日本と韓国との間の最大の懸案だった「徴用」をめぐる問題で、韓国政府は、裁判で賠償を命じられた日本企業に代わって韓国政府の傘下にある財団が原告への支払いを行うとする解決策を発表しました。国交正常化以降、最悪と言われてきた日韓関係は、これで改善に向かうのでしょうか?
【解説のポイント】
▽ この問題の経緯を簡単に振り返ったうえで、
▽ 韓国政府が示した解決策の意義について触れ
▽ 最後に果たしてこれで問題の解決となるのか検証します。
【この問題の経緯】
太平洋戦争中、朝鮮半島から動員され日本の軍需工場などで働いていた人たちが日本製鉄と三菱重工業を相手取って起こしていた裁判で、韓国の最高裁判所は5年前、原告側の主張を認め、1人あたりおよそ1億ウォン、日本円でおよそ1000万円の賠償を支払うよう命じる判決を言い渡しました。一方、1965年に日本と韓国が国交を正常化した際に結ばれた日韓請求権協定には、この問題は「完全かつ最終的に解決済み」で「いかなる主張もすることができない」と明記されています。
政府間の約束事である請求権協定では「解決済み」とされていた問題が、韓国の最高裁判決で「未解決」と判断されたのです。裁判そのものは原告個人と日本企業との間の民事の争いですが、請求権協定を否定しかねない事態となったために、政府間の外交問題へと発展してしまったのです。
原告側は、日本企業の株式などの資産を差し押さえて、これを現金に換える手続きを進めています。日本政府は、現金化されれば取り返しのつかない事態を招くとして、韓国政府の責任で事態を収拾するよう一歩も譲らぬ姿勢を続けていました。
事態が大きく動き出したのは、韓国に保守のユン・ソンニョル政権が発足してからです。
ユン政権は、前のムン・ジェイン政権で極端に悪化していた日韓関係の修復に積極的に乗り出しました。
去年8月、植民地支配からの解放を記念する式典では、日本を「力を合わせて進むべき隣人」と位置付け、3月の独立運動の記念日では「安全保障や経済、地球規模の課題に協力するパートナーになった」と述べるなど、未来志向の関係を強調していました。
【解決策の意義】
6日に韓国政府が示した解決策について見ていきます。
裁判で賠償を命じられた日本企業に代わって韓国政府の傘下にある支援財団が賠償金を支払います。賠償の支払いに充てる資金は、韓国の公共企業などから募るとしています。日本企業は賠償の支払いを免れますし、原告は賠償金を受け取ることができます。日韓請求権協定と韓国最高裁判決との矛盾の解消を目指した苦肉の策でした。韓国政府が自らの責任でこの問題の解決策を示したことは評価すべきではないでしょうか。
ユン政権が問題の解決に向けて積極的に動いた背景には、
▽原告、遺族の高齢化が進んでいることや
▽北朝鮮情勢をめぐって日米韓の連携強化が急がれていること、
▽関係悪化で影響を被っている韓国経済界からの要望、
▽さらに日韓関係の改善を強く求めていたアメリカへの配慮がありました。
ユン大統領は来月、ワシントンを訪問してバイデン大統領と首脳会談を行うことを希望しており、訪米前に決着をはかりたいという意向もあったものと思われます。
日本政府もこの解決策を評価し、岸田総理大臣は6日の参議院予算委員会の質疑の中で、歴史認識についての歴代内閣の立場を引き継ぐ考えを示しました。
「我が国が過去の一時期、韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受け止め、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた」
1998年、当時の小渕総理大臣とキム・デジュン大統領との間で交わされた日韓共同宣言の一節です。こうした歴史認識についての立場を引き継ぐことで、韓国政府がとった措置に応えた形です。
【解決策となるのか】
ではこれで問題はすべて解決したと言えるのでしょうか?
残念ながら答えはノーと言わざるを得ません。
まず指摘しておきたいのは、今回の韓国政府による措置は、日本政府と韓国政府との間の政治決着に過ぎないということです。日本企業の資産が現金化されて結果的に賠償金の支払いを強いられるという最悪の事態を回避するための方策であって、当事者間の問題を解決するものではありません。今回の解決策で、請求権協定と韓国最高裁判決との矛盾は解消できたのかも知れません。しかし冒頭で申し上げたように、この問題はそもそも原告個人と被告企業との間の民事の争いでした。太平洋戦争中、厳しい環境のもとで働かされ苦しみと悲しみを受けたとしている人達の訴えに対して、被告企業としてどう応えるのかという問題は未解決のまま残されています。その意味では、今回の解決策は、問題解決のためのスタートではあっても終わりではないと受け止めるべきではないでしょうか。
日本企業による謝罪と賠償を求めている一部の原告は、韓国政府が示した解決策は無効だとして裁判で争う構えです。国会で多数を占めている最大野党のイ・ジェミョン(李在明)代表も「歴史的な屈辱外交だ」と厳しく批判しています。
韓国政府は「理解と同意を求める努力を続ける」としていますが、原告・弁護団だけでなく国内世論の幅広い支持を取り付けるのは、率直に言ってきわめて難しいと思います。
日本も同様です。「韓国は果たして約束を守るのだろうか」「政権が代わればまた問題を蒸し返してくるのではないか」といった根強い不信感は拭えません。
この問題が蒸し返されることのないよう韓国政府が最後まで責任をもって対応することが求められます。
先ほどご紹介した日韓共同宣言には「韓国政府も日本側の歴史認識の表明を真摯に受け止め、戦後の日本が平和憲法の下で果たしてきた役割を高く評価する」とも記されています。未来志向の関係を目指すのであれば、韓国側の歴史認識もまた問われているように思います。
【まとめ】
韓国の最高裁判所で日本企業に賠償を命じる判決が言い渡されてから、日韓関係は「国交正常化以降、最悪」という状態が続いてきました。政府間の意思疎通は滞り、国民レベルでも相手の気持ちを理解しようという気風が薄れがちでした。自由と民主主義という同じ価値観をもちながらも、互いに協力して共通の利益を追求するという関係を築くことができなかったのは、双方にとって不幸だったと言わざるを得ません。
来週後半にもユン大統領が日本を訪問し岸田総理大臣と首脳会談を行うことが調整されています。韓国政府が示した今回の解決策を出発点として、両国がこの地域の平和と繁栄に貢献できる本当の意味での良きパートナーとなることを期待したいと思います。
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