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苦境のイラン 長期化する抗議デモと核合意崩壊のリスク

出川 展恒  解説委員

中東のイランでは、保守強硬派のライシ政権が、内政と外交の両方で大きな問題に直面し、苦境に立たされています。国際情勢を分析しているアメリカの調査会社は、年頭に発表した「ことしの10大リスク」で、「追い詰められたイラン」を第5位に挙げています。イランが、今、どんな問題を抱え、国際情勢にどんなリスクをもたらすのかを考えます。

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■冒頭述べた「ユーラシア・グループ」による「ことしの10大リスク」は、イランで続いている民衆の抗議デモが、1979年のイスラム革命以来のこの国の脅威になっているとしたうえで、アメリカのバイデン政権発足後続けられてきた「イラン核合意」を復活させるための外交努力は失敗したと述べました。その結果、敵対するイスラエルなどを巻き込んで、壊滅的な地域紛争に至るリスクがあるとしています。中東・ペルシャ湾岸地域にエネルギー資源を依存する日本にとって、無関心ではいられません。

■順番に見ていきましょう。

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去年9月、スカーフの着用のしかたが不適切だとして、当局に逮捕された女性が、拘束中に死亡した事件をきっかけに起きた民衆の抗議デモは、17日で4か月となります。物価高騰、失業問題などへの不満も背景に、若い世代を中心に全国に拡大し、イスラム体制そのものに反対する運動に発展しました。サッカーのワールドカップに出場した代表チームが国歌を歌わなかったり、イランを代表する俳優が抗議に加わって身柄を拘束されたり、連帯を示す動きも広がっています。
保守強硬派のライシ政権は、治安部隊を動員して、徹底的な抑え込みを図り、抗議デモに当初の勢いはなくなりましたが、事態収束の見通しは立っていません。正確な数は不明ですが、在外の人権団体は、15日の時点で、女性や子どもを含む520人以上の市民が死亡し、1万9000人以上が逮捕された。また、治安当局者およそ70人が死亡したと発表しています。

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最高指導者ハメネイ師は、先週(9日)、デモの参加者を「暴徒」と呼び、「国を裏切った。これは間違いなく反逆だ」と非難し、決して容認しない姿勢を強調しました。裁判所は、治安当局者の殺害に関わったとして、少なくとも17人に死刑を言い渡し、うち4人の刑がすでに執行され、国連や人権団体から強い非難の声があがっています。
専門家の間では、長期化する抗議デモには指導者がおらず、イスラム体制の崩壊に直ちに結びつく可能性は低いものの、最高指導者直属の「革命防衛隊」が国民に銃を向けた場合には、局面は大きく変わるだろう。多くの国民が、現体制を信用しなくなっており、現在83歳の最高指導者が交代する局面を迎える時、何が起きるか予測できない。このような見方が出ています。

■こうした状況の中、イランと欧米の関係が悪化しています。

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抗議デモへの弾圧で、大勢の若者が命を落とし、逮捕されていることについて、欧米各国は、重大な人権侵害だとして、イランの治安責任者に対する制裁を発動してきました。
デモの参加者に対する死刑が、相次いで執行されたことを受けて、イギリス、フランス、ドイツとEU=ヨーロッパ連合が、先週(9日)、イランに対し、改めて強い抗議の意思を示し、すでに出された死刑判決を取り消すよう求めました。
対立の火に油を注ぐような出来事も起きています。フランスの週刊紙『シャルリ・エブド』が、今月はじめ、イランの民衆の抗議デモを支持すると表明し、最高指導者ハメネイ師を揶揄する内容の風刺画を募集し、掲載したのです。イラン政府は、「言論の自由を口実に、最高指導者を侮辱する権利はない」と激しく抗議し、イランにあるフランスの研究機関の活動を停止させました。革命防衛隊の司令官は、この新聞社に対する襲撃を警告する発言をしています。これに対し、フランスのコロナ外相は、「フランスには、イランとは違って、報道の自由がある」と反論、両国の関係は極度に険悪な状態です。

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イランが、ウクライナを軍事侵攻したロシアに、無人機(ドローン)を供与している問題も、欧米との対立をいっそう悪化させています。ウクライナ政府や欧米各国は、イランがロシアに供与した数百機の無人機がウクライナへの攻撃に使用され、市民やインフラ施設に甚大な被害を与えている。短距離弾道ミサイルを供給する準備も進めていると非難しています。「ユーラシア・グループ」は、欧米各国がイランに対し、新たな制裁を科すだろうと予測しています。

■そして、イランと欧米の関係悪化は、「イラン核合意」を立て直すためのアメリカとイランの間接協議に、極めて深刻な打撃を与えています。

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間接協議は、EUの仲介で進められてきましたが、去年2月、ロシアによるウクライナ侵攻の影響で中断し、その後、双方の主張の隔たりが埋められず、膠着しています。たとえば、イランは、アメリカに対し、「二度と核合意から離脱しない保証」を要求していますが、バイデン政権は、「将来の政権を縛る約束はできない」と、拒否しています。
アメリカも、EUも、イランによる抗議デモへの弾圧や、ロシアへの無人機供与の問題の影響で、イランとの協議には応じにくい状況です。アメリカのサリバン大統領補佐官は、先週(9日)、「イラン核合意の立て直しは、現時点で、優先事項ではない」と述べ、当面、イランに弾圧や無人機の供与をやめさせることに重点を置く考えを示しました。また、バイデン大統領自身も、去年11月、中間選挙の遊説中、「イラン核合意はすでに死に体だ」と発言した映像が、ソーシャルメディアで取り上げられました。政府高官が、「核合意の立て直しを断念したのではない。すぐには進展しないという意味だ」と釈明する事態となりました。

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一方、イランの指導部も、一連の抗議デモは、「イランの体制崩壊を狙って、アメリカなどが仕掛けてきた陰謀だ」と非難を強め、核協議が再開される見通しは、全く立っていません。そのイランは、アメリカの制裁への対抗措置として、濃縮度60%の高濃縮ウランを製造するなど、核合意から大幅に逸脱した行動を続けています。「核兵器をつくる意思は全くない」と主張していますが、多くの専門家は、もし、イランがその気になれば、核兵器の製造も可能な技術水準に近づいていると指摘しています。たとえば、あと2~3週間あれば、核兵器1個分の高濃縮ウランを入手することも可能だと見ています。
間接協議が失敗に終わり、核合意が崩壊しますと、イランの核開発に歯止めをかける手段はなくなります。その場合、敵対するイスラエルが武力行使に踏み切り、軍事衝突が起きるリスクや、中東各国による核の獲得競争、核拡散のリスクが高まることが予想されます。今年ではなくとも、数年以内に、そうした事態が起きうる状況となります。まだ、一縷の望みがあると言えるのは、アメリカ・バイデン政権も、イランの指導部も、互いに相手を非難しつつも、交渉による解決の意思を放棄していないことです。

■長期化する抗議デモ、イランと欧米の関係悪化、そして、崩壊の瀬戸際にある核合意、当事者たちが状況を読み誤れば、軍事衝突に発展し、日本にとっては極めて深刻なエネルギー危機をもたらすリスクがあります。今年、G7=主要7か国の議長国を務める日本としても、イランとの間で維持してきた良好な関係をフルに活用して、緊張緩和に向けた説得や働きかけを試みる必要があると考えます。  


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