと思います。

(神子田)
人を育てるという意味では、地域ぐるみで中小企業の経営者を育てるという取り組みを進めているケースもあります。

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静岡県の経済団体、静岡経済同友会は、規模の小さな企業がもつ技術やアイデアをビジネスとして成長させようと、地元の経済界をリードするベテランの経営者らがメンター=助言者として支援し、年に一度そのビジネスプランの発表会を行っています。今年の発表会では、広告用の看板などの施工・販売を手掛ける企業が、価格が130万円の一人乗りの電気自動車を開発。リチウム電池に比べてコストは安いが耐久性に問題があった鉛蓄電池の寿命を最新の技術で長くしたほか、サイズ的に車検や車庫証明の必要がないなど、保有コストを抑えたことをアピールしました。これに対し、大手企業の技術者から「街で目立つ色で塗装すれば広告媒体として活用が広がるのではないか」、といった助言が寄せられていました。私も取材に行ったのですが、新規事業を始めようという経営者が、経験の豊富な経営者らから、こうしたアドバイスを受けることで、自らも成長し、事業も成長させる。企業自ら生み出す動力が地域経済の活気につながると感じました。

(鈴木)
今日見てきたように、地方では、収益の拡大や人材の育成にむけて企業や産業界の間から様々なアイデアが生まれ実行されようとしています。

(神子田)
政府としても支援策を作る際に、担当者が個々の地域の現場にこまめに足を運び、企業が自発的にとりくむ変革の動きもくみ取りながら、そこに公的な支援が有機的に結び付くような政策を打ち出すことが求められています。


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