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習近平氏 新体制で目指すものは

宮内 篤志  解説委員

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中国では今月、全人代=全国人民代表大会が開かれ、習近平国家主席が再選されたほか、新しい政府の陣容が決まるなど、3期目の新体制が本格始動しました。
経済の停滞やアメリカとの対立、台湾情勢などの課題と向き合う中、今回の全人代から見えてきた、習新体制が目指すものを読み解きます。

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中国で今週13日まで開かれていた年に1度の全人代で、習近平氏が国家主席に再選されました。国家主席として3期目に入るのは習主席が初めてです。
去年秋の共産党大会では党と軍のトップとしての続投を決めていて、党、軍、そして国家という3つのトップを引き続き務めることで、習主席への権力集中はいっそう進み、政権も異例の長期化に入っています。

また、首相など政府の新しい陣容も決まりました。
新たに首相となった李強氏をはじめ、筆頭副首相の丁薛祥氏など、主要ポストの多くに習主席の地方勤務時代の秘書や部下が配置されているのが特徴です。
「ゼロコロナ」政策で停滞した経済の立て直しなどに取り組むことになりますが、習主席としては、忠実な側近を政府の要職にも配置することで、みずからが進めやすい形で3期目を運営する思惑があるとみられます。

しかし、周囲を固めるのは側近ばかりで、歯止めをかける「ブレーキ役」が不在なことから、国際社会からはリスクとも受け止められています。

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その新体制で、習主席が目指すのが「強さ」です。
全人代最終日の習主席の演説では「強国」というキーワードが16分ほどの演説の中に12回も登場しました。

なぜ、そこまで「強さ」を前面に打ち出すのでしょうか。
実は、共産党政権は「改革開放」政策の導入以降、国を豊かにさせることを優先し、対外的には能力を隠して摩擦を避ける、いわゆる「韜光養晦(とうこうようかい)」と呼ばれる方針をとってきました。
しかし、中国が世界2位の経済大国となった今、習主席は、共産党政権に対する求心力を維持していくためには、中国には「強さ」が必要だと考えているのです。
さらに、「自分には中国を強くする使命がある」と主張することで、みずからの長期政権を正当化する狙いもあると指摘する専門家もいます。

では、その「強さ」をアピールする習主席は、国際社会においては何を目指そうとしているのでしょうか。

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それは、最大のライバルであるアメリカへの対立軸を打ち出し、中国に有利な国際秩序を作り出すことだと思います。
そもそも米中両国は去年11月、習主席とバイデン大統領が首脳会談を行い、関係改善に向けて動き出そうとしていました。
しかし、気球の撃墜をめぐる問題や中国がロシアに軍事支援を検討しているという疑いが持ち上がり、関係改善の機運はしぼんでいます。
全人代の記者会見で秦剛外相は、「最初のボタンのかけ違いがあったために、アメリカの対中政策は理性的で健全な軌道を完全に外れてしまった」と批判しました。
中国からすれば、政治体制や価値観などをめぐる意見の違いはあるものの、両国関係を安定させようと模索していたのに、「アメリカは自分たちの主張に耳を傾けようとしない」という恨み節にも聞こえます。

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こうした中、ウクライナ情勢をめぐっては、侵攻1年となった先月24日、中国の立場についての文書を公表しました。
特徴の1つは、軍事侵攻を始めたロシアへの批判を避けるなど、随所にロシアへの配慮をにじませたことです。
中国は、ウクライナ侵攻でアメリカがNATO加盟国などとの結束を強化するのを目の当たりにしました。その結束の矛先はいずれ、安全保障や経済などをめぐって対立する中国へと向かいかねないという危機感を強く抱くようになります。
アメリカへのけん制という観点からも、ロシアとの連携は維持しておきたい、そのためにもロシアには一定の存在感を持っていてほしい。このように中国は、ウクライナ情勢をめぐっても、アメリカとの対立を常に意識しているのです。
一部報道では、習主席が近くロシアを訪問すると伝えられていますが、ウクライナ情勢や今後の国際秩序にどのような影響を与えるのか注視する必要があります。

また、全人代の期間中、世界を驚かせた出来事がありました。
外交関係を断絶していたサウジアラビアとイランが、中国の仲介によって外交関係を正常化させることを明らかにしたのです。
サウジアラビアはアメリカの同盟国ですが、サウジアラビア人ジャーナリストの殺害事件や原油の増産に応じなかったことなどをめぐって、アメリカとの関係が冷え込んでいただけに、中国がその隙間に入り込んだ形です。
また、アメリカと対立するイランとも良好な関係を築いていることも強く印象付けました。

アメリカの影響力が強かった中東地域に中国がどこまで関与するのか、その本気度はまだ分かりませんが、中国の存在感が確実に高まっていることは間違いありません。
中東にとどまらず、中国は今後さまざまな地域で、いかにアメリカの影響力を削ぎながら、新しい秩序を作るかに力を入れるとみられます。

一方で中国とアメリカは経済面では深く結びついているという側面もあります。
去年1年間の両国間の貿易額は過去最高となりました。

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実利面でアメリカとの折り合いをどうつけるかが、新体制での課題となります。

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ところで、全人代で毎年、注目されるのが国防費です。
ことしの予算案については、去年と比べて7.2%多い、およそ1兆5537億人民元、日本円で30兆円あまりになることが明らかにされました。
予算額ではアメリカに次ぐ世界2位で、軍備の増強を続ける姿勢を改めて示しています。

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その念頭にあるのが、習主席が統一のためには武力行使も辞さないとする台湾です。
全人代では初日の報告で、「平和的統一」という言葉が4年ぶりに加わりました。
ソフト路線に転じたという受け止めも広がりましたが、最終日の習主席の演説では、「平和的統一」は抜け落ち、「外部勢力の干渉と台湾独立の分裂活動に断固反対する」として、従来の強気な姿勢を崩しませんでした。
こうした硬軟織り交ぜた姿勢は、来年1月の台湾総統選挙を意識したものといえそうです。つまり、中国に融和的な姿勢を示す最大野党・国民党は後押しする。その一方で、独立志向が強いとみなす与党・民進党、そして台湾への関与を強めるアメリカはけん制するという考えです。
実際、国民党の訪問団が先月、中国を訪れた際、中国側は輸入を停止している台湾産の農水産物について、再開に前向きな姿勢を示しました。
こうした国民党への肩入れとも受け止められる動きを見せるなど、経済をテコに台湾世論の分断を図ろうとしています。
総統選挙をにらみながら、台湾への揺さぶりはますます活発化するものとみられます。
来月には、蔡英文総統が中米を訪問するのにあわせてアメリカを訪れ、マッカーシー下院議長と会談すると伝えられる中、習主席の新体制の出方が注目されます。

あくなき「強さ」とみずからに有利な国際秩序を目指す習主席の新体制。
その姿勢には、これまで以上に国際社会からの厳しい目が注がれることになりそうです。


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