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2023年の世界経済 急減速 リスクと課題

櫻井 玲子  解説委員

「ことしの世界経済は、ここ30年で3番目に低い成長にとどまる」
世界銀行は、今週、最新の経済見通しに関する報告書を発表し、2023年について、厳しい予測を明らかにしました。
その背景や今後のリスクについてみていきたいと思います。

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【急減速する世界経済】
まずは世界銀行が発表した最新の見通しを詳しく見てみます。

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2023年の世界経済の成長率は、1.7パーセントに急減速する見通しです。
通常であれば、世界全体で3パーセントから4パーセントの成長が「合格点」といわれることから考えると、非常に低い数字です。

ここ30年ほどでみると▼「リーマンショック」と呼ばれる世界的な金融危機直後の2009年と、▼新型コロナウイルスの感染拡大で落ち込んだ2020年に次ぐ、低い成長になる、としています。
世界銀行は、6か月前の予測では、3パーセントの成長を見込んでいましたが、この半年で、今後の見通しがさらに暗くなったとして、先進国の9割以上、新興国・途上国の7割近くの経済成長見通しを下方修正しました。
また来年2024年についても、2.7パーセントと、去年の2.9パーセントとくらべても弱い回復、しか見込めないとし、低空飛行が長引くと、予想しています。

世界各国で続く、物価上昇。
それを止めようと金利を上げて、急激に金融を引き締める結果生じる、景気の冷え込み。
そしてロシアのウクライナ侵攻の影響による、モノやカネの流れの停滞。
こうした動きが、各地で、同時多発的に起きていることが、その原因です。

【落ち込む先進国の経済成長】
この中で落ち込みが目立つのが先進国です。

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▼世界経済をけん引するアメリカは、わずか0.5パーセントの成長。
▼ユーロ圏に至っては、ゼロ成長の予測です。
▼そして、日本も、1パーセントの成長しか期待できないとみられています。
堅調な設備投資などに支えられた回復が期待される一方、世界経済の急減速によって、輸出に影響が出ると考えられています。
また来年の成長率も、0.7パーセントにとどまるとみられており、世界経済の低迷の影響が長引くと予想されています。

【新興国・途上国も不振】

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一方、中国は4.3パーセント、中国を除く新興国・途上国の成長率も2.7パーセントにとどまり、一時期は世界経済を高い成長で牽引してきたこうした国々の勢いも弱くなっています。
貿易もふるわず、資源の輸出からの収入に頼る中南米や、アフリカなどの広い地域に、少なからぬダメージを及ぼすとみられています。

さらに、ロシアのことしの経済成長については、マイナス3.3パーセントと予測しています。
去年に続き、2年連続のマイナス成長です。
中国、インド、アフリカなどへの、資源やエネルギーの輸出を増やすことで、日米欧の経済制裁による影響をしのいできたロシアですが、原油や石油製品の輸出に対する追加制裁の実施にあわせ、その影響がじわじわと効いてくるものとみられています。

【今後のリスクは】
さて、世界同時不況に陥る瀬戸際、ともいえる状況の中、今後生じうるリスクについても、みていきたいと思います。

【リスク①債務・財政の問題】
一つは多くの国でみられる財政の悪化です。

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新型コロナウイルスの感染拡大への対応策や補助金のための支出が積み重なり、債務・つまり借金が増えているほか、エネルギーや食料価格が高騰して輸入代金が膨らみ、対外収支も悪化しています。
日本やアメリカ、それに途上国や新興国への融資を近年積極的に展開してきた中国などでも、国や企業の債務が膨らみ、世界的に金利が上昇する中、利払いの負担が重くなることが心配されています。

また、世界銀行が特に心配しているのは、より体力が弱い途上国です。
去年の年末までにはパキスタン、スリランカ、ガーナなどの債務危機が伝えられ、それに加え、最貧国のおよそ6割が過剰債務にすでに陥っているか、そのリスクが高い状況になっているとみられています。
さらに、アメリカの利上げによってドルに対し、自分の国の通貨が急落するのを防ぐための手立ても必要となり、新興国・途上国のおよそ5分の1が、通貨危機などに備えて用意しておく外貨準備などを大きく取り崩しているということです。
こうした傾向にさらに拍車がかかれば、新興国や途上国で債務不履行や通貨危機が起きる可能性が高まります。
1997年のアジア通貨危機や2010年代の欧州債務危機では、一つの国で起きた危機が導火線となり、地域全体の金融危機へと拡大しました。
より大きな危機を招かないよう、未然に防ぐ手立てが必要になります。

【リスク②エネルギー】
もう一つ、懸念されるのは私たちの暮らしにも影響するエネルギーの問題です。

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原油価格は去年の、年間平均が1バレルおよそ100ドル。
それがことしは平均1バレル88ドル前後になるのではないかと、世界銀行は予想しています。
▼景気の減速で、需要そのものが減るとみられること。
▼また中国やインドによる石炭の生産が増えるとみられることから、
去年にくらべれば、エネルギー価格全体は、値下がり傾向に向かうと考えられています。
しかし、▼ヨーロッパがロシアへのエネルギー依存を減らそうと、再び、大量のLNGの確保に走り、次の冬に向けてが、むしろ争奪戦の正念場になるとの見方もあること。
▼産油国の原油の生産余力が不足しており、現状でも、OPECプラスが打ち出している目標には届いていないことから今後も、生産量が増える余地は少ないと考えられること。
こういった理由から、エネルギー価格は去年ほどではないにせよ、新型コロナウイルスの感染拡大前の水準よりも高いまま続くとみられています。
通常であれば、景気がこれだけ大きく減速すれば、需要もその分減り、価格も下がってくるはずですが、こうしたメカニズムが働かなくなってきています。

また一部の国では、自分の国の需要を優先するため資源などの輸出を制限する動きもみられます。
こうした輸出規制によって価格がさらに高騰したり、必要な国に届かないといったことがないよう、国際社会の協力が求められています。

【リスク③ 新興国・途上国への低調な投資による影響】
さらに、より中長期的な影響についても懸念があります。
新興国や途上国への投資資金が細っていることです。

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ヨーロッパ・アメリカ・中国経済にそれほどの余裕がない中で、去年から来年までの3年間の投資資金の伸びは、過去20年の平均伸び率の、半分にも満たない見通しです。
マルパス総裁は記者会見で、「2020年から2024年の5年間でみると、平均で2パーセントを切る、歴史的に低い経済成長になる見通しでその影響は大きい。新興国や途上国への投資が細る中、貧困対策や教育、それに気候変動への取り組みが逆行する恐れもある」と述べ、危機感を示しました。
足元の苦境への対応にもがき、将来への投資を惜しめば、より長い期間にわたって、世界経済全体の成長を妨げるおそれがあると警告しています。

世界経済の歴史的な低成長と、それに伴うリスクは、ことしのG7・先進7か国の会合でも大きなテーマとなりそうです。
議長国をつとめる日本がこの難局を乗り切るためにどのように知恵を絞り、各国と協力して対応策を打ち出せるかが、問われることになります。


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