ふたたび、東京への「一極集中」が強まっています。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、おととし、東京23区から出ていく人が入ってくる人の数を上回り、「一極集中是正の兆しが現れた」という見方がありました。しかし、先週の発表では、去年は一転して入ってくる人の数が上回り、東京の人を集める力が依然として強いことを示しました。
今回はコロナ禍で東京と地方の人の流れがどう変わったのか、一極集中を変えるために必要なことは何かを考えていきます。
【東京23区はふたたび転入超過に】
これは23区からの転入者、転出者、どちらが多かったかを示すグラフです。ゼロから上は転入者、下は転出者が多いことを表しています。
外国人を含む集計を始めた2014年以降、毎年6万人前後の人が転入超過でした。
ところが2020年、新型コロナウイルスの影響で大幅に減少。翌2021年は、およそ1万5千人の転出超過になりました。
コロナの拡大に伴って「込み合う東京を避けて地方を目指した人が増えたのではないか」、「一極集中の流れが変わったのではないか」という見方が広がりました。
それが先週発表されたデータによると、去年はふたたび、2万千人あまりの転入超過となりました。
【東京から転出しても…】
東京から地方を目指す動きが盛り上がったはずではなかったか。確認するため、転出した人たちの足取りをみてみます。
おととし、23区から転出した人の数が、2019年に比べて増えた上位10の自治体を調べたところ、横浜市などの東京圏の大都市のほか、神奈川県藤沢市、茅ケ崎市、茨城県つくば市など、すべて東京の近隣でした。
確かに移住した人は増えたものの、東京から少し離れた地域に移動した人が多かったというのが実態でした。
さらに詳しく状況をつかむため、今度は範囲を広げて「東京圏」への転入者数と転出者数に分けて確認します。
「東京圏」とは東京、神奈川、埼玉、それに千葉の1都3県です。
転入者は2021年にかけて減りました。コロナで飲食や宿泊、サービス業を中心に大きなダメージを受け、求人が減ったこと、地方に住む人たちも人が多くて混雑する東京圏を敬遠したことがあると指摘されています。
それでは転出者数はどうでしょうか。ご覧のようにコロナのあと、ほぼ横ばいが続いています。
去年、2022年になって、転入者は3年ぶりに増加に転じました。コロナに伴う行動制限が緩和されるにしたがって、ふたたび入ってくる人が増えてきているという状況がうかがえます。一方、転出者は増えたものの小幅でした。
つまり、23区から移った人の多くは東京圏にとどまり、東京圏からその他の地方への人の動きが進んだわけではありませんでした。減っていた転入者が増え始めたことで、一極集中もふたたび強まったというのが実情です。
【コロナで生まれた変化の兆しも】
「一極集中を変える」という点に限れば、コロナはチャンスとも言えましたが、生かすことができなかったことになります。それでも一部、変化の兆しは生まれています。
その1つがテレワークの普及です。
総務省によりますと、導入企業の割合は2019年には20.2%でしたが、2021年には51.9%まで増えました。業種や企業によっては、移住しても転職せずに仕事を続けられる環境は整ってきています。
次に企業の本社移転が進んだことです。
民間の信用調査会社「帝国データバンク」によりますと、東京圏からその他の地域に本社を移した企業は、おととし、過去最多の351社。去年も上半期に168社とハイペースが続いています。移転は雇用や税収の増加をもたらし、地域にとって経済的にプラスです。
さらに移住で実績を挙げた自治体も現れています。
たとえば人口およそ8400人の北海道東川町では、2020年7月から移住体験者の募集や見学ツアーを始めました。その結果、これまでに25組の家族、63人が移住したということです。30代、40代が中心で、町の担当者は「大企業に勤めながら移住する人も多い。コロナで会社が多様な働き方を認めたことは良かった」と話しています。
【なぜ政府は「一極集中の是正」掲げる?】
ただ、こうした成果はあったものの、人の流れを大きく変えるまでには至っていません。
そもそも、東京一極集中はいけないことなのでしょうか。実際、インフラ整備を効率化できるなどとして、むしろ集中したほうが、メリットがあるという見方もあります。
しかし、政府は少子化との関連で問題視しました。
きっかけとなったのは、2014年、増田寛也元総務大臣が座長を務める「日本創成会議」の問題提起でした。これを受け、政府は「地方創生」に乗り出しました。この際、旗印にしたのが「東京一極集中の是正」でした。
「東京は出生率が著しく低いため、東京への集中は少子化を加速させる」などとして、「是正」が必要だと強調しました。
そのうえで2020年に「東京圏への転出・転入を均衡させる」という目標を掲げ、地方移住や地方大学の支援などの政策を進めました。
ところが2015年以降、むしろ東京への転入超過は年々増え続け、目標を達成することはできませんでした。
地方創生は、岸田政権のもと「デジタル田園都市国家構想」に引き継がれ、政府は今も「2027年度の均衡」を掲げています。
しかし、一極集中の是正という観点からは目ぼしい政策は打ち出されておらず、目標の達成はきわめて厳しいと言わざるを得ません。
【根本的な対策は何か】
では、東京一極集中を変えるために必要なことな何でしょうか。
まずは地域の企業が生産性を上げる、つまり「稼ぐ力」を高めて賃金をアップし、若い人たちに地元に残ってもらうようにするのが本筋です。
とはいえ、課題が残っています。もう一度、総務省のデータからその要因を探ります。
47都道府県のうち、転出が転入を上回ったのがあわせて36の道府県。このうち、実に8割以上にあたる30の道と県で女性の転出が男性より多かったことが分かりました。
転出した女性の多くは10代後半から20代。地元の大学などを卒業したあと就職で東京圏に移ります。若い女性が地域を後にすることで、出生数にも影響します。移動で直接人口が少なくなるうえ、子どもも減ることになれば、さらに人口減少の長期化につながります。
地方にとっては、女性が求める仕事を生み出し、いかに地元に残ってもらうかが死活的に重要だということになります。
では、なぜ地元に残らないのか。その理由の一端がうかがえる調査があります。国土交通省が3年前に行ったアンケートです。
東京圏外の出身で東京圏に住んでいる人に対し、「移住の背景となった事情」を尋ねたところ、「人間関係やコミュニティーに閉塞感がある」と回答した人の割合は、出身地の都市の規模に関わらず、女性が男性よりも高かったことが分かりました。
希望する仕事がないというだけでなく、こうした「閉塞感を感じさせる雰囲気」を感じ取り、女性が地元での仕事を敬遠している可能性があります。
人口政策に詳しいニッセイ基礎研究所の天野馨南子 人口動態シニアリサーチャーは「地方の企業経営者を中心に『女性はこういう業種や職種を望むだろう』という先入観が強い」と警鐘を鳴らしています。
一方で、中には「それまで男性を採用していた仕事で女性を募集し、多くの女性の採用に成功した企業も出ている。こうした例を増やして女性の雇用を増やさない限り、東京一極集中というのは止まらない」と指摘しています。
女性が活躍する企業のほうが、生産性が高いという調査結果もあります。そうなれば賃金が上がり、それに魅力を感じる若い人たちが地元に残るという好循環が生まれることも考えられます。
過度な東京一極集中は、地震や災害に見舞われた際のリスクが高いうえ、地域の衰退で日本の多様性が損なわれる面もあります。
流れを変えるために、地域が一丸となって努力しなければならないと思います。
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