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"酪農危機" の打開へ 持続的な生産のために必要なことは

佐藤 庸介  解説委員

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毎日の食卓を豊かにしてくれる牛乳や乳製品。
その原料をつくっている酪農家が、苦境に立たされています。
新型コロナやウクライナ侵攻が大きな影響を及ぼしています。その一方で、酪農家の経営判断や国の政策が問題を深刻にした面も見逃せません。
持続的な生産のためには何が必要なのでしょうか。

【牛乳や乳製品も値上がり続く】
値上がりが続く食料品。牛乳や乳製品も例外ではありません。原料となる生乳の生産コストが上昇し、価格が引き上げられたことが要因です。

ことし1月の牛乳の消費者物価指数は、前の年の同じ月より10%上昇しました。

乳製品全般も値上がりしていて、国産のチーズ価格は21%、ヨーグルトも4.6%、上がっています。大手乳業メーカー各社は、4月1日から、さらにヨーグルトやバターなどの値上げを明らかにしています。

【苦境に直面する酪農】
それでも、現場からは「さらに生乳の価格を上げなければ経営を維持できない」という切迫した声が強まっています。

追い詰められているのは、新型コロナやウクライナ侵攻という、予期せぬ出来事が関係しています。

まず、コロナによる影響です。

一時、学校の休校で給食用の牛乳消費がなくなりました。さらに外食がダメージを受け、生クリームなどの業務用乳製品の需要も大きく減りました。

酪農の場合、需要が減ったからといって、供給を急に減らすことはできません。牛は毎日、乳を搾らないと病気になってしまうからです。そのうえ、生乳を長期間保存することもできません。

このため、長期間保存できる脱脂粉乳やバターをつくって急場をしのぐことになります。とくに脱脂粉乳の在庫が積み上がり、過去最高水準になりました。増えすぎると、乳業メーカーが生乳を引き取れない状況に陥る可能性があります。

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このため、生産者、メーカー、それに国が去年4月から総額100億円規模という巨額の資金を投じ、家畜のエサや輸出に回したりして、在庫削減に取り組んでいます。しかし、一時的に減っても、また積み上がるばかりで根本的な問題は解決していません。

さらにウクライナ侵攻で、エサの価格が急激に上がりました。

乳牛のエサには、大きく2種類あります。牧草を主体とした「粗飼料」と輸入の穀物をもとにした「濃厚飼料」です。とりわけ、濃厚飼料価格の急上昇が問題です。

粗飼料は自給割合が高いのに対して、濃厚飼料は大半が輸入です。ミックスした「配合飼料」の価格は、去年12月時点で、1トンあたりおよそ10万円と、2年で50%以上、上昇しました。ウクライナ侵攻に伴い、トウモロコシなどが上がったことに加えて、円安が追い打ちをかけました。

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国の制度で一定程度は補てんされるものの、電気代なども上がり、トータルの生産コストは跳ね上がりました。牛乳の生産費は、おととしの時点で前の年より6.7%増加。去年はさらに増えているとみられます。

【増産の成果が出始めた矢先に】
こうした環境の変化はとても悪いタイミングで生じました。ちょうど酪農家が増産にカジを切り、成果が出始めた時期だったからです。

10年ほど前、生乳は余るどころか不足していました。その結果、問題になったのはバター不足です。一時、スーパーの棚から、バターが消えました。そのころ、全国の生乳生産量が減り続けていたために起きました。

これを受けて、国は増産するよう旗を振りました。具体的な手段が、2015年度から本格的に始めた「畜産クラスター事業」です。

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地域の関係機関が協議会を作ることを前提に、個別の酪農家に最大で投資額の半分を補助するという異例の手厚い政策を講じました。補助額が数億円に上った酪農家も少なくありません。

生産地では「これに乗らないと損だ」という空気が生まれ、酪農家はこぞって投資に踏み切りました。

乳を搾ることができるようになるまでに3年ほどかかるため、生産量はすぐには増えませんでしたが、2019年度になってようやく増産に転じました。コロナやウクライナ侵攻に見舞われたのは、それからまもなくのことでした。

