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NISAはどう変わる?めざせ公正な税制改正

神子田 章博  解説委員

貯蓄から投資へ。来年度にむけた税制改正の議論で、個人の資産形成をめぐる優遇税制の拡充が焦点となっています。改正の方向性を具体的にみていくともに、公平な税制という観点から課題を考えたいと思います。

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 解説のポイントは三つです。
1)NISA拡充の議論
2)富裕層優遇の指摘
3)改めて問われる“1億円の壁”

1)NISA拡充の議論
 今回の税制改正の狙いは、国内で預貯金としてつみあがっている資金を、投資で運用することで所得を増やそうというものです。

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これは、個人の金融資産の内訳を示しています。総額で2007兆円のうち、現金や預金が半分以上を占める1102兆円に上るのに対し、株式などの証券で運用されている資金は6分の1以下の310兆円にとどまっています。岸田内閣では、「資産所得倍増プラン」と銘打って、こうしたいわば寝かせたままになっているお金をたたき起こし、投資に向かわせ、市場を活性化することを目指しています。金利が極端に低い状態が続いている中で預貯金の形で保有しても、収益はわずかです。このため、資産を投資に回すことで所得を増やしてもらおうというのです。ただ「資産所得倍増プラン」とはいっても、投資には損失を被るリスクもついて回り、資産所得の倍増が保証されているわけではありません。

さて、政府は、貯蓄から投資に資金を向かわせる政策の柱として、NISAと呼ばれる資産運用の優遇税制の拡充をはかる方針です。 

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NISAとは株式や、様々な企業の株式や債券などを束にしたものに投資する投資信託と呼ばれる金融商品に投資した際に得られる分配金、売却益などにかかる税金。地方税を合わせて一律でおよそ20%がかかるのですが、それが非課税となる優遇制度です。

NISAには一般NISAと、複数年にわたって継続して投資するつみたてNISAの二種類の制度があり、全体で28兆円の投資が行われています。政府はこれを今後5年間で56兆円に拡大しようという目標を掲げ、つみたてNISAを基本とした優遇税制の拡充をはかろうとしています。

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つみたてNISAは投資信託による長期的な資産運用を対象にした優遇制度です。投資信託は、様々な企業の株式や債券を組み合わせた金融商品に投資をして、分配金や売却益を得るものです。個別の企業の株や債券だけに投資した場合には、その企業が倒産すると資金がゼロになるおそれがありますが、投資信託は、ほかの企業にも投資しているために、その分損失のリスクを抑えることができるとされています。つみたてNISAはこの投資信託への投資を複数年にわたって続ける人を対象にしたもので、「一年間の購入額の上限は40万円。投資期間は最長で20年間」と、非課税となる優遇適用枠の上限が決められています。また、2042年までの時限措置となっています。
それを今回の議論では、年間の上限枠を拡大する。さらに若い世代が老後を見据えて投資をするには20年では短いので、一段と長期化する。同時に、2042年までという期限も廃止して、恒久化することが検討されています。

(2)富裕層優遇の指摘

その一方で非課税となる枠が拡大すれば、投資に回せる余裕資金をもつ富裕層に有利に働き、格差の拡大につながるのではないかという指摘も出ています。

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こちらは、日本の世帯ごとに保有する金融資産の分布で、棒グラフの高さは、全体に対する割合を示しています。資産が450万円以下の人が全体の半数近くを占めるのですが、中には7500万円以上の資産をもつ超富裕層もいて、全部ひっくるめた真ん中がどのあたりにあるのかを示す中央値は650万円となっています。積み立てNISAの現行の制度でも、一人当たり年間40万円、かける20年間で800万円分、二人世帯だと1600万円分まで非課税枠となるので、保有資産の中央値にはいまでも十分に対応しているという指摘があります。さらに多くの人が、日々の暮らしに汲々とするなかで一年間に40万円も投資に回せる世帯がどれだけあるのかという声も聞かれます。
このため今回の議論では、非課税枠を拡充したとしても、累計した額を一定の上限内にとどめる方向で検討されています。一部の国民に過度に恩が偏ることのないよう十分な議論が求められます。

(3)改めて問われる“一億円の壁“

次に、NISAの拡充が富裕層に有利に働くという指摘が出る中で、改めて焦点があたっているのが、所得が1億円をこえると、所得に対する税金の負担率が低下していくという“一億円の壁”と呼ばれる問題です。

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こちらは、所得に対する税金の負担率が、所得があがるにつれてどう増えていくかを示すグラフです。所得税は、所得が増えるのに応じて税率があがる累進性がとられていて、このグラフでも所得に応じて負担率があがっていきます。ところが所得が1億円を超えると、負担率は逆にさがっていきます。どうしてこういうことになるのでしょうか。
 この円グラフは、所得の合計が1億円を超えるひとが、どのような形で所得を得ているか種類別にみたものです。あわせておよそ37%を占める「給与所得とその他の所得」の大半は所得税の最高税率である45%がかかります。しかし、それ以外の株式や不動産の売却で得た所得の多くについては、国の税率が15%にとどまります。つまり所得が1億円をこえると、税率が低い所得の割合が増えるため、所得全体に対する税負担の比率が低くなるのです。

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この問題をめぐっては、成長の果実の分配をかかげる岸田総理大臣が去年自民党総裁選の政策集で「1億円の壁の打破」を打ち出し、株式投資など金融所得への課税の見直しも選択肢の一つだという考えを示しました。しかし株式市場に悪影響を与えるという指摘も出て、結局税制上の措置はとられなかったという経緯があります。今回の税制改正論議では、株式市場への影響を避けながら、1億円を超える高額所得者の税の負担率をどうひきあげていくのか。国民が公平だと感じられるようにするという観点から検討が求められています。

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(4)最後に

さて、ここまで、貯蓄から投資にむけての税制改正で検討が求められる論点について考えてきましたが、最後に、「貯蓄から投資へ」のその先に、どういう課題があるか、少しふれてみたいと思います。

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つみたてNISAを通じて資金が投じられる投資信託には、国内の企業の株や債券に投資する商品がある一方で、海外に投資する商品もあります。国内に資金が投じられれば、日本で活動する企業に資金が向かい、新たな工場の建設や、研究開発や設備投資に使われて、企業の業績の拡大、ひいては日本の経済成長を後押しすることも期待されます。しかし投資家からすれば、購入した金融商品の値上がりが期待できる=投資先として魅力的な国を選ぼうと考えるでしょう。そもそも日本が海外に比べて経済の成長力が弱いままでは、日本をベースとする企業に投資しても、株価はあまりあがらないし、高い配当も期待できません。投資先としての魅力は乏しいということになり、貯蓄から投資に回った資金が海外に流出してしまうということになりかねません。
 政府が貯蓄から投資を呼びかけるのであれば、実効性のある戦略を描いてこの国を力強い成長に導いていく責任もまた、一段と重いものになるということを指摘しておきたいと思います。 


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