アメリカの上空を飛行していた中国の気球がアメリカ軍によって撃墜され、両国の間で緊張が高まっています。
最大のライバルであるアメリカとの関係改善を模索する中、なぜ中国はトラブルの火種となりかねない気球を飛ばしたのでしょうか。
その背景を読み解くとともに、米中の関係改善の行方を考えます。
アメリカ本土の上空を飛行していた中国の気球が今月4日、アメリカ軍の戦闘機によって撃墜されました。
アメリカ側は、気球が「機密性の高い軍事施設の上空を飛行していた」として偵察目的との見方を示したうえで、「領空を侵犯し、国際法にも違反している」と中国を非難していました。
これに対し中国側は当初、「偏西風などの影響でアメリカに誤って入った」として不可抗力だったと主張していましたが、撃墜を受けて「武力を使用したことは明らかに過剰な反応だ」と反発、対抗措置も示唆しました。
その後、アメリカ軍は10日から12日にかけて3日連続で、それぞれアラスカ州とカナダ、それに両国にまたがる五大湖の上空で所属不明の飛行物体を撃墜しました。
一方、中国でも山東省周辺の海域で飛行物体が発見されたと一部の中国メディアが伝えたほか、中国外務省の報道官は13日、「去年からだけでもアメリカの気球が十数回にわたって中国の領空を違法に飛行している」とけん制し、両国の間で緊張が高まっています。
最初の気球の飛行が大きく伝えられた後、ブリンケン国務長官は予定されていた中国訪問を延期しました。
この訪問は、去年11月に行われたバイデン大統領と習近平国家主席による首脳会談を受けたものでした。
去年8月のペロシ下院議長の台湾訪問をきっかけに滞った政府間の対話の再開を図る狙いがあり、両国が関係改善の流れを確かなものにできるのか注目されていました。
訪中延期の背景には、アメリカの議会とりわけ野党・共和党から「中国に対して弱腰だ」との批判が相次ぐ中、バイデン政権としても強い姿勢を示す必要があったとみられます。
一方の中国から見れば、台湾や半導体規制などをめぐって対立するものの、アメリカは依然、重要な貿易相手国です。
習近平指導部としては、3期目の体制が本格化する中、「ゼロコロナ」政策の影響で停滞した経済を立て直すためにも、アメリカとの関係は安定させておきたいのが本音でした。
そのために「戦狼外交」と呼ばれる強硬な外交姿勢を弱めたという指摘もあるほどです。
ブリンケン長官の訪中延期によって、中国は冷や水を浴びせられた形となり、早期の対話の再開は難しいとみられています。
こうした中で起きた今回の問題ですが、中国側の対応には、いくつかの疑問点があります。まず、気球を飛ばしたのはどのような組織だったのか、そして目的は何だったのかという点です。
中国外務省は気球について、「気象などを研究する民間の飛行船だ」と強調していますが、本当にそうでしょうか。
中国では多くの場合、航空や宇宙に関連する企業は、軍と極めて密接な「表裏一体」ともいえる関係にあります。
偵察や監視などを行う気球についても、複数の国有企業が開発を行っていることがわかっています。
さらに習近平指導部は近年、軍と民間企業の協力を進める「軍民融合」を国家戦略として掲げ、民間の最先端技術を積極的に軍事の分野に採用しようとしています。
こうした背景を考えると、「民間のものだ」という中国側の説明は、説得力に欠けます。
アメリカも気球と中国軍を関連付ける見方を強め、10日には、軍と直接関係がある企業が気球の製造に関わっているとして、6つの企業と団体を事実上の禁輸リストに追加すると発表しました。
中国の目的については、衛星よりも地表に近い距離から、精度の高い画像や信号の情報を得ようとしたのではないか、などと多くの専門家が指摘しています。
それでもなお疑問は残ります。なぜ中国は、アメリカとの関係改善を図る外交上の重要なタイミングで、トラブルの火種になりかねない気球を飛ばしたのでしょうか。
実は過去の例を見ると、中国は、外交上の方針とは別に、軍や法執行機関が相反する行動をとることがあります。
例えば、アメリカとの関係では、2011年に当時のゲーツ国防長官が北京を訪問した際、胡錦涛国家主席との会談直前に、中国初のステルス戦闘機が試験飛行を行ったというニュースがインターネット上で伝えられました。
ゲーツ氏は、胡主席が軍から事前に知らされていない様子だったと回顧録の中で明らかにしています。
胡主席は、重視するアメリカ訪問を控えたタイミングでした。
また、日本との関係では2008年、当時の温家宝首相が日本を訪問する直前、沖縄県の尖閣諸島周辺の領海内に、中国の海洋当局の船が初めて侵入したケースがあります。
当時、日中両国は戦略的互恵関係の推進という融和ムードにありましたが、海洋当局はむしろ、こうした流れに逆行するような行動をとったのです。
これらは中国における組織の縦割りの象徴的なケースとして考えられます。
今回も中国外務省は当初、「状況を確認中だ」と答えるのみで、外交当局として事前に飛行を把握していた気配はありませんでした。
これは気球を飛ばした当事者と、政府内での意思の疎通がなかったことをうかがわせます。さらに、軍の最高指導者でもある習主席にも知らされていなかったとしたら、軍に対する統制という観点からも問題です。
中国の軍などが独自の行動をとる意図をめぐっては、外交面で相手国との融和ムードに傾いた際、これに対抗するような姿勢を示すことで、指導部に対して組織の存在感を示すとともに、国内の強硬派にアピールする狙いがあるのではないかと、かねてから各国の外交当局者や専門家などの間で指摘されてきました。
しかし、今回のような領空侵犯などが関わるケースでは、偶発的な衝突につながるおそれもあり、事態をエスカレートさせないための対話のチャンネルがいっそう重要になります。
不安定な米中関係は、東アジアの安全保障環境に直接影響します。
とりわけ、台湾情勢をめぐっては深刻です。
台湾では、およそ1年後に総統選挙を控えていて、独立志向が強まるのかどうか中国は神経を尖らせています。
アメリカ議会では共和党のマッカーシー下院議長が、ことし台湾を訪問すると言及していて、新たな対立の火種となるのではないかと懸念されています。
米中両国には今、どのような対応が求められるのでしょうか。
バイデン大統領は、気球の撃墜が中国との関係を悪化させるかどうかについて記者団から問われると、「ノー」と答えています。
中国とは戦略的な競争関係にあるものの、衝突は望まないという姿勢に変わりはないことを示した形です。
中国も当初、気球がアメリカ上空で確認された際、「遺憾だ」とする抑え気味の談話を出すなど、習近平指導部としても幕引きを図りたい意向をにじませていました。
両国は今一度、事態を冷静に受け止め、早期の対話再開に向けた歩み寄りを模索すべきではないでしょうか。
今回の気球をめぐる問題は、米中関係の舵取りの難しさを改めて私たちに実感させました。両国関係の行方を注視せざるを得ない状況は今後も続きそうです。
この委員の記事一覧はこちら