【足腰がもろくなった日本の酪農】
しかし、すべて「不運」のせいにはできません。酪農家の経営判断、国の政策が問題を深刻にした面があるからです。

一部の酪農家の規模拡大は、「輸入飼料が安く手に入れられる」という前提がありました。

酪農家の生乳100キロあたりの飼料費は、飼料価格の高騰で年々増加傾向にあり、2020年、全国平均で4308円でした。ところが規模が大きい、200頭以上の搾乳牛を飼っている酪農家の飼料費は、4461円に上りました。

平均に比べてむしろ膨らんでいることが分かります。常識的に規模が大きければ、スケールメリットで安くなると思います。しかし、そうなっていないのが実情です。

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牧草の生産には、牧草地が必要なうえ、管理に手間がかかります。このため、急速に拡大した酪農家の中には、輸入飼料に頼ったところもあります。こうした拡大を、国も畜産クラスター事業で後押ししました。

ところが、輸入飼料の高騰でシナリオは崩れました。「輸入飼料に依存した規模拡大にはもろさもある」ということは、当初から有識者が警鐘を鳴らしていました。いま、懸念が現実のものになっています。

【自給の飼料拡大でコスト削減を】
乳製品在庫の過剰、コストの高騰という危機に対処しようと、酪農家は去年の秋以降、北海道を中心に生乳生産量を大きく減らしています。

しかし、急激なブレーキで「減らしすぎて、今度はバター不足を引き起こすのではないか」という指摘も出ています。抜本的な対策が必要です。

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もっとも大切なのは、少しずつでも自給の飼料を増やし、コストを抑えた生産を促すことです。

牧草を中心とする粗飼料は現在、76%となっている自給率を高める余地があり、国も100%を目指しています。

しかし、牧草地のなかには、管理が悪く、雑草が生い茂っているところも少なくありません。改良を進めなくてはなりません。

また、できるところは放牧の活用を進めることも必要です。放牧に取り組んでいる酪農家に聞くと、今の状況でもほとんどコストは増えておらず、黒字を維持できていると言います。

牧草地が少ない地域では難しい面はありますが、周囲の農家と連携するなど、何とか工夫してもらいたいと思います。

これまでも輸入飼料が値上がりするたびに自給の飼料を増やすという課題が叫ばれてきました。ですが、今後、穀物価格の高止まりは続くという見方が広がっています。今後、本気で取り組まなくては、生き残りは厳しいと言わざるを得ません。

【国産チーズ需要拡大に活路を】
もう1つは、需要の拡大です。その余地があると期待できるのは、チーズです。

乳製品の消費量が低迷する中、チーズは堅調です。1人あたりの消費量は、少しずつではありますが伸びています。国内のチーズ消費量は、原料となる生乳に換算するとすでに牛乳を上回る状況になっています。

一方で、消費量のうち、86%は輸入です。早い時期から輸入が自由化され、安い海外産が市場を占めてきました。中国の消費拡大などで今後は輸入チーズの確保も難しくなる可能性があります。重点的に支援するよう、知恵を絞るべきだと思います。

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【消費者巻き込んで“あるべき論”の検討を】
危機に直面し、酪農家からは「国の支援が足りない」という批判が強まる一方、国は「できることはやっている」という姿勢に見えます。また、生産者団体や乳業メーカーも含め、建設的な議論をしている様子はうかがえません。

本来は関心が集まっている今だからこそ、酪農の目指すべき姿について広く考えるチャンスです。たとえば国が、生産者団体や乳業メーカーといった酪農関係者だけでなく、消費者なども巻き込んで話し合う場を設けることも一案ではないでしょうか。

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過去も繰り返されてきた輸入飼料の高騰や供給過剰といった問題。対処が長引けば、いたずらに酪農家の離農を促しかねません。

一方で、「食料安全保障」への関心が高まる中、どう酪農を持続させるかは、当事者の立場を超えた重要性があります。

だからこそ、誰かに責任を押し付けるのではなく、今回の危機を現実的な対策を考えるきっかけにしなければならないと思います。


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