「リスキリング」という言葉を最近、よく聞くようになりました。
「リスキリング」はスキルを再び習得する、といった意味です。
最近、注目されている概念で、新しい職業に就いたり成長が見込まれる社内の新たな業務に当たったりするため、必要なスキルを身につけることです。
「リスキリング」について考えます。
【解説のポイント】
① なぜ、「リスキリング」必要?
② 「新たな価値」創出
③ 日本の現在地
【なぜ、「リスキリング」必要?】
リスキリングという言葉。英語のスペルではReskilling。
「リ・スキリング」。「再び」「スキルを習得する」という意味です。
「新しい知識や知らないことを学ぶ」という文脈で使われます。
これまで日本の企業では人材育成の手法としていわゆる「OJT」、社内研修が行われてきました。
これらは職場での実践を通じていまの業務を続けるうえでの技術や能力を高めていく内容が多く、スキルアップなどと呼ばれています。
一方、「リスキリング」は急速に進むデジタル化などで仕事の進め方が大幅に変わっていく中、世代を問わず、これまで経験したことのない分野への転職や社内での異動を前提にスキルを身につけることです。
リスキリングが求められる背景として民間のシンクタンク、三菱総合研究所によりますとDX=デジタルトランスフォーメーションなどで仕事に求められるスキルや人材の需要が急速に変化し、人手が余剰となったり不足したりするミスマッチが2030年には450万人の規模に上ると試算しています。
日本では終身雇用が根付いていて、労働移動が少ないことで技術が社内にとどまり、新たなイノベーションが生まれにくいと指摘されてきました。
国はリスキリングによって新たな価値が生み出され、成長分野へと労働移動が進めば、生産性や収益力が向上し、賃金の上昇にもつながると期待しています。
リスキリングはデジタル人材の不足以外にも企業が抱える経営課題を解決に導いたり、「新たな価値を創出」したりする可能性があるのではないか。その一端が垣間見られる会社を取材しました。
【リスキリングで「新たな価値」創出】
東京・中央区にある「北村化学産業」です。
こちらの会社は化学原料やプラスチック製品の販売などを行う創業128年の専門商社なのですが、今、力を入れているのはデジタル分野での「リスキリング」です。
3年前から社員にオンライン講座などの学びの機会を提供しています。
背景には世界的に脱プラスチックへの環境配慮や加速するデジタル化の中、老舗企業も変革を迫られているということでした。
社員の1人、山口徹さん(39)は、もともとは総務部にいましたが、3年前からリスキリングでAIやデジタル分野の技術を学びはじめ、現在は新事業のリーダーをしています。
私が取材に伺った日も山口さんの部署では勤務中に社員がオンライン講座を受講していました。
実際、リスキリングが実を結び、会社では新たな事業が始動しています。
この日、山口さんが訪ねたのは栃木県にある自動車のプラスチック部品などを作る会社です。原料を販売する50年来の取引先ですが、この日は原料の商談ではありません。
山口さんたちのチームが開発した工場の稼働を分析するツールの使い勝手を点検に来たのです。
この会社ではこれまで作業日報を手書きしてきましたが、このツールを使えば部品の製造にかかった時間や品質などのデータを自動集計して細かく分析。工場の稼働状況を数値で「見える化」することで課題だった業務改善につながってきているといいます。
このツールを導入した神戸化成工業の神戸泰社長は「リスキリングという言葉さえあまり知らなかったので材料を購入している商社がなんでこんなことまでやるのかと驚いたが、作業効率が上がりありがたい」と話していました。
一方、北村化学産業の山口徹さんは「学んだだけではなくて、会社の事業とか商売に生かせるというのがリスキリングの魅力。プラスチック製品を売るだけではなく、新たな分野も開拓できてやりがいを感じている」と話していました。
リスキリングによって新たなビジネスモデルが生み出せれば、将来的には会社が成長するだけでなく、社員にとっても「仕事のやりがい」や「給与アップ」「昇進」にも結び付き、双方にとってメリットはとても大きいと感じました。
【日本の現在地~リスキリングを進めるために】
では、日本ではリスキリングを経験した人はどれくらい、いるのでしょうか。
民間のシンクタンク、パーソル総合研究所が企業の正社員として働く全国の20歳から59歳までの男女、3000人を対象に「リスキリング」に関する調査を行いました。
それによりますと
▽語学や簿記、会計といった新しいツールやスキルを学び直したなど「一般的なリスキリングの経験」をした人はおよそ3割。
▽一方、「デジタル領域に特化したリスキリング」については2割程度と低い結果となりました。
デジタル領域でのリスキリングを促進していくためには何が必要なのか。
調査を行った、パーソル総合研究所で上席主任研究員をつとめる小林祐児さんは「キャリアの展望が見えることが重要だ」と指摘します。
企業は単に学習教材をそろえるだけではなく、
▽従業員が学んだことを実際にどこで役立てることができるのか、
▽それがどのように評価されるのか、
▽そのためには何を学ぶべきなのかということを明示して、
従業員が前向きに納得して取り組めるような環境をつくることが重要だといいます。
また上司によるキャリア支援も不可欠な要素で、上司に今後のキャリアについて相談したり中長期のキャリアについて助言を得たりすることができる環境づくりが必要だということです。
そのためには上司の「資質」もポイントになるということです。
具体的には、常に新しい市場やサービスの領域について調べていたり、柔軟に仕事のやり方や範囲を変更できたりする能力が今後、求められていくと話しています。
「今の組織で仕事のやり方を変えるのは大変だ」とか「自分だけが仕事のやり方を変えてもしょうがない」といった思いにさせないことがリスキリングの意欲を高める大切なカギになると感じました。
ことし6月にはIT大手や地方自治体などが参加する「日本リスキリングコンソーシアム」という団体が発足しました。
AIやマーケティングなどのITスキルを学べる500あまりの講座が用意されていて、半数以上の講座が無料で受けられます。
この団体では、今後4年間で50万人の受講を目指していて、身につけたスキルを新しい部署で生かしたり、転職の際には就職情報会社と連携したりするなど、就労支援にもつなげたいとしています。
今回の取材を通してリスキリングは「企業の人材流出につながってしまうのではないか」と懸念する声も聞きました。
しかし、これだけ変化が激しい時代にあって、企業もこれまでの実績や強みだけでは生き延びていくことが難しくなってくると思います。
「成長の機会が与えられない会社には人は集まらない」と発想を転換し、「リスキリング」にかかる費用や時間を「コスト」としてではなく「投資」ととらえるべきだと考えてみてはどうでしょうか。
国は「リスキリング」など「人への投資」に3年間で4000億円から5年間で1兆円に拡充するという「総合経済対策」を打ち出しました。
成長分野への労働移動を着実に進めるために官民が協力して実効性のある道筋を作る。
今がその転換期に来ていると思います。
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