アメリカのバイデン大統領が、向こう1年の内政と外交の施政方針を示す一般教書演説を行いました。4年の任期を折り返し、来年の大統領選挙に向けて、近く立候補を表明するかが注目されているバイデン氏。ねじれ議会での演説に込められた大統領の思惑を考えます。
去年の中間選挙で議会下院の多数派を共和党に奪われてから初めて臨む上下両院合同会議。バイデン大統領による一般教書演説は、超党派の協力によって政策の実現を訴えて、結束を呼びかける場面が目立ちました。
(バイデン大統領の発言)「国民からのメッセージは明確だ/戦いのための戦い、権力のための権力、対立のための対立では何も得られない/私のビジョンはアメリカの魂をよみがえらせ、屋台骨の中間層を立て直し、国を団結させることだ/国民から負託された仕事を成し遂げなければならない」
70分を超えた演説時間の大半は内政に割かれました。記録的な雇用創出で、先月(1月)の失業率も3.4%と53年ぶりの低い水準に抑えられ、インフレ率も鈍化、アメリカ経済はコロナ禍の落ち込みから回復しつつあるとして、この2年間の実績をアピールして見せました。
就任前のトランプ前大統領の支持者らによる議会乱入事件について、「南北戦争以来の最大の脅威で傷ついたが、われわれの民主主義は不屈で壊れなかった」と述べました。
終始、前向きで楽観的なトーンを貫いて、自らが直面している機密文書をめぐる問題には無論まったく触れませんでした。
一方、外交に割かれた時間は僅かでした。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は「アメリカと世界にとっての試練だ」として、同盟諸国と結束してロシアに対抗する姿勢を改めて示し、ウクライナ支援の継続と連帯を呼びかけました。
バイデン大統領が「最も重大な競争相手」と位置づける中国に対しては、習近平国家主席との会談で「われわれが望んでいるのは衝突ではなく競争だと明確に伝えている」と説明。「中国と協力できる分野は協力する」としながらも、アメリカ上空を飛行した中国の気球を撃墜したことを念頭に、「中国がアメリカの主権を脅かすなら、われわれはアメリカを守るために行動する」と述べました。
この中国の気球問題は、米中関係に何をもたらすでしょうか?
これまでの経緯をまとめます。
アメリカ国防総省の高官によりますと、先月末アラスカ上空で探知された中国のものとみられる気球は、形状や推進機能があることなどから「偵察目的」と断定し、飛行ルートを追跡してきました。気球がカナダ上空を通過して、ふたたびアメリカ上空に侵入したことで緊張は高まります。西部モンタナ州の空軍基地の周辺にはICBM=大陸間弾道ミサイルのサイロがあることから、アメリカ側は警戒態勢を強化しました。
中国が「気象観測用の民間の気球が迷い込んだことを遺憾に思う」という見解を示したのに対し、アメリカ側は、バイデン政権の発足以来、初めてとなるはずだったブリンケン国務長官による中国訪問は延期すると発表。過去数年間で複数回こうした中国の気球をアメリカ上空で探知していたことも明らかにし、「落下物による被害を最小限にするため」として、気球が南部サウスカロライナ沖の大西洋上空に達したところで、F22戦闘機の空対空ミサイルで撃墜したのです。
アメリカ側は、偵察気球による領空への侵入は、「主権の侵害で明白な国際法違反だ」として、落下物を回収し、詳しい分析を急ぐとしています。
実は、東西冷戦下の1960年、似たようなケースがありました。アメリカ軍のU2偵察機がソビエト上空で撃墜され、アメリカ側は当初「気象観測機だ」と主張しましたが、脱出したパイロットがソビエト側に拘束され、いわば“動かぬ証拠”を突きつけられたことで、軍事目的の偵察飛行だったことを認めざるを得ませんでした。
今回の気球問題で、アメリカは今のところ、中国との全面対決に発展することは避けたいという意図がうかがえます。米中が互いに関係改善を模索していたさなかの出来事だったからです。ただ、中国は、気球の撃墜で態度を硬化させて、落下物の返還を求め、アメリカによる電話での国防相会談の呼びかけも拒絶したということです。
