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東日本大震災から12年 記憶の継承と防災DXのいま

広池 健大  解説委員

震災関連死も含めおよそ2万2200人が犠牲になった東日本大震災から12年。災害現場の最前線で業務にあたった防災機関でも職員の世代交代が進み、震災の経験や教訓を次の世代にどう継承していくかが課題になっています。各自治体で模索が続く伝承の取り組みと災害業務で導入が進むデジタル化の動きについて考えます。

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《世代交代進む自治体》
NHKは震災の津波で大きな被害を受けた岩手・宮城・福島の沿岸自治体の一部に、震災後に入庁した職員の割合について取材しました。自治体によって含める部局などが違うため、あくまで参考データですが、仙台市が約5割、宮城県石巻市や福島県いわき市、岩手県陸前高田市が約4割、職員40人が犠牲になった岩手県大槌町は6割に上りました。

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《震災の経験をどう継承?》
当時を知る職員が次々に退職するなか、震災の教訓をどう伝えていくか各地で模索が始まっています。例えば、仙台市では、震災対応にあたった職員が当時の体験を後輩に直接、語り継ぐ研修会が定期的に開かれています。いわば「職員どうしの語り部」で、文字では伝えきれない当時の苦悩や葛藤などを共有しようとしています。このほか、研修や災害訓練の場で教訓を伝えたり、職員の業務記録を映像や冊子で残したりする方法で継承に取り組む自治体があるほか、他県で起きた災害現場に経験豊富な職員を派遣して、実際の業務の中で現地の職員にノウハウを伝えるところもあります。
    
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《災害対応業務は膨大》
ただ、職員の世代交代が進む自治体の現場でも震災の風化は避けられません。こちらは市区町村で災害時に求められる業務の一例です。災害の発生前後から、発災後しばらくの間、そして復旧・復興の業務に至るまで、これだけの業務を引き継ぐのは、容易なことでありません。そして災害が起きた時にしか必要としない業務のため、ふだんの研修で身につけるのは難しく、どの自治体も苦労しています。ある自治体の関係者は「訓練や研修には参加してくれても、自分のこととして向き合ってくれる職員は年々減っている」と話していました。そして、災害が起きると、慣れない業務に混乱し、避難情報の発表が遅れたり、対応が後手にまわったりする現場を私もこれまでの取材で何度も見てきました。災害が多発しているとはいっても市区町村の職員が、何度も災害を経験することはありません。慣れない業務に戸惑うのはある意味、仕方ありませんが、こうした職員の経験値だけに頼ったやり方以外に方法はないのでしょうか。

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《災害業務にDX活用進む》
例えば、福島県南相馬市は通信アプリ「LINE」を使って市民と被害情報を共有するシステムを導入しました。災害時に市民から被害の情報を投稿してもらい、携帯電話の位置情報から被害の場所が自動で地図に表示され、AIが災害の内容を分析して優先的に対応すべき業務を提示してくれるシステムで、迅速に被害情報を収集でき、職員の負担軽減にもつながっています。また仙台市は、津波避難の広報業務を、ドローンを使って行う取り組みを始めました。危険を伴う沿岸部で、職員に代わって避難を呼びかけてくれるほか、付属のカメラで沿岸の様子を確認することもできます。  
 
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《「地域防災計画」を見える化したシステム》
さらにいま、全国の自治体で導入が進んでいるのが、東京大学が自治体向けに開発した「災害対応工程管理システム」です。災害時に自治体に必要な業務を詳細に調査・分析して48種類500工程に定義し、フローチャートで示したシステムで、「BOSAI SYSTEM」の頭文字から「BOSS」と呼ばれています。組織別に業務が分類され、災害対応の経験がない職員でも次に何をすればよいかが一目で分かるようになっています。業務フロー図と関連付けされたシートで、誰がいつどのよう実施するかも容易に把握でき、漏れのない対応が可能になるほか、参考になるマニュアルやガイドラインなども収納でき、忙しい場面でも探す手間が省けます。もちろん、システム上で情報共有するにはインターネットの通信環境が必要という弱点もありますが、分厚い「地域防災計画」をいわば見える化したシステムで、すでに全国45の自治体で導入が進んでいます。 

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《防災分野DX促進へ 国も協議会発足》
開発リーダーの東京大学・生産技術研究所の沼田宗純准教授は「膨大な対応が求められる災害時に、他部署の業務の進捗状況も把握することができるうえ、限られた職員をどこに優先的に配置するかの検討にも役立つのではないか。今後、導入する自治体がさらに増えれば、他の自治体から派遣された応援職員ともシステム上で、スムーズに情報共有できるようになるし、災害支援にあたる企業や地域の防災組織とも連携できれば、将来的に「公助」から「共助」による総合的な防災対応が可能になるだろう」と話していました。こうした職員の経験不足の課題をデジタル技術を活用することで、解決できることは今後、ますます期待されています。デジタル庁も去年12月、災害や防災分野でのデジタルフォーメーションを後押ししようと、企業や地方自治体など約290団体が参加する協議会を発足し、BOSSシステムも含めて国や自治体の災害対応力の向上につながる新しいデジタル技術の普及促進を目指しています。

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《DXにも災害経験が生かされる》
自治体職員の災害業務を支援するデジタル技術に対する期待が高まる一方で、こうしたツールの開発にも過去の災害で得られた教訓は欠かせません。「BOSSシステム」も、東日本大震災や2016年4月に発生した熊本地震などの現場で得られた課題や教訓をもとに開発されてきました。熊本地震では多くの建物が被災し、大勢の人が避難生活を強いられました。特に熊本市内の避難生活は最大で11万人に上り、市内260か所以上に避難所を設けて1000人を超える職員を避難所対応の業務に配置しました。一方で、地震数日後からは、市役所に「り災証明書」の申請が被災者から寄せられるようになりましたが市は職員不足を理由に業務を後回しにして、避難所対応を優先させました。しかし、ここに失敗がありました。り災証明書の発行が受けられないと、被災者は生活再建に向けた支援が受けられず、避難所にとどまるしかなくなります。結果的に、避難所対応の業務が減らないという、悪循環に陥っていたのです。BOSSシステムで災害業務の全体像やフローが把握できれば、次にやるべき業務を確認でき、どこに職員を配置すべきかも分かり、こうしたミスの防止にもつながります。 

東日本大震災をはじめ過去の大災害の経験には、このように学ぶべき多くの失敗や教訓が詰まっていて、その後の発生した災害現場でも多くの経験が生かされてきたほか、災害業務を支援するデジタル技術の開発にも活用されています。震災の経験と教訓を次の世代に受け継いでいくことは、東北の自治体に求められている責務です。あの日を前にいま一度、その大切さを確認したいと思います。


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