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少年事件記録の廃棄 何をもたらすか

清永 聡  解説委員

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裁判の記録がまた、捨てられていました。今度は少年事件です。
裁判所では3年前も、民事裁判記録の廃棄が明らかになりました。どうしてこのようなことが起きるのか。保存や管理を徹底するには何が必要か。そして廃棄が何をもたらすのでしょうか。

【次々と明らかになる少年事件記録の廃棄】

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問題の発端は、97年に起きた神戸連続児童殺傷事件の記録が、神戸家庭裁判所ですべて廃棄されていたと明らかになったことでした。
「酒鬼薔薇聖斗」を名乗る犯行声明文が出され、当時14歳の少年が逮捕された事件は、のちに少年法の改正にもつながりました。

ところが、その後も各地でつぎつぎと少年事件記録の廃棄が判明します。
NHKの各放送局が調べたところ、分かっているだけで、大分・一家6人殺傷事件(2000年)、長崎・佐世保女児殺害事件(2004年)、京都・亀岡暴走事故(2012年)など。
社会に衝撃を与えた数々の記録が、軒並み捨てられていました。

【3年前も民事記録の廃棄が明らかに】
どうしてこんなことが起きたのでしょう。
少年事件の記録には、捜査や非公開の審判内容など貴重なものが含まれます。
ただ、「司法」である裁判記録は公文書管理法の対象ではありません。このため民事裁判や少年事件の記録は最高裁の規則によって、全国の裁判所で保管されます。

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民事裁判は確定から5年(判決文を除く)、少年事件は少年が26歳になるまで(決定文を含む)。その後は基本的に廃棄となります。ただし、重要な憲法判断が示された事件、社会の注目を集めた事件、少年非行の調査研究で重要な参考資料になる事件などは各裁判所で「特別保存」として永久保存されます。

問題はこの特別保存がほとんど行われていなかったことです。
3年前にも、教科書に掲載されるような貴重な民事裁判の記録が大量に廃棄されていたことが分かり、批判の声が上がりました。
この時は、新聞2紙以上に判決の記事が掲載されたり、最高裁の判例集に掲載されたりした裁判の記録を特別保存とするほか、一般から要望を受け付ける手続きもHPで公表することなどを決め、各地の裁判所で保存基準を明確化しました。

【過去の解散命令請求も廃棄】
しかし11月になって、オウム真理教と、和歌山の明覚寺の解散命令請求の記録も、すべて捨てられていたことが新たに明らかになります。
いま旧統一教会の問題で、解散命令請求も視野に質問権の行使が行われています。裁判所で過去に審理されたのはこの2回だけです。
仮に今後、解散命令請求が行われたとしても、過去の保存記録を直接参考にするのは、捨てられたので、もう、できなくなってしまいました。

【少年事件保存の一覧文書『作成・取得していない』】
では少年事件は、どのような記録が残っているのでしょう。私は一連の問題が明らかになる前の段階で保存されている事件の一覧を、最高裁判所に開示請求しました。

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先日届いた回答です。不開示通知書。「文書を作成・取得していない」。つまり最高裁は、一覧の文書をまとめていなかったことになります。

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最高裁は問題が発覚した後になって、全国の家庭裁判所に、保管状況を問い合わせ、件数のみ公表しました。それによると保存された少年事件記録のうち「法律記録」は全国わずか15件。しかも40の家庭裁判所で、特別保存ゼロでした。
ほとんど残っていないうえ、状況も把握していない。なぜ捨てたのかも明らかでない。これでは保存の仕組みが機能していないと言うほかありません。

【家庭裁判所の現役調査官は】

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今回、私は家庭裁判所に勤務する現役のベテラン調査官に匿名で話を聞きました。調査官は少年などを調査し、まさに記録を作る役割です。
しかし、この調査官は記録の廃棄や保存について、これまで問い合わせを受けたことは一度もないといいます。内部で広く意見を聞く仕組みがそもそもなかったことがうかがえます。
ただ、当時社会や地域を震撼させた事件ばかりです。「捨てないほうがいい」という声を、誰もあげなかったのでしょうか。
調査官は取材に対し、「担当部署に記録を残すという意識を持っている人がいなかったのではないか。誰も廃棄を止められなかったことに、悲しい思いがする」と話していました。

【望まれる対策は】
最高裁は、今回の問題を受けて有識者を交えた会議で検討を始めました。ではどのような対策が望まれるのでしょう。

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内部だけで保存が難しいなら外部の声を聞く必要があるのではないでしょうか。全国の家庭裁判所には、更生保護に携わる外部の有識者などでつくる「家庭裁判所委員会」がすでにあり、定期的に会合が開かれています。ここで毎年保存の意見を聞くこともできるでしょう。
さらに国の法制審議会では、裁判のIT化の議論も行われています。少年事件も、将来の記録の保存を念頭に、作成段階から一部電子化するなどの検討も可能ではないでしょうか。
そして、保存した記録の活用も課題です。

少年事件の場合、難しいのは記録の閲覧が極めて制限されていることです。
被害者・遺族でも確定から3年しか閲覧・複写ができません。特別保存は「調査研究」も理由の1つのはずですが、現実には外部の研究者はほとんど閲覧が許されていません。
しかし、そのことが「どうせほとんど誰も読まない」という意識を生み、安易な廃棄につながっていないでしょうか。
プライバシー保護と両立を図りながら、被害者や研究者が今よりも記録を活用できるよう議論することは可能なはずです。

【アメリカでは膨大な少年の記録を研究に】
アメリカには有名な少年の研究があります。古いもので100年前の非行少年・非行少女の記録や追跡調査し1500人分などを分析したグリュック夫妻の研究です。近年になって改めてデータの分析が行われ(ラウブとサンプソンよる再分析)、非行防止に今なお、重要な研究となっています。
少年法が専門の九州大学の武内謙治教授は「裁判所は事後的な検証や後世の研究の可能性を考えても、記録が大きな意義を持ちうるものであるという意識を欠いていたのではないか」と指摘します。
100年前の記録でも、残しておけば、いつか再発防止のため活用することも可能です。しかし、捨ててしまえば2度と使えません。

【社会記録と家裁の理念】

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最後に、少年事件の「社会記録」について触れます。
社会記録は一般には知られていませんが、捜査などの「法律記録」とは別に、少年の性格や家庭環境など問題の背景を詳細に調べあげ、まとめたものです。
これは家庭裁判所だけでなく、少年鑑別所、学校、児童相談所など関係機関も協力して作成します。
昭和24年に創設された家庭裁判所は、「社会的性格」として「関係機関と緊密な連携を保持して解決を目指す」という基本理念が掲げられています。記録の作成もさまざまな機関が連携して取り組む一例です。

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しかし、この社会記録も、多くが捨てられていました。
作成に協力した機関は、連絡もなく社会記録が失われてしまったことをどう受け止めるでしょう。重大事件で貴重な社会記録の廃棄を繰り返し、それで家裁は本当に、将来も関係機関の理解や協力を得られるでしょうか。

社会が一体となって少年問題の解決を目指し、その成果は社会へフィードバックする。それが理想だったはずです。貴重な記録を廃棄する光景は、家裁の理念を自ら放棄する姿と重なって見られないでしょうか。
これは単なる記録の問題ではありません。
関係機関そして国民はどう受け止めるか。裁判所は反省し、客観的な再発防止策を急ぐ必要があります。


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清永 聡  解説委員

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