入管法の改正案が7日閣議決定され、国会に提出されました。入管法改正案は強制退去を命じられた外国人の長期収容問題の解消を目的とし、おととし国会に提出されましたが、国内外の強い批判を浴びていったんは廃案となりました。その法案を踏襲した改正案がなぜ再び提出されたのでしょうか。国会での審議を前に入管法の改正案をめぐる論点を整理し、入管・難民制度のあり方を考えます。
入管法、「出入国管理及び難民認定法」は、日本に出入国する全ての人を対象とし、日本人を含む出入国の管理をはじめ外国人が日本に在留するための許可や資格、不法に入国した人への罰則、それに難民認定制度などを定めた法令です。
再び提出された改正案の主な内容です。
① 「補完的保護」は難民条約上の難民には該当しないものの国際的な保護を必要とする人を対象に定住のための在留資格を与える仕組みです。
② 「監理措置」は入管施設の代わりに家族や弁護士など入管が指定した監理人の監督のもとで生活する新たな措置です。このほか、
③ 難民申請者のうち3回目以降の申請者の送還を可能にする他、過去に3年以上の実刑を受けたりテロの恐れがあると見なされたりした人は1回目でも送還できるようにする。
④ そして強制送還を妨害した場合懲役1年以下の罰則を科すなどとなっています。
①このうち補完的保護については、日本では紛争から逃れて来たというだけでは難民と認定されず、ウクライナからの避難民などいわゆる戦争避難民を受け入れるために必要な制度だと入管庁は説明しています。しかし、収容問題に詳しい専門家は、ウクライナの避難民であっても迫害を受けるおそれに十分な理由があるとは見なされず必ずしも保護の対象にならないと反論しています。むしろ諸外国のように紛争地域から逃れて来た人も難民として認めるべきだとしています。
②監理措置についてはおととしの改正案で監理人に義務付けた定期的な報告を、負担が重いという批判を受けて「必要のあるときに報告する」とした他、3か月ごとに入管での収容を管理措置に移行できないか判断すると修正されました。
これに対し弁護士側は、収容は逃亡や証拠隠滅のおそれがある場合に限る例外的な措置であるべきで、収容ありきの制度自体が問題であり、一時的な収容を解く現行の仮放免制度と変わらないと批判しています。
③大きな反発が上がっているのが難民申請中の送還を可能にする規定です。入管は申請の濫用を防ぐためとしていますが申請中の人を迫害のおそれがある本国に送還するのは難民条約違反だと国連も指摘しています。犯罪歴を理由に難民かどうかの審査を行わず送還することにも批判が強まっています。
④さらに祖国に戻れば命が危ういという人が少なくないだけに罰則を強化しても送還を拒む人はなくならないのではないでしょうか。
入管庁は、退去強制の対象者は犯罪歴のある人が多いと主張しています。しかし、刑事事件を起こしたことが理由で在留資格を失った人は全体のわずか3%にすぎず、専門家は偏見を助長すると異議を唱えています。
入管庁は、在留資格のないいわゆるオーバーステイなどを理由に退去を命じられた外国人を速やかに送還するため法改正をめざしてきました。しかしおととし改正案が提出された後、名古屋入管で収容中のスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが医療体制の不備により死亡したのを機に、入管への批判が強まり国会での法案採決が見送られ、去年は再提出に至りませんでした。こうした経緯を経て再び改正案が提出されたわけですが、その内容は大筋で変わらずこの数年間で浮き彫りになった様々な問題点が解消されているようには思えません。
入管庁は、「保護すべき者を適切に保護する一方で、ルールに違反した者については適正に送還可能な制度にすべき」とし、批判に対しては人権に関する諸条約を遵守しており、難民認定制度も適切に運用されていると説明しています。しかし、国連をはじめ国際社会が納得できる制度といえるでしょうか。
日本の難民審査は非常に厳格で、難民認定率は1%に満たずドイツやアメリカなどと比べると極端に少ないのが実態です。おととし難民認定された74人のうち4人は複数回の申請者で、難民に認定されなかったものの人道配慮により滞在を認められた人の2割が複数回の申請者でした。1回や2回の申請で認定される人が極めて少ないだけに3回以上だからといってふるい落としてしまえば本当に保護を必要としている人を見逃がしかねません。裁判官でもない入管の一職員の権限で1人の人間の人生を決めて良いのか、といった声も聞かれます。
千葉県に住むアリ・アイユルディズさんは難民認定を6回申請し今も争っています。トルコの少数民族クルド人で30年前に来日し2009年に日本人女性と結婚しました。日本でクルド人の組織を結成したことがトルコ政府から「非合法活動」と見なされ逮捕状が出されています。「祖国に戻れば命が危ない」と言いますが、日本では在留資格を得られず就労も認められていません。「日本には見えない壁がある」とアリさんは話しています。右下のグラフは2019年の主要国のトルコ難民認定数です。トルコ国籍のクルド人は、去年札幌高裁での難民不認定処分取り消しを受けて1人の男性が認定されるまで日本で認定された人はいませんでした。ミャンマー出身者にとっても日本は極めて狭き門です。
改正案に対しては全国90の市民団体が連名で反対する共同声明を出しました。声明は、難民申請者や日本に生活の基盤があるため祖国に帰るに帰れない人たち、日本で生まれ育った人たちの生存権を守るために在留資格を与えるべきだと訴えています。
全国各地の弁護士会も改正案の再提出に反対する声明を発表しています。日本弁護士会は会長声明で、収容と管理措置を入管の一職員の判断に委ねていることを問題視し、司法の審査と収容期間の上限を設けることなど国際水準に敵った人権の保障を求めています。
では日本の入管制度と難民制度に何が求められるでしょうか。
私は外国人の送還に踏み切る前にまずは人権を尊重し、安全な生活を送るための配慮が必要だと思います。収容の是非を司法の判断に委ねることができないのであれば、せめて収容から送還まで制度が適切に運用されているか、また人権は守られているか第三者によるチェック態勢の整備が必要であり入管行政の透明性を高めるべきではないかと思います。難民保護のための独立した機関の設置も不可欠です。
法の支配、自由と民主主義を標榜する以上、内外の批判の声に耳を傾け、国際水準に則った抜本的な改革を実行すること、それが日本の信頼を高めることにもつながるのではないでしょうか。ウクライナだけでなく世界の紛争地域から逃れて来た人たちを分け隔てなく保護し、寛容で多様性のある社会をめざすのか、それとも外国人に閉鎖的な社会であり続けるのか、国会での十分な審議を期待すると同時に、私たち一人一人が高い関心をもって議論を見守っていくことが重要だと思います。
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