政府は、日銀の新しい総裁に経済学者の植田和男氏を起用する人事案を国会に提示しました。この人事案の背景や待ち受ける金融政策の課題について考えていきたいと思います。
解説のポイントは三つです。
1)植田氏を起用しようという狙いは
2)新総裁を待ち受ける課題
3)そして、問われる政府からの独立と協調
です。
最初に植田氏とはどんな人物か、みていきます。
植田氏は1951年生まれの71歳。東京大学経済学部の教授を経て、1998年から日銀の審議委員、これは総裁や副総裁らとともに日銀の政策を決める委員のことですが、これを7年にわたって務めました。その間、日銀が短期の金利を事実上ゼロにするゼロ金利政策を導入した際に、金利の低下を実現するためのアイデアを出したといわれています。総裁となれば学者出身として戦後初めてとなりますが、日銀を長くウォッチしてきたエコノミストによると、植田氏は経済学者としての論理と政策の実務をうまく融合させていたという印象が残っているということです。また去年7月には、経済紙への寄稿で「異例の金融緩和枠組みの今後についてはどこかで真剣な検討が必要だろう」と述べるなど、黒田総裁の政策運営とは距離を置いているという見方もあります。このため、植田氏を起用する案は、黒田路線からの修正を期待してのものだという見方もでています。
次に植田氏が日銀総裁になった場合に、待ち受ける課題ついて考えていきたいと思います。
まず緩和策は継続されるのか。日銀は黒田総裁のもとで物価上昇率2%の目標を掲げてきました。その物価上昇率は、ウクライナ情勢を背景したエネルギーや原材料などの高騰で、去年12月には4%まで上昇。しかし今後は、エネルギー価格の影響が薄れることなどから低下に転じるものと見られます。日銀では4月からの2023年度の物価上昇率を1.8%、2024年度も1.6%と、目標の2%には届かない状況が続くという見通しをたてています。植田氏は、先週自宅に詰めかけた記者団の質問に応え、「現在の日銀の政策は適切だ。現状では金融緩和の継続が必要だと考えている」と述べており、金融緩和自体は踏襲するものと見られます。10年続いた大規模緩和の効果を新しい目で検証し、賃金の上昇をともなう形での物価の安定的な上昇を実現することが課題となります。
その一方で、修正がはかられるかもしれないのが、長期金利を抑えるために国債を大量に購入していることで、市場にひずみが生じている問題です。
ここでいう長期金利は返済までの期間が10年の国債の金利のことです。国債は価格があがると金利が低下する関係にあります。日銀では国債を大量に購入することで価格を上げ、金利を低下させてきました。ところが、この政策を6年以上も続けたことで、副作用も大きくなっています。日銀の国債保有残高は500兆円をこえ、発行残高の半分以上を日銀が保有する異常な事態です。政府は金利が低い分、低コストで国債を発行しやすくなることから、結果として財政の悪化に手を貸しているという指摘もあります。
もう一つの副作用は市場金利のひずみの問題です。一般に金利は、返済までの期間が長い方がリスクが大きくなるため高くなります。その関係を図にすると右上がりのカーブになります。
ところが、国際的な金利の上昇や物価の高騰で、日本でも金利全体が上がる中で日銀が10年の金利を0.5%より低く抑えようとしていることで、10年よりも短い期間の金利のほうが高くなるといういびつな状況が発生しました。市場関係者やエコノミストの間では、日銀はいずれなんらかの政策の修正を迫られるのではないかという見方が強まっています。
ただ実際に政策の修正に踏み切った場合には、緩和策を縮小するいわゆる出口戦略にむかいはじめたという憶測が広がり、長期金利の急上昇や急激な円高など市場の混乱を招くおそれもあります。こうした中で、植田氏が総裁になった場合に、緩和効果を維持することを前提に、政策の修正をいつ、どのようなペースで行うのか。いずれにしても、市場との対話を丁寧に行いながら、混乱を回避するという極めて繊細な政策運営が求められることになります。
さて、ここで、植田氏がかつて日銀の審議委員を務めていた時のエピソードを一つ紹介したいと思います。
2000年8月の金融政策決定会合で、日銀の執行部は当時行っていたゼロ金利政策について、デフレ懸念は払しょくされたなどとして解除することを提案。これに対し政府は時期尚早だとして、激しく反対。会合での議決を延期するよう求めたのです。結局ゼロ金利は解除され、その後景気が悪化したため日銀は批判を浴びることになりますが、この会合で植田氏は、金利や株式市場の動向を見極めたいなどとして、ゼロ金利解除に反対票を投じています。その一方で、政府の議決延期の申し入れに対しても反対票を投じたのです。自らの主張を貫くとともに、日銀の政府からの独立性は守り抜く姿勢を示したとも受け取られています。
なぜこの話をしたかというと、日銀総裁が、政府との微妙な間合いが常に求められるポジションだからです。どういうことか、日銀が10年前に、政府との間で結んだ共同声明をみながら、具体的に考えていきたいと思います。
この共同声明は、当時、長引くデフレから脱却する見通しが立たない中で、デフレは物価の問題だから物価の番人である中央銀行が解決すべきだと考えていた政府が、日銀の果たすべき責任を明確にすることをねらったものだといわれます。この中で日銀は「物価安定の目標を2%とし、できるだけ早期に実現することをめざす」としていますが、いまこの文言をめぐって、日銀の政策を硬直的なものにしているという指摘がでています。例えば、去年アメリカの中央銀行FRBの急激な利上げで日本との金利の差が広がったことを背景に、急激な円安が進んだ際、日銀が円安を食い止めるために緩和策を修正すべきだという声が各方面で上がりましたが、黒田総裁は強い口調で否定。一段と円安が進む結果となりました。こうしたことなどから、日銀が共同声明にとらわれすぎているのではという指摘が出ているのです。新たな総裁が共同声明のこの部分をどう考えるか焦点の一つとなっています。
もうひとつ、物価の上昇をめぐる重要なポイントが、政府の役割です。
当時の日銀幹部は、「経済が成長してこそ物価が上がる」として、金融政策だけで物価が上がることには懐疑的でした。そして声明文の中に政府の果たすべき責任として「日本経済の競争力と成長力の強化に向けた取り組みを具体化し強力に推進する」ことが盛り込まれたのです。その後日銀は、異次元の金融緩和を10年続けましたが、政府の成長戦略は力強い成長を取り戻すまでにはいたらず、物価は思うように上がらないという結果となりました。新しい日銀総裁には、物価の安定と経済成長を実現していくために、政府に何を求め、日銀との間でどう役割を分担していくのか。政府からの独立を保ちながらも、政策協調を緊密にはかっていけるかが課題となります。
植田氏は、総裁になった場合に心がけることの一つに「政策について論理的に判断し、その結果をわかりやすく伝える」ことをあげました。
10年続いた異次元の金融緩和政策が、修正に次ぐ修正を繰り返した結果、わかりにくくなったと批判も浴びる中で、賃金の上昇をともなう安定的な物価の上昇を実現していくための新たな道筋を、わたしたち国民にわかりやすく示していくことが求められます。
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