日本の文化芸術を守り、育て、発信していく役目を担う文化庁が27日、京都に移転し、業務を開始しました。
人口減少など地域を取り巻く環境が厳しさを増すなか、地域の視点に立った文化行政の推進は、これまで以上に重要になっています。
その対象は多岐にわたりますが、地域文化に関わる人たちを支え、保存と活用を図っていくにはどうすればよいか、移転を機に考えてみたいと思います。
■文化庁京都へ 何が変わる?
文化庁の京都移転は今から7年前、平成28年に政府の方針として決まりました。東京一極集中を是正し、地方創生を推し進めるのがねらいです。
中央省庁としては初めての全面的な移転で、長官をはじめ、政策課や文化資源活用課などが京都に移りました。
宗務課も京都に移りますが、旧統一教会をめぐる問題への対応が一区切りするまで東京に残るということです。
文化庁の新庁舎は京都府庁の隣に整備されました。移転は5月の大型連休を挟んで行われ、完了後は京都におよそ390人、東京におよそ200人と、3分の2の職員が京都で業務にあたることになります。
文化庁の組織が京都と東京に分かれたことは、スムーズな業務の遂行などの課題はあるものの、複眼的な視点に基づいた新たな政策を生み出すきっかけになるかもしれません。
初日の27日、都倉長官は「文化芸術立国の新たなステージを着実に進めてまいります」とあいさつ。その方向性がうかがえるのが、長官をトップにした新たな組織「食文化」と「文化観光」の推進本部です。いずれもさまざまな部署が関わるため、連携して政策立案機能の強化を図るとしています。食文化推進本部は28日に最初の会合を開き、今後の進め方などを話し合いました。
■保存活用が進む「食文化」
「食文化」は地域ごとに多様性があり、地域の活性化につなげやすいことから、近年、保存活用の動きが加速しています。
文化庁は3年前に担当の部署を設け、世代を超えて受け継がれてきた食文化を認定する「100年フード」などを進めてきました。
また、おととし文化財保護法を改正し、無形文化財などを「登録」によって保護する仕組みを整えました。食文化に関わる事例としてはこれまで、登録無形文化財は「伝統的酒造り」や「京料理」など3件、登録無形民俗文化財は4件が選ばれています。
「伝統的酒造り」はユネスコの無形文化遺産への来年の登録を目指して、今月中に提案書を提出する予定です。
■食文化 保存活用の具体例は
「食文化」の保存活用の具体例を、福井県小浜市に見てみます。
この地域は古代には御食国(みけつくに)と呼ばれ、海産物や塩を朝廷に献上してきたほか、その後も鯖街道を通じて海産物を都に運んできた歴史があります。
これを踏まえて市が打ち出したのが、「食のまちづくり」です。食を通じた地域の活性化を目指してきました。
平成13年に「食のまちづくり」条例を全国で初めて制定。15年には中核施設となる「食文化館」をオープンさせました。ここでは地域の食文化を紹介するだけでなく、併設されたキッチンスタジオで実際に料理を作ることもできます。
身近な食文化に改めて目を向けて継承につなげる取り組みには、市民の参加を呼びかけました。
平成24年から3年かけて行われた「伝統行事と食」についての調査には、およそ50人の市民調査員が参加。神社の祭礼などの伝統行事とそれにともなう食事について、内容や実施状況などを調べた結果、600件を超えるデータが集まりました。専門家の分析を加えて報告書や映像記録にまとめたということです。
■文化財保存活用地域計画の拡充を
このように、生活に身近な文化を掘り起こし、地域全体で保存活用を図っていくことは、多くの地域で人口減少がさらに進むと予想されるなか、これまで以上に重要になってきます。地域文化を継承するうえで、文化庁が地方自治体とともに最優先で取り組むべき課題と言えます。
そのために有効なツールとなるのが、「文化財保存活用地域計画」です。
平成30年の文化財保護法改正で新たに設けられた制度で、市町村が具体的な行動計画などを作成し、基準を満たせば文化庁長官の認定を受けます。福井県小浜市はすでに作成し、「食文化」に関連したさまざまな取り組みが盛り込まれています。
各地の計画を見ていて強く感じるのは、計画を作る作業は、地域の文化と向き合う行為そのものだということです。どこにどのような文化財があるのか、保存の現状はどうなっているのか、活用するにはどんな方策があるのか、といったことを調べ、考えることができます。
文化庁によりますと、これまでの4年間に認定されたのは96件。地域文化を取り巻く環境がいっそう厳しくなることを考えれば、作成にあたる市町村の数をさらに増やし、内容も充実させていくべきです。文化庁は働きかけを強めてほしいと思います。
■住民が提案 保存につながる「市民遺産」
地域文化の保存活用を進めていくにあたっては、小浜市が「伝統行事と食」の調査を市民参加型で行ったように、住民の積極的な関わりも重要です。
そこで注目したいのは、身近な「お気に入りの文化」を市民が見出して保存につなげる取り組みです。
福岡県太宰府市では、古代の役所「大宰府」に関連する遺跡や菅原道真ゆかりの太宰府天満宮といった知名度の高い文化財がある一方で、「太宰府市民遺産」という地道な運動が10年以上前から進められています。
未来に伝えたいと思った「もの」などを市民が提案し、これまでに「木うそ」と呼ばれる鳥の姿をかたどった民芸品や、還暦を迎える男女などが太宰府天満宮に梅の木を奉納する「梅上げ行事」など17件が登録されました。
市民遺産を選ぶのは、市民などで構成される会議です。年に一度、公開の場で審査が行われ、うちわの数で多数決をとります。提案が通ると、提案者は育成団体として、その後も保存やPRに関わります。
地域の新たな魅力の発見や文化財の保存につながる市民遺産は、長野県松本市の「まつもと文化遺産」や宇都宮市の「みや遺産」など、少しずつ広がりを見せています。
■「現場第一」の原点に立って
このような地域住民や地方自治体による保存活用の取り組みに対し、文化庁は多様な支援事業や専門的なアドバイスで応えることが求められます。
その際に大切なのが「現場を知り、ニーズに応える」ことだと思います。
「常に『現場第一』の原点に立って、文化力による社会の活性化や地方創生、国際交流にも貢献する行政組織であらねばならない」
これは、平成28年に文化審議会がまとめた答申の中で「文化庁のあるべき姿」として記された言葉の一部です。
答申は京都への移転が決まったことを踏まえた緊急提言としてまとめられ、文化庁の機能強化や文化政策の改善などを求めています。
「現場第一」の原点を忘れることなく、地域住民や地方自治体の取り組みを手厚くサポートすることで地域の文化を守り、育てていく。文化庁には京都移転を機にさらにリーダーシップを発揮し、これまで以上に実効性のある取り組みを進めてほしいと思います。
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