中国では今週、政府の重要政策を決める全人代・全国人民代表大会が開かれています。共産党のトップとして異例の3期目を迎えた習近平国家主席は中国経済をどのような方向へ導こうとしているのか。この問題について考えていきたいと思います。
解説のポイントは3つです
1) 今年は成長回復も 来年以降に課題
2) 頼みは民間と外資か
3) 日本経済は中国とどう向き合う
です。
最初にきのう行われた政府活動報告が示す当面の経済運営についてみていきます。
まず今年の経済成長率の目標について5%前後としました。これは、去年の実績を2ポイント上回る数字ですが、ゼロコロナ政策が終了した今年は、飲食や旅行などのサービス分野を中心にいわゆるリベンジ消費が見込まれるほか、去年見られたような物流の混乱や生産の落ち込みもないとみられることから、成長目標の達成は可能だとする見方が一般的です。ただ、これまで中国経済を支えてきた不動産市場が「数多くのリスクを抱えている」とされることや、人口が減少に転じたことなどから、成長力が弱まり、来年以降は4%台の成長にとどまるという見方が出始めています。
一方、経済を支える当局の姿勢にも変化が見られます。
政府活動報告では、今後の政策について、「財政は力を入れ、効果を高める」とし、財政支出による景気のテコ入れを続けながらも、効率性を重視する姿勢を示しました。この背景には地方政府の財政状況への懸念があります。地方政府は、不動産開発業者が国有の土地にマンションを開発する際に、土地の使用権料を徴収することで財政収入の多くを確保しています。ところが不動産市場の低迷でそうした収入が減っており、公共投資に大盤振る舞いすることができなくなったと指摘されます。
また金融政策については、「精準」=ターゲットを絞ったものにするとしています。一律に金融を緩和すれば不動産バブルを招きかねないので、ハイテク産業など国家戦略として強化したい分野に効率的に資金が回るような政策を行おうとしているようです。
2)頼みは民間と外資か
このように中国政府が経済への公的な後押しを弱める一方で、成長の動力として、期待を強めているのが、イノベーションを通じて新たなビジネスを起こす民間企業の存在です。
今回の活動報告では、「ふたつの「いささかも揺るがない」を着実に実施するという文言が盛り込まれました。「二つのいささかも揺るがない」とは、一つは公有経済を強固に発展させること、そしてもう一つが民間企業の発展を支援することです。去年秋の党大会以降共産党幹部が改めて強調していて、民間企業の支援に重きが置かれているとみられます。
中国ではここ数年、ネット販売最大手のアリババグループに対し、独占禁止法違反を理由に巨額の制裁金を課したり、配車サービス大手「滴滴」に対し、個人情報の収集をめぐって違法性が疑われるとして提供するアプリのダウンロードを禁止するなど、民間企業の監督や活動の制限を強めてきました。その背景には、社会主義の国で、アメリカのような格差が生まれるのは望ましくないという思いがあったのではないでしょうか。習国家主席が党のトップとして異例の3期目を目指すうえで、保守派からの支持を固めるためにも、すべての国民が豊かになる共同富裕の実現を重視する姿勢を示す必要があったようです。
ところがこうした当局の姿勢が、民間企業の事業意欲や活力をそぎ、中国経済の成長が弱まったという反省が、政権内にも生まれているようで、民間企業を重視する姿勢を改めて強調することになったものと見られます。
実際に、活動報告からは「共同富裕」の文字が消え、監督強化の対象となっていたIT大手が主導するプラットフォーム経済については、「健全で持続的な成長を促進し、雇用創出・起業・消費市場開拓をもたらした。今後も発展を後押しする」、企業家の権利や利益に対しては「法に基づいて守る」とされるなど、民間企業への配慮がうかがえる表現が盛り込まれました。
習氏が望み通り党のトップとして3期目の座を手にした一方で、経済が思いのほか落ち込んだのを見て、いまは、「共同富裕」という政治的なスローガンよりも、体制の維持に向けて発展を優先しなければならないという現実的な判断も働いているものと見られます。
ただ、問題は、肝心の民間企業の側が、こうした政府の方針転換を信用できるかどうかです。中国共産党は、2013年の3中全会という重要会議で「市場に資源配分で決定的な役割を果たさせる」として、民間企業の経済活動を重視する方針を示しましたが、その後2017年の党大会では、民間企業も含め共産党がすべての活動を指導する方針を強調。あわせて国有企業の強大化を打ち出すなど、国有企業をより重視する姿勢を色濃く打ち出してきました。こうした経緯があるだけに、企業の側には、今回の民間重視の姿勢が果たして本物なのか、冷ややかな見方があるといいます。
3)日本経済は 中国とどう向き合うか
もうひとつ、今回注目されたのは、経済に大きな混乱を生んだゼロコロナ政策などをきっかけに中国から離れかけている外国企業にむけられたメッセージです。
中国は、これまで国内に外国企業が進出する際に、進出分野が限られるとか、合弁相手の中国企業に最新技術を強制的に移転させられたりするなどの問題が指摘されてきました。今回の報告では、サービス業分野を一段と開放することや、外国企業と国内の企業を公正に競争させること、外資企業をしっかりサポートする事などがうたわれています。
いわゆる改革開放路線を改めて前面に出すことで、外資の中国進出を促そうとしているのです。背景には、さらなる経済の発展に向けて、自力で賄えない先端技術を外国企業から吸収したいという思惑が透けて見えます。ただアメリカをはじめ、先進各国との関係が悪化する中では先端技術の導入もままなりません。そのために、外交面でも、強硬一色だった戦狼外交を見直し、日本とも関係の改善をはかろうとしているようです。
こうした中で日本は中国とどう向き合えばよいでしょうか。まずはじっくりと成り行きを窺うことが必要です。中国に対し国際ルールの順守を求めてきた日本としては、改善がはかられるのは望むところですが、中国国内では、外国企業の進出によって権益を奪われる国有企業などの既得権益層が改革に抵抗するという見方もあります。また民間企業によるイノベーションを重視した李克強首相や、国有企業改革を担ってきた劉鶴副首相それに国際経験が豊富な易綱人民銀行総裁ら市場原理を理解し、経済通と呼ばれた政府の幹部は一斉に交代します。首相に就くことが確実視される李強氏や新たな経済閣僚が改革路線にどこまで力を注ぐかその行方は未知数です。
さらに、日本の同盟国であるアメリカは、中国の経済や軍事力の強化につながるハイテク製品の対中輸出を禁止し、日本に対しても、半導体の製造装置を中国に輸出しないなど、経済安全保障上の協調を求めてきています。日本企業としては、中国の内情に加え、国際情勢の変化がもたらす事業のリスクも考慮にいれたうえで、投資先としての中国にどれだけの比重を置くのか、慎重な判断が求められます。
経済の成長力が弱まる中で、改革開放路線を再び前面に出し、民間企業や外資の活力をよびもどそうという習近平指導部。幹部の顔ぶれががらりと変わるなかで、安定した経済の運営をどう担っていくのか。時間をかけて見極めていくことが必要なようです。
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