この気球問題にとどまらず、偶発的な衝突を避けるためにも、対話のチャンネルを確保できるのか?米中関係は、なお課題が残ります。
さて、バイデン大統領は、演説を通して、超党派での協力を訴えましたが、ねじれ議会への対応の中で、ほぼ唯一、債務上限の問題だけは、攻撃的な口調もためらいませんでした。
アメリカは、政府が国債発行などで借金をする上限を予め議会が定めています。共和党の保守強硬派は、財政規律を重視してバイデン政権による巨額の財政支出を批判し、歳出削減を強く求めています。このため、マッカーシー下院議長は、バイデン大統領に対し、債務上限を引き上げに応じるためには、歳出削減が条件になるとしています。
もし債務上限の引き上げに議会が応じなければ、アメリカの国債はデフォルト=債務不履行となり、最悪の場合、政府機能は閉鎖を余儀なくされ、経済は大混乱に陥るおそれもあるのです。
この問題について、バイデン大統領は、演説の中で「一部の共和党議員は経済を人質に取ろうとしている」と批判し、歳出削減と債務上限の引き上げは、それぞれ切り離して話しあうべきだという考えを示しました。双方の立場はかみあわず、調整の行方が心配です。
この歳出削減と債務上限の引き上げを乗り切ることが、バイデン大統領にとって、当面の課題です。これまで民主党は、共和党が求める社会福祉費などの削減には応じない代わりに、共和党が重視する国防支出の増額を受け入れることで、ひとまず債務上限の引き上げに同意を取り付けてきました。ところが、共和党は、もはや懐柔策には乗ってこないかも知れません。
いま共和党で来年の大統領選挙に立候補を正式に表明しているのはトランプ前大統領ただひとりです。トランプ氏は、かつて国防支出の大幅な増額を求めたこともありますが、いまはライバルとの違いを際立たせるため、自分は大統領在任中、新たな戦争を一つも起こさなかったとして、いわばタカ派の中の唯一のハト派だと主張しています。
共和党に影響力を持つ保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」も、これまで国防支出は削減対象にはならない、いわば“聖域”と位置づけてきましたが、累積債務の拡大に伴って、最近は無駄をなくすことで削減も検討するよう提言しています。
共和党の一部には、ウクライナへの武器供与でも、いわゆる“支援疲れ”の兆候がみられ、アメリカの世論はますます内向きになる傾向もあります。国際秩序の維持にアメリカはどこまでリーダーシップを発揮できるのか?国防支出のあり方は、来年の大統領選挙に向けた焦点のひとつになりそうです。
では、バイデン大統領は今後、議会とどう向き合うでしょうか?いまのバイデン氏と同様に、民主党の近年2人の大統領も、就任当初は上下両院で民主党が多数派を握っていましたが、1期目の中間選挙で共和党に敗北を喫し“ねじれ議会”に直面しました。
就任2年目の平均支持率は、3人とも40%台で、あまり大きな差はありません。ただ、クリントン氏もオバマ氏も、一般教書演説では、敢えて中道寄りの政策を訴えて、共和党に歩みよる姿勢を打ち出しました。これに対して、バイデン大統領は、今回の演説で、超党派での協力を呼びかけながらも、自ら歩み寄る姿勢は限定的でした。
このため、大統領の思わくとは裏腹に、党派対立は、むしろ先鋭化するかも知れません。
一般教書演説を終えたバイデン大統領は、激戦州の中西部ウィスコンシンや南部フロリダを遊説し、支持固めに着手することにしています。ねじれ議会に直面し、内政でも外交でもそれぞれ難題を抱えるバイデン大統領。就任3年目の政権運営は、ますます厳しい前途が待ち構えているようです。
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